同志
「本当に水くさいですねぇ」
酒巻 大介はそう言った。
「その柳川建設のバックに何が付いていようが、早く言ってもらえれば良かったのに。こっちは……」
酒巻は笑うと
「なんせ国家権力ですからね」
冗談めいていても、その言葉は心強かった。
酒巻と智恵香は、智恵香が9歳の時、当時官房長官の秘書をしていた酒巻と出会い、仕事の依頼を受けてから、かれこれもう10年ほどの付き合いだった。
立場上、会うことはほとんど無いものの、智恵香は酒巻から直接間接を問わず何度か依頼を受け、事の解決に導いた。
今は政権交代して官房長官の秘書では無く、一議員の秘書ではあるものの、当時、長期政権を果たした元総理や元官房長官は未だに現政権に、口を出せるどころか、陰で操れるほどのの実力者たちであった。
智恵香の中に個人的なことで政治家達を巻き込むつもりは毛頭無かったが、事情を知らない親友の奏や彼氏の小宮山などを守るためには、「酒巻さんに頼んでみよう」という案が出た時には否定出来なかった。
酒巻にすれば、智恵香のためにいつでも動く覚悟で、逆にすぐに頼ってもらえなかったことに、後でグチグチと不満を連ねたくらいだった。
優斗は電話口で「戸倉さんどうだった?」と智恵香に聞いた。
智恵香は乾いた笑いで「絶交するって」と言った。
智恵香が本当は落ち込んでいることがわかった。
親友の奏に事実は言えない。
理由も告げられず、親友にいきなり遠くに引っ越すと伝えられたら、それは誰でも怒るだろう。
「落ち着いたら、話せる範囲で説明に行こう。あの人、年季の入った智恵香バカだから大丈夫だろ」
と、優斗が元気付けた。
そして
「彼氏はなんか言ってた?」
本来なら立ち入って聞くことではないが、今、智恵香たちが守るべき対象として、奏と小宮山も入っていることから、二人を密かに護衛してもらうためにも状況把握が必要だった。
奏のように本心かどうかは別として「絶交する」と言ってそのように振る舞ってもらうのが、今は一番安全だった。
「……待ってる……って」
と、智恵香が言いにくそうに話した。
「めちゃくちゃ惚れられてるんだな」
優斗が言った。
「冗談はやめて」
いや、冗談じゃないだろ
と優斗は思った。
今回、智恵香が対抗策に公に動くことが出来ず、柳川龍之介から言われた2週間以内には家を出なければならないため、その手続きや作業に追われた。
どうせなら、柳川達が追って来られないところに住居を設定すれば、まだ自由に動くことも出来るかもしれない。
智恵香は転居先を北海道に決めた。
柳川龍之介の目的は何なのか。塚本探偵事務所の人間は大っぴらに動けない。
酒巻は別の探偵事務所を使い、調査を開始した。