初めてのお泊まり
「おはよう」
美代が紅葵家にやって来た。
事前に予定を取り決めておいたのでそこまでではなかったが、やはり朝の八時から家に彼女がやってくるのは不思議な、身だしなみも整っていないのでやや恥ずかすしい面もある。
「寝起きの直人も可愛いね」
「朝からどうも、さ、中にどうぞ」
「お邪魔しまーす」
寛人と美奈にも事前に伝えていたので、寛人は休日という事もあり、「いらっしゃい、美代ちゃん」と和やかに美代を迎え入れてくれた。
美奈は美代も含めた四人分の朝ご飯を作っている。
火を使っている事もあり手を離せないのか声だけで、「美代ちゃんいらっしゃい」とにこやかに口にした。
「美代ちゃんは夜ご飯作ってくれるのよね」
「はい、そうですよ」
「じゃあ、今は直人に構ってあげてて、あ、寛人さんは二人の邪魔だろうから、私の手伝いするか二階行ってて」
「言われなくても直人は可愛いから構っちゃいますよー」
「私は今日特に溜まってる仕事もないから美奈さんの手伝いでもしようかな」
「あらありがとう、じゃあ直人は美代ちゃんにたっぷり可愛がられなさい」
「俺はペットじゃないんだが」
「ふふ、、今日もたっぷり可愛がってあげる」
「はあ、、」
ため息をつき、前も似たような会話をしたなと思い出していると、美代が恋人繋ぎをしてきてもう片方の手で手で頬を撫でできた。
「直人って肌綺麗だよね」
「まあちゃんと手入れしてるしな、美代には及ばないけどな」
「まあ、いい化粧品使ってるし保湿もしっかりしてるからね」
「触っていいか?」
美代が自慢げに微笑むので、興味があり聞いてみた。普段キスしてることはあり、そのときに柔らかいなと思うことはあったが実際に触る事はなかった。
「いいよー」
美代が顔を差し出してきた。その様子が尻尾を振りながら寄ってくる犬のように可愛かったので思わず微笑んでしまった。
「どうしたの、はやくー」
「わかったわかった」
「ふふ、直人の手気持ちいい」
「美代のほっぺもすべすべで気持ちいいぞ」
「やったー」
「ほれ」
「ふぁー、むにむにさへふー」
美代の頬は瑞々しくよく伸びた。
「もう、直人も」
「ふぁ、やめ、」
美代がキスをしてきた。
しかもただ、唇をつけてきただけでなく口内まで美代で満たされた。
私はあまりの出来事に飛び上がりそうになったが、美代がそれを引き止めるように抱き締めてきてさらに私の口腔を探ってきた。
私はくすぐったくてされるがままになっていたが私も美代の口内に自分の舌を入れた。
そうすると、美代は「うん、、」と恥ずかしそうに声を上げたが拒否するでもなく受け入れてくれた。
そうして、お互いを深く感じ合っていると、食卓の準備に居間に来た美奈が「あらやだ、」と頬を赤く染め、
「お邪魔しちゃったわね」と微笑みを浮かべ台所に戻っていった。
私達も美奈の訪れの衝撃で交わりを解いてしまった。
私は名残惜しかった。
「なんであんなことしたんだ」
「普通のキスじゃ物足りなかったかな、、嫌じゃなかった?」
「嫌じゃないけど、びっくりしたな、満足したか」
「うん、でも途中で直人のお母さん来たからまた後でしたいかな」
「そうか、俺の心臓が持つか不安だけど、分かった、俺もまだ足りないからな」
「ふふ、、直人も欲張りさんだね」
「美代も欲張りだろ」
「まあそうだね」
そう言い、足りなかった分を補う為今度は美代の首筋に食みついた。
美代は首筋が弱いのか、「ひゃっ!?」と声を上げ身体を震わせている。
首筋をなぞる様に美代の潤った肌を感じていると、美代の身体が熱くなってくるのを感じ体の震えも大きくなっていた。
「お、お母さんもそろそろ来るだろうし、ま、また後でね、直人」
「あ、そうだな、ごめん、嫌じゃなかったか?」
「ううん、直人の方から私を求めてくれて嬉しかった。」
そんな会話を交わしていると、美奈が食事を運んできた。
「あら、もういちゃついてないの?」
と、残念そうな顔をした。
「自分の母親に彼女といちゃついてる姿を見られたいと思うか?」
「あら、見せてくれてもいいじゃない」
「やだ」
「直人のけち」
「私も直人といちゃつくのは人に見られたくはないです」
「美奈さん、息子が彼女と仲良くしてるのを見たいという気持ちは分かるけど、嫌がってることを無理強いしてはいけないよ」
「二人がそういうなら、分かったわ、私が見られる範囲で満足しておくわ」
「はあ、、」
私としては美奈の妥協案でも複雑なのだが、美代は「その程度なら美奈さんにも見せていいですよ」と微笑んだので、納得しておくことにした。
朝食には、フレンチトースト、ゆで卵、ウインナー、ほうれん草のクリームチーズ和えが並んだ。
フレンチトーストを見たとき、美代と美奈が「フレンチキス、、」と呟いたので、思わず私はむせてしまった。
美代は単純に私に意識させたかったのだろうが、美奈にはからかいの意を含まれていただろう。
それを聞いた寛人は、「ふふ」と微笑ましそうに笑っているので美奈が寛人にもさっきの事を言ったのだろう。
「ところでさっきのはどっちから始めたのかしら?」
美奈が興味津々ににまにましながら問いかけてくる。
「美代だよ」
「あら、美代ちゃん積極的ねー、私の直人を奪うつもりかしら」
「直人はもう私のものですよ」
「あのなあ、、」
美代が色っぽく微笑み、恋人繋ぎを美奈に見せつけた。
「あら、直人も顔を紅くしてるし、これはもう美代ちゃんにゾッコンね、美代ちゃんには負けたわ。あのときも直人は美代ちゃんに夢中だったし、」
美奈はちょっとしょぼんとした風だが、同時に息子に良い彼女ができたと嬉しそうだった。
「あの後も、私の首筋に食みついてきたんですよ、それで首筋をなぞられて、あれは私もちょっと興奮というか、性感帯刺激されちゃいましたね」
「あら、直人そんなこともしてたのねー、ほんと美代ちゃんのことが大好きというか、美代ちゃんが色っぽいからかしら」
「朝っぱらからなんて事話してるんだ二人とも!?美代ももうちょっと口を慎んでくれ」
「えー、直人があんな事してくからだよー、まあ気持ちよかったからいいんだけどね」
「もう」
私は美代の頬をつんつんと突いた。
それさえも美代は気持ちよさそうにしている。
