隠蓑
話は急激に進み出した。
平本は、自身の兄が重い病気で入院したと途方にくれ、治療費や手術代のために両親もさらに仕事を増やし、自身もお金のかかる大学を辞めて働こうと思う、当然サークルも退部すると言い出した。
智恵香は依頼者の許す範囲で、平本に金を貢ぎ、そろそろ資金繰りに行き詰まってきたという様子を見せるようにした。
「俺、平本のためにバイトするわ」
一ノ瀬は、親戚の写真家の仕事を手伝うことにしたと言った。
伯父が雑誌モデルの写真を撮っているらしく、槇島はたまにそのモデルをしているらしい。
「モデルなんてすごいですね。槇島先輩、お綺麗ですし」
智恵香は平本の繋がりで、一ノ瀬や槇島先輩ともある程度、会話できるようになってきた。
もちろん表向きにはカースト上位とただの部員で、サークル仲間に知られてはいないが。
「そんなんじゃないって。ただの読モだから。智恵香ちゃんの方が断然可愛いし」
今のところ、女性の仲間は、槇島と桐谷、それに付随して槇島と同学年の渡邊柚葉が絡んでいることはわかった。
ただ、このトップに見える一ノ瀬と槇島と少しずつ関わりを持つうち、智恵香は違和感を感じるようになった。
何か誰かに遠慮しているような、そんな様子が垣間見える時があるのだ。
智恵香は、この二人はお飾りで、本当は智恵香がまだ関わっていない一ノ瀬より下の立場の役員が力を握り、この二人を後ろで操っているということもあるかもしれないと考えていた。
一方、槇島以外の他の4人の女達を見ると、全員ただの使いっ走りで、牛耳っている女は他にいるかも知れないという思いがよぎった。
生粋のお嬢様ならいざ知らず、智恵香にすれば、一ノ瀬にしても桐谷にしても、大学生の中ならトップとして通用するちょっといきった小者レベルにしか見えず、この犯罪を率いている器にはどうしても見えなかった
智恵香は、何か大事なものを見落としている気がしていた。
先ほどの疑問はただの智恵香のカンだが、何かなければカンも思いつかないところだろう。
「そうよ!智恵香ちゃんも、モデルやってみない?モデルって楽しいし、結構バイト代もそこそこもらえるし」
そうか
代議士の娘も、そこで動画を撮影されたということか
ましてや、脅すためのゲラ刷りなんていとも簡単に作れるだろう
智恵香は一ノ瀬達と絡む時は、優斗も聞いている盗聴マイクをオンにしていた。
これは、証拠の保全や、情報を後から確認したい時の為、的確に早く所長に状況報告するなどの理由で付けているもので、少なくとも助けを求める為という感覚では無かった。
智恵香にとっては、危ない目にあっても、それまでにそこそこの証拠を揃えておき、いざとなれば全部暴露してでも、最終手段は銃を撃ってでも身を守るつもりで、今までもそうやって修羅場をくぐってきたので、問題は無かった。
しかし、主犯格が別にいるのなら、早めに炙り出しておかないと、結局、駒が変わるだけで、また同じことが起こるし、こちらの危険も高くなる。
智恵香は考えた。
もう少しこちらが危険地帯に踏み込まないと無理か
何か起爆剤がいるな
2回の餌撒きは成功した
3回目は、方向性を変える必要がある
うーん
と智恵香は唸った。
我ながら良い案だとは思うが、気乗りしない
2回とも、優くんに絡んでもらって成功した
3回目も優くんに頼む必要がある
危険のおそれは少しあるが、そこは私が助けに入るとして
この前の件で、優くんとは必要最低限話す程度で、改まってお願いするのも気が引けるが
智恵香は自分の後ろめたさと仕事の成功を天秤にかけた。
うーん
もう一度改めて考えても、これが今、一番良い策には違いない
優くんはこれを受けるだろうか
智恵香は携帯を手に取り
『優くん、話があります』
と送信した。