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〜 黄昏 〜  作者: 晴倉 里都
第一章
16/204

喧嘩

「邪魔しないで」


 智恵香は、優斗に言った。



 平本は、優斗が智恵香と復縁したがっているという噂を聞いて、おそらく焦ったのだろう。


 部員達が監督やコーチの練習指導で忙しい中、また物品確認を理由に智恵香のいる倉庫に顔を出した。


 もっとロマンチックな場所を用意してくると思っていたが、サークル仲間が近くにいるけれども、周囲に内緒で二人きりで倉庫にいるという特別なシチュエーションを作り上げ、平本は智恵香に正式に交際を申し入れた。


 そして、平本は智恵香が「はい」と答えた途端


「キスしていいかな」


 と優しく聞いたのだ。


 智恵香は


 意外と早かったな


 と思った。


 平本はせっかくここまでお膳立てした智恵香が、元彼にフラフラと戻ることになれば、また新しいターゲットを見つけないといけなくなる。

 なんとしてもモノにしたい気持ちが、焦りとなって表れたのだろう。


 優斗が他の部員に智恵香とよりを戻したいと言い始めたことで女性陣は怒りまくり、優斗はまた吊し上げられそうな勢いだが、犯人達を揺さぶるには成功したようで、智恵香は小さく「はい」と言って恥ずかしげに俯いて見せた。


 瞬間、智恵香の携帯電話が鳴り響いた。


 二人は動きを止めた。


 智恵香は携帯画面を平本に見えないように確認した。


 非通知だったが、誰がかけてきたかはわかった。


「先輩ごめんなさい。親です。最近、田舎のおばあちゃんが体調悪いって聞いてて、もしかしておばあちゃんのことかも……」と落ち込んだ様子を見せる。


「あっ、気にしないで電話出てあげて」


 智恵香は平本に頭を下げると「もしもし……」と話しながら、倉庫を後にした。



「どうしてあんなことをするの」


 智恵香は怒りを抑えながらそう言った。


 優斗は無表情のまま


「どうして……か」


 優斗が淡々とそう返したことに、智恵香は優斗が(こと)の重大さを理解していないと思い


「バレたら終わりなの。余計なことはしないで!誤魔化(ごまか)すの、難しかったんだから」


と、怒りを露わにした。


「じゃあ、止めなくて良かった。……まぁ、そういうことだな」


 静かに話す中にも、この言葉で、智恵香はやはり優斗が最初から怒っていたことがわかった。


 白川は、またまたドアの前で、心配そうに二人のやりとりを聞いていた。


「仕事だから」


と返す智恵香の言葉に


 また『仕事』!


 優斗に火が付いた。

 今の優斗はいつものおおらかさはなく、頑なで厳格な性格の一面が前に出てきていた。


「お前さ!仕事なら何でもやるのかよ」


  智恵香は答えなかった。優斗は再度


「仕事なら、何でもするのかって聞いて……」


「必要なら」


 (さえぎ)るように言った智恵香のその返答を、優斗は受け入れ難かった。


 代議士は涙ながらにこう言っていた。『 娘はおそらく、最初、サークル仲間に集団で……』


「必要って、どこまで必要なんだ」


「そんなの、その時によるでしょ。調査は水物(みずもの)なんだから」


「じゃあ、今回は、現時点でどこまで必要だと思ってるんだよ」


 無言のままの智恵香に優斗は続けた 。


「どこまでする気があるのか、聞いてる」


 会議室内が静まり返る。


 さすがの智恵香も、この言い合いの中では、ドアの外に白川がいる気配に気づく様子は無く、白川は音を立てないよう固唾(かたず)を呑んだ。


 智恵香は諦めたように一つ大きなため息をつくと


「あのね、優くんの常識や倫理観なら、好きでもない相手と仕事のためにキスしたりとか……危険もあるし、いろいろ許せないのかもしれないけど、仕事を上手く進めるには、その時々で、必要なことをするのが不可欠なの」 


 沈黙が続いた。


 優斗に無言の反論を受けた智恵香は、持っていた盗聴マイクを優斗に渡すため差し出した。


「理解出来ないということなら、一緒に仕事するのは無理だから」


 優斗は表情を変えず、下ろしている手を1ミリも動かさなかった。


 智恵香は差し出した手を引っ込め、盗聴マイクを近くのテーブルの上に置いた。


 これ以上、不穏な空気の部屋にいるつもりはなく、智恵香はドアへ向かおうとした。



 優斗は一度目を閉じて自分を落ち着かせた。


「持っていけよ」


 優斗は後ろから智恵香に声をかけた。


「持ってろって」


 と言うと機械を手にし智恵香に近寄ると、今度は優斗が盗聴マイクを差し出して、智恵香の手を取り握らせた。


「これがないと情報が早く入ってこない」


 智恵香は内心驚いた。


 優斗とはこのまま物別(ものわか)れで終わると思っていた。


 しかし、これは優斗の続投宣言に等しく、彼が折れるとは考えてもみなかったからだ。


 もっと驚いたのは、聞き耳を立てていた白川だった。


 優斗が智恵香を心配しているからこそ、智恵香の行動が許せないのだろうが、主張を曲げた優斗の方が、完全に最後は勝ったことが理解出来た。


 智恵香が仕事が絡むと絶対に折れ無いことがわかったため、それならまだ智恵香の納得する形で盗聴マイクを持たせた方が安全だと、即座に考えを切り替えたのだろう。


 なかなか良いな


 優斗の仕事の向き不向きなどはともかく、これからもお嬢さんと組んでもらえるといいがと白川は期待した。

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