「えへへー、そんなんじゃ私は止められないよー」
美代は悪戯げに微笑んでいる。
ならばとフレンチトーストをフォークで美代の口まで運び、
「はい、あーん」
「あーん、、ごくっ、まあ今のところは勘弁しといてあげようかな」
と別に何をしたわけでもないのに、偉そうにそう口にした。
「後でもっと聞かせてね」
「分かりました!」
「はあ、、」
この二人は自分の手には負えないと諦め、残りの朝食に手を付けることにした。
「ごちそうさまでした」
皆が食事を終えると、そう四人で口にし美奈と美代は洗い物に行った。
そうなると、自然に私は寛人と二人になった。
「どうだい、最近は」
「楽しいよ、美代に出会えてよかったしこないだのデートも楽しかった」
「それは良かった。私も美奈さんも退院して一ヶ月程しか経ってない二人を二人だけで遠くに外出させるのは心配だったのだけれど、無事に帰って来てくれてほっとしたよ」
「それは心配かけてごめんな」
「いや、無事だったんだし大丈夫だよ、ところでこれから直人はどうする?」
「学校は先生にも言われてる通り、寛解するまで通わないし、美代ともこのまま付き合っていくつもりだよ」
「そう、美代ちゃんとはこのままいったら結婚もあり得るんじゃないかな?」
「ちょっばか、今美代いるだろ!」
ちょうど食卓に残っている食器を片付けようと美代が居間に来ているときに寛人は「結婚」という言葉を口に出した。
それは恐らく意図したものだろう。
二人がどのくらいの思いで交際しているのかを。
美代は「けっこん、、」と頬を紅潮させ、フリーズしている。
私は、「親父が急に口にした事だから!?あんま気にすんな!?」と慌てて取り繕った。
そうすると、美代は「直人は私と結婚する気ないの?」と瞳をやや潤ませて問いかけてきた。
私はその言葉に、先ほどの言葉は美代への配慮が足りていなかったと気づいた。
私も考えていないわけではないが、美代は私との将来を真剣に考えて交際してくれている。そのため、「あんま気にすんな」というのは美代の気持ちを無下にするものであった。
「いや、その、ちょっと親父台所行っててくれ」
「分かった」
寛人が台所に行ったのを確認すると、美代と面と向かって座った。
「さっきはごめんな、あの発言は美代の気持ちを無下にするものだったよ、ごめん」
「いや、突然結婚なんて言葉にされたら誰だってああなるよ、それで?」
美代はどこか期待を帯びた瞳でこちらを見てくる。
「結論から言うと、俺は美代と結婚するつもりです」
「えっ、それは本当に?」
「俺が美代に嘘つくと思うか?、もう美代を手放すつもりはないから」
「嬉しい、実は私もパパとママに『直人君と結婚するつもりなの?』って聞かれて『うん』って答えたから直人の気持ちも知りたかったんだ」
そう言って、美代は私に抱きついてきた。
私がしたのと同じように首筋に食みついて、「もう離してあげないからね」と呟いた。
「俺の方こそ」と美代の頭を撫でつつくすぐったさを感じていた。
「直人は首弱くないんだね」
「まあな」と返すと「なら」と美代は顔を上げ、耳たぶに食みついてきた。
「っっ!?」
「ふふ、やっぱり直人は耳が弱いんだねー、いっつも耳元で囁くと紅くなるから試してみたら、可愛い」
美代に骨抜きにされていると、美奈が食器を取りに来た。
「あら、またいちゃついてるのね、また美代ちゃんに骨抜きにされちゃって」
とにまにましながらこちらを見ている。
「あ、美代ちゃんはそのまま直人といちゃついてていいわよ、私と寛人さんで洗い物しちゃうから、二人の邪魔しないように全部持ってって、私達二階に居るわね」
そう言って、美奈はテーブルの上に残っていた食器を全て台所に運んで行った。
「楽しみは夜にとっておこうか」
「そうだね」
そう言って私達はショッピングモールデートの準備を始めた。
私はいつもの様に髪を整え花柄のシアーのTシャツに黒のスラックスを履き、銀のネジバネにダイヤモンドの様な宝石が彩られていてそこから銀の氷柱が伸びているイヤリングをつけた。
「えっ」
美代は紅葵家に訪れたときは半袖の可愛らしい犬のキャラクターが胸元に描かれたTシャツと緩めのチノパンを履いて来ていたが、メイクは事前に済ませていたらしく、着替えを別の部屋でして、居間に戻ってきた。
思わず上擦った声を上げてしまった。黒と濃紺の間の色のフリル付きのオフショルダーのトップスに白黒のツイードを履いていた。
その大人っぽく色っぽい姿に美代の美麗さを思い知らされて頬を染めてしまった。
「ふふ、、その反応は似合ってるって事だね、可愛い。直人のためにお母さんと一緒に洋服屋さんに行って買ってきたんだよ。」
「それはどうも、いや、、本当に似合ってる、、なんか大人の女性って感じ、色っぽいし」
「直人のお気に召せて嬉しいです。露出がある服着るのって初めてなんだよね。まあ、直人のためだから、直人も気合い入ってるねえ、ユニセックスって感じ、似合ってるよ、そっちこそ色っぽい、、」
美代は言葉を発するにつれてだんだん頬を染めていった。
恐らく美代も私が美代に感じたような感情を抱いているのだろう。
少し気まずくなったが、「じゃあ、行こっか」と私が言うと、「そう、だね」と美代がまだ自分の服装と私の格好との気恥ずかしさに慣れないのか辿々しく返事をした。
「母さん、父さん、俺達外出するから下降りて来ていいよ」
そう二階に言うと、二人とも降りて来て、美奈が
「あら、美男美女ねえ、美代ちゃんは色っぽくて大人っぽいし、直人はちょっとチャラいけど中性的な感じね」
「チャラいは余計だ」
「まあいいじゃない似合ってるんだから、ちょっとくらいチャラい方が美代ちゃんに悪い虫が寄りつかないわよ」
「なら、いいか」
「ふふ、美代ちゃんのことになるとすぐ軟化するんだから」
「私も彼氏がちょっとチャラい方が安心かな、ナンパされてもめんどくさいし、直人は浮気しないタイプのチャラさだから」
「そうね、直人は美代ちゃんの事しか見ないものね」
「まあそうだな」
「素直に言われると恥ずかしい、そういうとこずるい」
美代が脇腹にぽすぽすと小突いてくる。
「そういうとこも可愛いぞ」
「もう」
美代が恋人繋ぎをしてきて、その手には抗議の意と歓喜の意が両方込められていて強く握られたが、ふにゃふにゃとにぎにぎもされた。
「じゃあ行ってきますね」
「行ってらっしゃい、楽しんできてね」
そう送ってもらい、外に出ると初夏の眩しい光と心地良い新緑の風が流れてきた。
ショッピングモールに着くとまず美代が行きたがっていた、若年層の女性向けの洋服屋に行った。
「これどう?」
と白のワンピースを差し出してきた。
袖の部分がバルーンスリーブになっており、首元はVネックでウエスト部分にはドロストギャザーが付いていて、とても可愛らしい美代に似合いそうなワンピースだった。
「いいと思う、美代に似合うと思うぞ、可愛いし」
「ふふ、ありがと」
「じゃあこれは?」
今度は肩リボン付きのデニムシャーリングワンピースを差し出して来た。
「ううん、美代の爽やかさを増してくれるとは思うけどやっぱ美代のいいところは可愛いところだから前の方がいいと俺は思う」
「そういう事あっさりいう、、」
美代はほんのり頬を紅く染めた。
「じゃあさっきのにするね」
「あとリボンも欲しいんだよね」
美代は今髪を下ろしている、というか美代の髪をまとめている姿を見たことがない。
「髪纏めるのか?」
「そうだねー、もうすぐ梅雨だし纏めてさっぱりしたい」
そういい、ヘアゴム、リボンが置いてあるコーナーにやってきた。
「うーん」
美代がラメ入りのメローリボンとサテンリボンバレッタを見て悩んでいる。
「美代は派手な方が似合うぞ、黒のは美代の魔性さを引き立てるし、ピンクは可愛さを引き立てるな、片方は俺がプレゼントしてやるぞ?」
「直人がそういうなら、私は黒の方買おうかな」
そう言い、黒のメローリボンを手に取り私もピンクの同じものを手に取った。
「試着してくるね」
そう言って、美代は試着室に入っていった。
(俺に似合うやつあるかな)ここは完全に女性向けの店なのでウィメンズの物も着れる私にとっても中々チョイスが難しかった。
(これからの季節暑くなるからなー)柄シャツの上に羽織るのに良さそうなシャツを見つけたがこれからジメジメ、熱くなる季節になることを考えると購入するのを躊躇ってしまう。
シューズのコーナーも見たがやはりリボンが付いていたりして、ユニセックスの範囲を超えてしまうので後で美代に別の店に付き合ってもらおうと決めた。
その代わり、美代の服装に似合いそうなサンダルを見つけたのでそれを手に取り試着室の前で待っていた。
「お待たせ、、」
美代は選んだ物を見事に着こなしていた。髪はふわっと一つに纏められていてところどころ意図して浮き出されていて後れ毛が女の子らしさを演出し、可愛い印象を与えていた。
メローリボンはピンクの方を着けていてより可愛くなっていた。
爽やかな夏を連想させるワンピースは美代の持つ可愛らしさを増長させていて、デコルテが覗くVネックは少し色っぽさを持たせていた。
「うん、凄い似合ってるよ」
「ありがと、、あ、それ可愛い、見つけてくれたの?」
「そうだよ、美代に似合うかなと思って」
美代は今ローファーを履いているのだが、ワンピースならやはりサンダルだろう。
「履いてみるね」
美代は私の手からそれを受け取り、ローファーから履き替えてみせた。
「やっぱり似合うね」
「そうだねー、直人センスいいね」
「お褒めに預かり光栄です」
「じゃあ、これ買うから着替えるまで待ってて」
美代は再び試着室のカーテンを閉めた。
「お待たせ」
「じゃあレジ行くか」
「そうだね」
会計はおよそ一万円であった。
「まあ予算内かな」
「今度は俺のに付き合ってもらっていいか?」
「もちろん!直人がかっこよくなるのは大歓迎だよ」
「ありがとな」
髪を下ろした美代の頭を撫でると「きもちいい」と嬉しそうに微笑んだ。
「わあクールだねえ」
ヨーロッパが拠点の洋服屋にやってきた。
先ほどの店とは打って変わって白と黒を基調としたモノトーンな店内だった。
私はこの店に柄シャツとローファーを探しに来た。
「これいいんじゃない?」
美代がある柄シャツを指して言った。
それは白地に墨をこぼした様な模様であった。
「確かに俺の持ってるやつってどっちかって言うと洋風なのが多いからいいかもな」
美代の言った通り私もいいと思ったので買い物カゴに入れた。
「あとはこれだな」
もうすでにローファーは持っているのだが、もう少しカジュアルな物が欲しいと思い事前にネットで目星を付けていた。
「これもいいんじゃない?、白のスラックスも黒と違って清潔感出るんじゃないかな」
そう言って、白のスラックスを差し出してきた。
「こんな買って母さん許してくれるかなー」
「これは私から直人へのプレゼントって事で」
私もプレゼント貰ったし、と美代は言っている。
「なら、お言葉に甘えて、試着してくるわ」
着替えを終えて美代に見せると、
「おお、なんか紳士感もあるけど、柄シャツが抜け感出してるねー、ローファーも全体を引き締める黒って感じで似合ってるよ」
「ありがと、元々試着しなくても買う気だったけど美代にそこまで褒められるなら買うしかないな」
「えへへー」
再びカーテンを閉め、柄シャツをちょうど着るくらいに外から、「やめてください」という美代の声が聞こえてきた。
「いいじゃん、オレ達と飯行こーぜ」
「彼氏待ってるので無理です」
「っ、」
「おい」
「あっ」
「なに人の彼女に勝手に触ろうとしてんだよ、店員もこっち見てるぞ」
「えっ」
美代に絡んでいた二人の若い男が一瞬狼狽えた隙を見計らって、美代の手を引いてその場を抜け出した。
「怪我ないか」
「それは大丈夫、でも怖かった、、、」
「ごめん、俺が目を離してたせいで」
「いや、直人のせいじゃないよ、早く会計済ませてお茶にでもいこ」
「そうだな」
私達はさっと会計を済ませ、カフェに向かった。
「あれ、紅葵?」
ショッピングモール内のカフェに向かう途中で聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「椿?」
「ああそうだよ、退院できたのか?」
「そうだよ」
「それは良かった、隣の人は?」
「ああ、彼女だよ」
「こんにちは。橙花美代と申します」
「こんにちは、いやあ紅葵に彼女ができるなんてな」
「まあ、運命の出会いってやつかな」
「ところでお前も隣に人がいるが、」
「ああ、俺も彼女だよ」
「秋桜千香と申します。初めまして、優斗のご友人で?」
友人と言われると、中学生のときは自信を持ってそう言えたのだが退院の連絡もしなかったし、連絡もしばらく取っていなかったので少し逡巡してしまった。
「まあ、、友人ではあるか?」優斗の方を少し伺った。
「最近連絡とってなかったからなあ、またやり直すでもいいんじゃないか?」
「そうだな、そんな感じです」
「そうですか」
「じゃあ、俺達この後カフェ行くから」
「そっか、久しぶりだったな、今度はWデートでもしようぜ、じゃあな」
「私達の方が上だけどかなりの美男美女だったね」
席に着いたとき美代がそう口にした。
私はブレンドコーヒーとサルサドック、美代はカフェラテとチーズドック、バームクーヘンを頼んだ。
「そうだったか?」
「うん、直人は少しチャラめな感じだけど、椿さんは優しめな感じだったよねー、千香ちゃんは私が魔性の猫って感じなら、上品な小鳥って感じ」
「ああ確かに、あいつらは柔らかな雰囲気だったよな、てか自分が魔性って気づいてるならもうちょっと手加減してくれ」
そう言って、ブレンドコーヒーを口にした。
「ふふ、直人が可愛いからやめないよー」と色っぽく微笑みチーズドックを口にした。
チーズが伸びるようで「ふーー」と格闘していた。
「可愛いな」と呟くと、やっと飲み込んだ美代は「直人も」とこちらにチーズドックを差し出してきた。
「あーん」
「はぐっ、ほれのひるな」
「でしょー」と美代はわざと伸びるように自分の方にチーズドックを引き寄せた。
「やへろ」
「ふふ、直人の可愛いところ十分見るまでやめなーい」
「たへほのであそんじゃだへだぞ」
「あ、そうだね」
ごめん、と呟き私にチーズドックを手渡してきた。
「あー、美味いな」
「でしょ、直人のも頂戴」
「ほれ」
「あーん、、ごくっ、サルサも美味しいね」
そう言って、満足げに微笑みカフェラテで口の中を甘くした。
「コーヒーも飲みたいな」
美代がそう言ったので、私もカフェラテを貰いお互いに飲み比べてみた。
「直人って口紅使ってるんだ」
「ああ、メイクは多少やってるぞ、今日はアイメイクもやってるし、多少じゃないな結構やってる」
「凄いね、美奈さんに教えてもらったの?」
「そうだな、美代と同じ」
「じゃあ今日一緒にメイクしたかったー」
「コーヒー冷めちゃうぞ」
「あ。そうだった」
美代は恐らくわざと私の口紅が付いたところに口を付けてコーヒーを飲んだ。
それを見た私も美代の口紅が付いたところからカフェラテを飲んだ。
美代がこちらを見てほのかに頬を染めてにやけている。
「間接キス、だね」
「そうだな」
「あれ、直人が照れない」
やはり、私を揶揄いたかった様だ。
「全く恥ずかしくないわけじゃないが、もうこれ以上いってるだろ」
「あっ、、ずるい、、」
美代がさらに頬を紅くした。
してやったり、と私が悪戯げに悪戯げに微笑んでいると美代がバームクーヘンのパッケージを開け半分に割った。
「はい、咥えて」
美代の仕様としていることがわかった。
「ここ外だぞ」
「周りもカップルだからいいじゃん」
美代はこうなると我を突き通すと今までの付き合いで分かっている。
「分かった」
私も意を決して美代のいう通りバームクーヘンを咥えた。
「はふっ」
美代も私の咥えたバームクーヘンを口にしていわゆるポッキーゲームを始めた。
お互い止める気はないのだが。
「あっ」
「あっ」
唇と唇がぶつかった。
その瞬間になるまでに鼓動がどんどん速くなっていったが、ぶつかった瞬間一気に鼓動が速くなった。
かといって、衆の前でいちゃつくほど私達は図太くないので、私達はすぐに離れた。
「ふふ、直人顔真っ赤」
「うるさい、美代もだろ」
「あはは、そうだね、熱い熱い」
そう言って、水を口にした。
もう半分のバームクーヘンは美代が美味しそうに頬張って食べた。
「もう食べ終わったし、出るか?」
「そうだね」
「あ。ちょっと内緒で買いたいのがあるから、ナンパされないようにメイク直しにでも行っててくれ」
「ええー何買うのー」
「内緒」
「もー」
美代はリスのように頬を膨らませた。
私は目的の店に着いた。
(さあどれにしようかな)
秘密の買い物も終わったので美代に『終わった』とメッセージを送り、美代のところへ向かった。
「本当に何買ったの?」
「夜のお楽しみ」
「えっちなやつ?」
「ばっ、んなもんここに売ってるわけないだろ!」
「ふふ、冗談冗談」
「はあ、、とにかく夜になったら分かるから」
「分かりました、じゃあぬいぐるみ屋さんいこ」
「ぬいぐるみ屋さん」というのは美代たっての希望であった。
「わあかあいい」
店内に入ると見事にぬいぐるみだらけだった。
美代が嬉々とした表情で目を輝かせている。
「これとか直人にいいんじゃない?」
とアメリカンショートヘアのぬいぐるみを差し出してきた。
「もしかして自分の事自分がいないときも意識させたい?」
「バレた、、重い?」
「いや、全然いいよ俺猫好きだし」
ちらと値札も見てこれにしようと決めた。
「美代が選んでくれたからこれにするかな」
「やったー、じゃあ私のも直人が選んで」
ならば、美代にも私を意識させようと私を象徴する動物を探すことにした。
「これどうだ?」
うさぎのぬいぐるみを差し出してみた。
「ああ、可愛いしあと、直人といえば耳だね」
「よくお見通しで」
「やっぱり、耳弱いの自覚してるんだね」
「朝も言われたし、自分の弱いところくらい自覚するだろ」
「ふふ、かわいい、私もこれにする」
そう言って、私の手からうさぎのぬいぐるみを受け取った。
「ただいま」
「あらおかえり、早かったわね」
「まあな、美代がアドバイスくれたから」
「そう、それにしてもたくさん買ってきたわね」
「予算内には収めたぞ」
「私も」
「ならいいんじゃない」
「お昼ご飯もう食べた?」
「ああ、食べてきたよ」
「そう、私達も食べたから、アルバムでも見る?」
「ちょっ」
「えっみたいです!」
「あら、そんな喜んでくれるなら今すぐ持って来るわね」
「はあ、」
こうなったらもう二人は止められない。
昔のアルバムは何が残っているのか自分でもよく覚えていない。
中学生の頃はなんとなく覚えていて嫌な思いでもないのでいいが、もっと幼い頃の恥ずかしい写真でも美代に見られたら顔から火が出るだろう。
「おまちどうさま」
「わあたくさん!」
もはや幼さすら感じるやり取りに呆れつつ、こんなに写真撮ってたのかと我が親ながら驚いた。
「生まれてきてからの全部持ってきたのか?」
「いや、これでも全然よ、三冊だから幼稚園が終わるまでくらいかしら」
「え、どんだけ写真撮ってんだよ」
「直人が可愛かったから仕方ないじゃない」
「早く見たいです」
「そうね」
そう言って、アルバムの最初のページを開けた。
そこにはベッドの上の美奈と美奈に抱かれている赤子の私が写っていた。
「あら、懐かしいわねえ、私若い!直人って安産だったのよね」
「そうなんですね、美奈さんはこの頃から美人ですね」
「あら嬉しいこと言ってくれるわね、美代ちゃんも美人よ」
「ありがとうございます、いやあ直人可愛いですね」
「そうでしょー、しょっちゅう女の子に間違われたわよ」
「多分それわざとだぞ」
「まあお世辞もあると思うけど、本当に直人は可愛いわよ、もちろん今もね」
「っっ、、」
不意打ちに思わず頬を染めてしまった。
「ほら可愛い」
「ですね」
「もう」
私は頭を抱え、開き直り二人と共にアルバムを見る事にした。
「あ、これ可愛い」
と直人が授乳されている写真を指した。
「ああ、私のおっぱいにしゃぶりついてるわね、今度は美代ちゃんの番かしら」
そう美奈が揶揄って言うと、美代と私は一気に顔を上気させた。
「な、、なに言ってるんですか!!」
「あら違ったかしら?」
「ち、、違うというか、ねえ」
美代はこちらに助けを求めてきた。
「そうだ、確かにディープキスこそしてるが、そこまで進むつもりはまだない」
「『まだ』ねえ」
美奈は悪戯げに微笑んだ。
「私と寛人さんは早かったわよ」
「ちょっと恥ずかしいなあ」
「夜ご飯美奈さんの分だけ作ってあげませんよ」
「あら、それは嫌ね」このくらいにしとくわ、とまだ揶揄い足りないのか若干不満げに呟いた。
他にも、初めて離乳食を食べた写真、おねしょをした写真、初めて立ったときの写真などがあった。
恥ずかしいものもあったが、懐かしいな、と懐古に浸れることもあった。
ちょうど幼稚園の入園式のページを開いたところで寛人が来た。
「懐かしい物を見てるね」
「あ、寛人さん見て見てこれ」
美奈が私が寛人に抱っこされてそっぽを向いている写真を指した。
「そういえばこんなこともあったね」
「この頃から直人はほんと恥ずかしがり屋で」
「他の子は立ったり座ったりして前向いてますね」
「恥ずかしいからやめてくれ」
皆が興味津々で幼稚園の頃の私の写真を見ている。
「あー芋掘ってる」
「あー懐かしいな、これ雨で二回延期になったんだよ」
「よく先生たち諦めなかったね」
「三度目の正直だー!って言ってた」
「パワフルだね」
「他にも写真はないけど栗拾いとかしたぞ」
「痛くなかった?」
「そんな覚えてないけど、ちょっとちくっとした気はするな、手袋とかしてたんじゃないか?」
「へえ、私も幼稚園同じはずだからそんなことしたのかなー、あんま覚えてない」
「確かに家近いもんな」
「でもお泊まり会でカレー作ったり、かぐや姫のお話されたり、その後眠れなくて先生と話したの覚えてる、あとインディアンの格好したり」
「あと流しそうめんもしたよな」
「あ、そうそう、やっぱ一緒だね」
「ふふ、仲良く話してるわね、だんだん距離が近くなってるわよ」
それに気付き、気恥ずかしさから「あっ」と私が離れるように反応すると、美代は私の手を掴んでぐいと先ほどよりも近く息が聞こえる程近くまで引き寄せた。
「離してあげないんだから」と朝も聞いたような言の葉を聞き胸が熱くなった。
そのまま頬にそっとキスをされた。
「きゃあ!美代ちゃん大胆ねえ」
「このくらい大好きってことです、分かっていただけましたか」
「分かるもなにも前から知ってるわよ、直人あなたほんと分かりやすいわね」
私は美奈に言われた通り頬を紅潮させ、固まっていた。
「こういうとこほんとかわいいですよね」
「ねえ」
「はむっ」
「ひゃっ!?」
お返しとばかりに美代の首筋に食みついてなぞってみせた。
美代が離れそうになったので私も手を掴み、「離さないぞ」と言ってみせた。
すると、美代は首筋からも分かるくらい体を熱くし始めたので、このくらいにしようと思って離れると
美代は涙目で顔をこれでもかと紅らめていた。
その理由がすぐ私には分かった。
「お父さんとお母さん近くにいるじゃん」
「ご、ごめん」
「いや、恥ずかしいだけで、気持ちいいし、、」
と美代は素直に「気持ちいい」と言ったため、私は恥ずかしくなった。
「あなた達本当お似合いというか、直人に関しては私にいちゃつく姿見せないとか言ってたのに見せてるわよね」
「うっ、それは」
「まあ、美代ちゃんが嫌がってないからいいわ」
「そうだね」
私達は落ち着きを取り戻し美奈が持ってきたアルバムは一通り目を通した。
時刻は午後三時ほどであった。
「美代ちゃんホームビデオもあるんだけど見る、それともお料理始める?」
「そんな大掛かりなものを作る気はないのでホームビデオ見させていただいていいですか?」
「もちろん!」
そんなことでホームビデオを見ることになり、初めて言葉を発した『ぱ、ぱ、、、。ま、、、ま」といったものや自転車の練習でこけまくったりしているのを見た。
「いやー直人ってちっちゃい頃いろいろパワフルだよね」
自分で作った電車のレールを壊している映像を見ながら美代がそう言った。
「美代だってそうだったんじゃないか」
「うーん、パパとママからはそんなこと言われたことないなー、今度聞いてみるね」
「おう」
そんなこんなでホームビデオを見終わり、時刻も四時頃になったので美代は料理の準備を始めた。
「直人も手伝ってね」
そうキッチンに行くとき言われたので、「俺手伝えるのか分かんないけど」とある程度料理はできるが、美代の足手纏いにならないか気掛かりだったのでそう口にしたが、「私が手伝って欲しいの」と可愛らしく微笑んだので「可愛いな」と頭を撫で一緒にキッチンに向かった。
「新婚夫婦、、」
びくっと、私達の体が震えた。
美奈はその様子が面白かったのか、「もう婚約したも同然だしいいんじゃない」
「心臓に悪いからやめてくれ、、」
「そうですよ、、」
そう抗議して再びキッチンに向かった。
「今日は何作るんだ?」
「えっとね」
美代がスマホのメモを開いた。
そこには今日の料理のメモが書かれていた。
「今日はね、回鍋肉とひじきときゅうりの中華風和え、卵入りのトマトサンラータンを作るよ」
「おう、俺は何したらいい?」
「野菜の下処理と副菜の手伝い、スープ作りして欲しいかな、調味料の調合とかメインの回鍋肉は私がやるし、ご飯は洗ってスイッチ押すだけだし」
「分かった」
美代の指示を受け作業に取り掛かり始めた。
「本当に夫婦みたいだな」
美代の豚肉を炒める手が一瞬止まった。
「料理中は危ないから不意打ちやめて」
頬を紅く染めて細々とした声で注意してきた。
「夜は覚悟しておいてよね、私だって何も考えないで直人のとこに来たわけじゃないんだから」
美代はそう言い、中華鍋に私が刻んだ野菜を投入した。
「え、、それって」
「分かるでしょ、男なら、心配はしなくていいよ万全に対策してあるから」
私は頭の中であらぬ妄想をしてしまった。
「まあ、直人の意思は尊重するけどね」
「俺は、」
「今は料理!」
「はい!」
美代の爆弾発言に狼狽えてしまったが美代に促され、再び料理に手を戻した。
副菜のひじきときゅうりの中華風和えが完成し、具材を煮ていたスープに水溶き片栗粉を加えてとろみがつく様に混ぜていると回鍋肉を作り終わった美代が抱きついてきた。
「わっ、びっくりさせんなよ」
「ふふ、ごめんごめん、上手くできてるねえ」
「まあ、普段からたまに料理はするからな」
「今日の夜は『お楽しみ』だね」
「げほっ、おいっ不意打ちはやめろって」
「直人は『お楽しみじゃないの』?」
「それは、、」
「それは?」
「今、聞きたいか?」
「うん」
スープもとろみがついてきたので一旦手を離すと美代の手を解いて正面に向き直り、改めて手を握った。
「俺は美代を大事にしたいし、いっときの感情でことを起こしたくない、全くしたくないわけじゃないが、、」
「私は十分大事にされてると思うし、私はしたい、、直人はいや?」
「美代がそこまで言うなら、俺も自分の気持ちに正直になっていいのか、、?」
「私は直人を感じたい、直人も私を感じたいでしょ?、ほら、身体は正直」
「おいっ、やめ、、」
「ふふ、ごめんね」
「分かった、『今日の夜はお楽しみ』にしよう」
「やった、じゃあお風呂も一緒に入っちゃう?」
美代が悪戯げに微笑んだ。
「そうするか」
「えっ本当に?」
「女に二言があるのか?」
「いや、拒否されると思ったから、、嬉しい」
「じゃあ、決まったな、父さんと母さんには二階で寝てもらうか、二人も察するだろうし」
「そうだね」
「本当に可愛いな、大事にするよ」と囁き、「料理に戻っていいか?」と聞いた。
「あっ、今料理中だったね、すっかり忘れてた。いいよ」
そう言われたので、私はスープの調理に戻った。
スープが完成するまで美代は私に抱きついていた。
時刻は五時頃で出来たてがいいという全員の希望により、少々早いが夕食を取ることにした。
「わあ、美代ちゃん料理上手ね!」
「半分くらい直人に手伝ってもらいましたけどね」
「あら、じゃあ二人の合作ね、新婚夫婦の料理なんて嬉しいわ」
もう私達は夫婦という言葉にそこまで反応しなくなった。
「直人も美代ちゃんの手伝い、というか料理ができるんだから大したものだよ」
「親父と母さんが教えてくれたからだよ」
「あら、嬉しいわ!どうしたの素直になっちゃって」
「いいだろ素直になったって」
「美代ちゃんの影響かしら」
「きっとそうですね」
「やっぱり恋は人を変えるわね」
「直人は元からそこまで素直じゃなかっとは思わないけど」
「反抗期なのよ」
「さあ、料理が冷めるぞ、俺だって美代の手料理が早く食べたいんだから」
「ふふ、嬉しい事言ってくれるね」
そう言って、私の腕に抱きついてきた。
「あの、また当たってるし、食べられないんだが」
「ふふ、わざとー」、「それに予行練習」と小さな声で呟き私の鼓動を早くさせた。
「おっ、めっちゃ美味しい」
「それはどうも、直人に褒めてもらって嬉しい」
そう幼い少女の様に微笑み心にグッと庇護欲を込み上げさせてきた。
「私にも直人の作ったの頂戴」
と美代は口を広げた。
「ほれ」
「あーん、、ごくっ、いいね回鍋肉に合う」
「ほんと二人ともラブラブねえ」
「いいだろ一人息子が可愛い娘と仲良くしてるのは」
「そうねえ、直人は本当によかったわねえ美代ちゃんと出会えて」
「そうだな、あのときたまたま会ってなかったら今頃俺廃人同様の生活してただろうし」
「それかなり私に依存してない?」
「悪いか?」
「いや、直人の場合依存というかちゃんと自立してるから、なんというか言葉のあやです。」
「左様で」
サンラータンを口に含み、豊かな酸味と辛味に我ながら上手くできたな、と感心していた。
美代がこちらを見ている。
「寛人さんと美奈さんあっち向いててください」
「えっなんで?」
「なんでも」
「分かったわ」
「分かったよ」
「直人私に口移しして、」
そう小声で呟かれたときは思わず耳を疑った。
「え?」
「してほしいの、だめ?」
「だ、だめというか、いいのか?」
「だめなら言ってない」
「わ、分かった」
サンラータンを適量口に含み美代の唇に自分のものを寄せた。
「ふ、」
「ふ、、ごくっ、ちょっと甘くなったね」
そう美代は満足げに微笑んだ。
「俺にもしてくれるか?」
「いいよ」
今度は美代がサンラータンを口に含んだ。
「ふ、」
「ふ、、ごくっ、やっぱ甘くなるな」
「でしょー」
と美代は甘く微笑んでいる。
「あの、普通に何してるか分かるんだけど」
「まあそうですよね」
美奈と寛人がこちらに向き直ってきた。
「流石に熱くなってくるわよ」
「でも私と美奈さんも似たようなことしてなかったかい?」
「あら、確かにそうね。若いと色々元気だものね、」
「おいそれって」
「『色々』とね」
恐らくキッチンでの会話を聞かれていたのだろう。
どこか、感心したような息子が巣立っていく寂しさも感じられる表情を浮かべている。
「別に二人を止める気はないわよ二人のことは二人のことだもの」
「それはありがたいが」
「美代ちゃんをちゃんと大事にするのよ」
「言われなくても直人はちゃんと大事にしてくれますよ」
「あらそこまで直人を信頼してくれてるのね、私達は言われなくても二階で寝るつもりだったから、安心してなさってくださいな」
その言葉を聞き私は(ちょっとセクハラでは?)と思ったが、美代が手を握ってきて微笑んできたので、「まあいいか」と呟いた。
「なんのこと?」
「なんでもない」
「ごちそうさまでした」
波乱を呼んだ夕ご飯が終わり一息ついていると美代が、
「これ、デザート」
とケーキを四人分冷蔵庫から運んできた。
「いつの間に買ったんだ?」
「直人が秘密の買い物してるとき」
「あー、そういえば俺が持ってる以外にも紙袋持ってたな、てかナンパされなかったか?」
「それは大丈夫」
「ならよかった」
「美代ちゃんありがとねー」
「美代ちゃんありがとう」
「じゃあ俺からもいいか?」
「あ、ようやく秘密がわかるの?」
「そうだな」
「やったー」
美代の嬉しそうな笑顔にその頭を撫でバッグにしまってあるその品物を取りに向かった。
「持ってきた」
「見せてー」
「はい」
「えっ、これって」
「俺と結婚してください」
リングケースを開き、私と美代が出会った、桜の装飾が施された指輪を美代の目に映してみせた。
「これって、ほんとう、、?」
美代の目が潤みはじめた。
「本当、まだ約一年早いから婚約ではあるけど」
「うれしい!」
美代が抱きついてきた。
「私こんな幸せな日が来るなんて思わなかった、直人ありがとう」
「おうおうよく泣くな、俺も美代という素敵な人に出会えて、こんな日を迎えられて本当に幸せだよ」
「ねえ、直人がはめてくれる?」
「もちろん、俺にも美代がはめてくれ」
「うん」
美代の可憐な薬指に桜の輪が施された。
「わあ綺麗、本当にありがとう」
美代がさらに泣きはじめたので私はティッシュを目元に優しく押し当てた。
「美代に本当に似合ってるよ」
「ありがとう、直人も手出して」
「はい」
「うん、直人にも似合ってる」
「ありがとう、出会った頃を思い出すな」
「あのとき直人戸惑ってたよね」
「そりゃ、こんな可愛いやつに話しかけられたら緊張するだろ」
「もう」
美代が恥ずかしげに頬をつねってきた。
「わはっははらやへへへくへ」
「なにいってるの?」
「美代がつねってきたんだろ」
「えへへ、本当に指輪ありがとうね」
「俺にできることはやるからな、これからも」
「この後も、、?」
「ばっ、母さん達の前でそういうこと言わない!、するけど、、」
「ふふ、わかった、じゃ、デザート食べよっか」
「そうだな」
「やっと私達喋れるわね、直人、美代ちゃんおめでとう!」
「私からも、直人、美代ちゃんおめでとう!」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
「これはデザートが何倍にも甘く美味しくなるわね」
「そうですね」
「美代、あーんして」
「直人からおねだりなんて珍しい、いいよ、はい、あーん」
「あーん、、ごくっ、甘いな、美味しい、いちごもくれ」
「おねだりさんなんだから」
「ごくっ、いい具合の甘酸っぱさだな」
「今のあなた達は激甘だけどね」
「いいんだよ」
「そうですよ」
「美代はいいのか?」
「この後たくさんもらうから今はいいかな」
そう言い、ショートケーキを口にした。
「美代は親になんて報告するんだ?」
「そうだねえ、普通に『結婚してください』って言われたっていうかな。二人とも反対しないと思うし」
「そうか」
そう言って美代は自らの左薬指にはめられた指輪を眺め幸せそうな顔をしていた。
時刻は七時頃であった。
「今日は幸せだなあ」
「俺も幸せだよ」
お互いに指輪とたまに顔を見つめ合いながら幸福感に浸っていた。
「二人とも遊びましょー!」
そんな静けさを破るような溌剌とした声がした。
美奈は手にトランプを持っている。
「何するんだ?」
「そうねえ、、七並べ、ババ抜き、神経衰弱かしら」
「たくさんですね」
「せっかく四人いるんだから楽しみたいじゃない!」
「どうする?」
「やろ」
「分かった」
「さあ、寛人さんもいらっしゃい」
「賑やかになりそうだね」
「俺たちは静かなのがいいんだが」
「まあたまにはいいじゃない」「後で『お楽しみ』なんでしょ」と悪戯げに微笑んだ。
「じゃあ七並べから始めましょうか」
「ジョーカーはありか?」
「ありよ、二枚」
そう言って美奈がカードを配り始めた。
「一抜けー!」
美代が嬉しそうに叫んだ。
「おめでと」
「えへへ」
その後は寛人が二抜け、私が三抜け、美奈がビリだった。
「もー」
不服そうに頬を膨らませている。
「次はババ抜きね、今度は負けないわよ」
「そうだといいな」
「やったわー!」
美奈が一抜けした。
「ほら、私以外とポーカーフェイスなのよ」
「美奈さん凄かったです」
その後は美代が二抜け、私が三抜け、寛人がビリだった。
「父さんわかりやすいんだよ」
「ジョーカーの方いったらすぐキョドってたわね」
「はは、私こういうのは苦手なんだよ」
「寛人さん普段は和やかだけどそういう側面もあるんですね」
「そうなのよ、直人は表情全然動かなかったわね、美代ちゃんだったら動いたかしら」
「きっとそうですね」
「俺もその自信がある」
ふふ、と美代が愉快そうに笑った。
「次は最後神経衰弱ね、これ疲れるのよねー」
「じゃあなんで選んだんだよ」
「大富豪とか難しいじゃない」
「そういうことか、わかる」
「おい、これ柄でなんのカードか分かるじゃないか」
「あ、確かにそうね、でも家にはこれしかトランプないのよ」
「じゃあイカサマなしな」
「もちろん」
皆がそう言った。
「さあ、誰が一番カード集めたかしら」
「俺は二十二枚」
「私は十四枚です」
「私は十枚よ」
「はは、私は六枚だよ、またビリだね」
「やっぱ若いと記憶力がいいのかしら」
「お二人とも十分お若いと思いますけど」
「あら、褒め上手ねえ」
「ありがとう」
「それにしても直人すごいねえ」
「まあ神経衰弱得意だからな」
「ちょっと疲れてない?」
「まあ疲れたな」
「ふふ、そう思ってお風呂の準備しといたわよ」
「お、ありがとう」
「ありがとうございます」
「私達は先に入っててお湯も新しいからきっと心地いいわよ」
「あの、、裸になるのか、、?」
「恥ずかしい?」
「いや、、この後もなるんだから、そんな変わんない、?」
「そうだよ、ドキドキしすぎないようになれとこ」
「そ、そうだな」
少し恥じらいにお互い頬を染めながらも私と美代は服を脱ぎ、浴室に入った。
「直人って筋肉あるんだね」
「なんだその『いかにももやしだと思ってました』感は」
「いやまあ、入院してたときも筋トレしてたの?」
「開放病棟だったし、まあ他にやることがそんな無かったというか」
「そうなんだ」
「美代もスタイルいいし、肌ぷるんぷるんだよな」
「私もトレーニングはしてるからねえ、あと保湿もちゃんとしてるし、あとは遺伝?」
と、悪戯げに微笑んでこちらに近寄ってきて抱きしめてきた。
「これがお望みで?」
「ちょっ」
湯船に入っているほとぼりもあるのだろうが、美代のやわらかい感触が直に肌に伝わってきて非常に刺激的だ。
「ふふ、直人も正直さんだね、すぐ反応する」
「くっ、」
「でもベッドまではお預けだね」
美代が抱擁を解いた。
「俺もその方がありがたい、風呂でされると間違いなく上せる」
「ふふ、してもいいんだけどね」
「美代は男と風呂入るの何年ぶりだ?」
「男といったら直人以外パパだよね、最後一緒に入ったの十年前とかじゃない?」
「そんな前か、今のご感想は?」
「愛する人と入れてとても幸せです」
「俺もとても幸せだよ」
「ありがと」
「こちらこそ、ありがとな」
そう言い互いに近づき深い口付けを交わした。
「洗いっこしよっか」
「そろそろ上せるし、そうだな」
「私が直人の髪洗ってあげる」
「じゃあ堪能するわ」
「ふふ、存分にどうぞ」
普段自分の髪を洗うときよりもだいぶ丁寧にやさしくしかも最愛の彼女に洗われているのでとても心地が
良い。
「気持ちいい」
「よかった、直人って髪さらさらだね、私と同じシャンプーとか使ってる」
「まあ近くの美容院同じだからな」
「じゃあ流すよー」
今日溜まった汚れが流されていくとともに美代の優しい指使いが感じられる。
「私の髪は長いから直人洗うの大変だろうし後にするね。さあコンディショナーつけるよ、その間に身体の前の方は洗っといて」
「あいよ」
「私直人に背中洗われるの楽しみ、好きな人に身体触られるのは嬉しい」
「ちょっ、危ないというか恥ずかしい発言だな」
「だって、直人もそうでしょ」
「まあそうだけど」
「ふふ、じゃあ背中洗うよー」
ネットで泡立たされた泡の中に美代の可憐な手のひらが感じられた。
「ああ気持ちいい」
「それはどうも、この後直人にもやってもらうからね」
「緊張するな」
「直人ってそういうとこ初心だよね」
「初めてだから仕方ないだろ、美代は緊張しないのか?」
「緊張してるよ、でもそれ以上に直人と一緒にお風呂に入れてるのが嬉しいというか」
「うっ」
「あ直人照れた」
「うるさい」
「まあそういうことです」
「わかった、俺も美代と一緒にお風呂入れて嬉しいし楽しいよ」
「恥ずかしい」
「だろ」
美代にも私の気持ちが分かった様だ。
「終わったよー」
「じゃあ今度は美代の番だな」
「やったー」
「じゃあ背中洗うから自分で洗うとこは自分で洗ってくれ」
「りょうかい」
美代が身体を洗いやすいように髪を纏めた。
「美代以外と筋肉あるというか身体しっかりしてるな、トレーニングしてるからか」
「そうだよーでもバキバキにならないように気をつけてる、バキバキだったら直人触りがいないでしょ」
「まあそうだけど、触られる前提で鍛えてたのか?」
「うっ、まあ最近はね、、」
美代が恥ずかしそうに答えた。
「洗い終わったぞ」
「私も洗い終わった、これから髪洗うから直人先出てる?」
「いや、寝てるとは言ってたけど揶揄われるかもしれないから湯船に浸かってる、美代と一緒にでたいし」
「別にいやらしい目で見てもいいんだよ」
「うっ、まあそれなりに見ておくよ」
「『それなり』ねえ」
「なんだよ」
「もっとジロジロ見てもいいんだよ〜」
美代が悪戯げに揶揄ってきた。
「俺はそういうの慣れないんだよ」
「まあこの後存分に見ることになるだろうしね」
「そうだな」
美代の髪の手入れも終わり私達は浴室を出た。
「じゃあ保湿だな」
「そうだね」
「美代のボディミルク使っていいか」
「いいよ」
お互いに化粧水、乳液、ヘアトリートメント、ボディミルクを済ませた。
「ドライヤーもやりあいっこしよっか」
「いいなそれ」
まずは短時間で済む私の方からすることになった。
「直人やっぱさらさら、あ、もうちょっと左」
「美代の手ってほんと可愛いな」
「ふふ、ありがと、かっこよくきめちゃうね」
「このあと崩れるんじゃないか」
「まあ、いいじゃん」
「美代がいいならいいけど」
「私好みにするね」
その結果、私の普段の髪型より若干色っぽい髪型になった。
「これでいいのか?」
「うん、似合ってる、次は私ね、私はいつも通りで」
「いつも通りのにできるかわからないが」
美代の髪は長いので乾くまで長そうである。
「美代めっちゃサラサラだな」
「そうでしょー、まあ直人と全く一緒のケアなんだけど」
「生まれつきか」
「そうかもね」
「今日はどうだった?」
「デートめっちゃ楽しかった直人の友達(?)カップルにも会えたし、何より指輪が嬉しかった」
「ありがと、俺も楽しかったよ」
その後も今日買った服やぬいぐるみの話をしていたらいつの間にか美代の髪は乾いていた。
「じゃあ行くか」
「そうだね」
長い長い夜が始まった。
題名の通り初めてのお泊まりです。今回は美代ちゃんが頑張りましたねー、直人くんも指輪と、二人とも大活躍です。家族の温かさも感じられました。