夜が来たれり1
~夕空を飛竜で駆ける~
「キレイやね。」
雪雲の雲海を突き抜けて、淡い赤の平原にやってきた4人。
トワはとても楽しそうに飛竜に乗る。
鞍には保温機能がついており冬空も暖かく飛行を楽しめる。
「王都までどれ位かかりそう?」
グレンがトワに尋ねる。
コーネル王国の王都コーネルはコル砂漠の北端にあり、エフィタスに来るなら必ず立ち寄る立地なので、
知っていると推測しての質問である。
「ねぇね。この子、すごくはやい!んっとね、ふつか!」
飛竜の背中をナデナデしてニコニコでトワが話す。
「ずっと乗りっぱなし!!」
ネオがビックリする。
「夜には竜の宿によるよ。一泊する。飛竜を休ませないとさ。コル砂漠には3か所あるんだ宿屋がさ!この子達は最大飛行時間が8~9時間。」
セツナが解説する。
「竜人なだけあって詳しいな。」
ネオは関心する。
セツナもトワも手綱を殆ど使っていなかったのだ。
「凄く素直なんですよ。竜人だから、ってだけじゃなんですよ。」
セツナはそっと手綱を右に振る。
正面に消えゆく赤い夕日を左手にして北へ向かう。
「夜になりますね!多分この辺です。」
一気に急降下して再び雲海に顔をうずめる。
「ほら、ビンゴ!降りますよ!」
小さな灯りがポツリ、ポツリと白い砂漠に光る。
その光に向かって飛び降りるトワと大きな声で叫ぶセツナ。
「んっ??飛び降りるの?」
首を掴まれて目が丸くなるネオ。
「ゾクゾクするね!!」
グレンが3人の後に続く。
「待て待て!普通に降りるべきやろ!」
ネオの目が見開く。
「ひりゅうさん、このまま夜のサンポ。」
トワが飛び降りる理由を教えてくれた。
竜使いのいない自由な時間を飛竜にプレゼントしたのだ。
「だからって飛び降りなくても。」
急降下していく4人。
「風の安らぎ。砂の布団。」
セツナは落下する着地点にふんわりとした風のクッションを更に衝撃を和らげる砂の層を法術で作り出す。
不思議な感覚が全身を包み込み4人はふわりと地面に降りたつ。
「怖かったー。」
「楽しいね。」
グレンとネオの感想は全くもって別となった。
こうして初日の飛行は何事もなく無事に朝を迎えた。
グラナダを旅立って二日目の朝。
夜に別れた飛竜二匹がオアシスの水を飲んでいた。
どうやら寝ている間に帰ってきてたようだ。
「良い朝やね。」
見渡す限りの銀世界が広がっている。
セツナは冷たい空気を胸いっぱいに吸う。
「コル砂漠って気温差凄いな。ちょいと前だったらあんなに熱いのに、一瞬で冬になる。」
ネオは気温差に鼻がズルズルしている。
「この時期、暖気と寒気がぶつかるからね。それこそコル砂漠の別名、天国と地獄の由来となる季節なんだよ。」
グレンも朝の冷たい空気を取り込み白い息を吐く。
「さばくに雪って、きれい。」
トワを薄く積った雪に足跡をつける。
「そういえば、飛竜って温暖な気候が好きじゃなかったけ?」
グレンがふと気づいてセツナに聞く。
「そうですね!普通なら、でもこの子達肌が青いでしょ?珍しい寒冷地に住む飛竜なんです。」
セツナの話を聞いてグレンが水を飲む飛竜の横に立ちナデナデをする。
「そう!サムいのが好きな子なの!私はきらいだけどね。」
トワは荷物を纏めて飛竜の鞍に跨る。
「俺が持つのに。」
セツナは日替わりで荷物持ちを交代してくれるトワを気遣う。
「ひりゅう、乗るの私のが上手いもん!」
トワは軽々と飛竜の首に下げてある荷物入れに入れる。
「昨日の夕日も綺麗だったけど朝日もいいね。1日が始まるって感じがする。」
バサッバサッと飛竜の羽が羽ばたくとオアシスの水が波を立てて水面に映った朝日がキラキラと輝く。
グレンは晴れた冬空を眺めながら皆んなに語りかけた。
そうして、時間は流れて王都の街並みが砂漠の地平線の彼方から浮かびあがってきた。
時刻は夕刻になっている。
「ほんとに早いな。」
ネオは関心する。
飛竜からひょいと飛び降りる。
「えっ?」
セツナは驚くと同時に目が一瞬で切り替わる。
ネオに負けた事が悔しかった。王都とグラナダとを繋ぐ砂の街道が魔気で支配されていたのだ。
それもかなり陰湿に、このまま魔気が広がる上空を過ぎれば間違えなく飛竜は殺されていた。
トワとグレンは2人の行動から少し遅れて一人ぼっちになった飛竜と一瞬にゆっくり街道へと降りたった。
「はぁ、つまらん。これに気付くのとかキモいだけど?」
さっきまで隠れていた魔気が実体を持って街道一帯を支配する。
濃い魔気の奥から山羊の頭をした執事がゆっくりと歩み寄る。
「わての目を舐めるなよ?」
ネオの瞳がキラリとひかる。
ネオの闇を見る目が敵の殺意をはっきりと浮かびあがらせる。
*闇を見る目、夜に発動する瞳術。魔気への感度と視界を、3倍にする。
そんな会話を横目に竜のポシェットから荷物を取り出したトワは飛竜をそっと空へと逃がす。
「そこの鬼神以外はカス以下の雑魚のくせに口を開くな。ひれ伏せろ。」
イライラとした口調でヤギが喋る。
真っ白な毛が夕日が沈み夜になるにつれて黒くなる。
「はぁ、なんて素敵なんだ。夜が来たれり。我は13魔王の1人、強欲の王ハキム。弱った魔神を喰らいにきたらまさかの上物がつれるとは。はぁー。。痺れる。粉砕の鬼姫。魔族殺しの悪魔。貴様の魂を汚して、黒く染めて、前菜として食べてやるよ。」
甲高い声で赤い目を光らせる。
「一体何人殺したんや。ヤギ。」
ネオが怒りながら問う。
「さぁ?これで400人目?」
魔気の霧から全身を見せるハキムは片手で引き摺ってきた騎士の死体をグレンに投げ付ける。
「あっ。」
投げつけられた死体を受け止めようと割って入るトワ。
それよりも先にネオのレイピアが騎士の鎧を突き刺して黒い霧に変える。
ハキムの濃い魔気でわからなかったのだが、騎士の鎧を来た夜を歩く者だったのだ。
*夜を歩く者、魂を刈り取った死体に魔気で出来た心臓を与えて傀儡として使役する。魔族の闇魔法の一つ。心臓を破壊したら死体は消え去り魔気だけが残る。瞳は真っ黒で記憶は身体の持ち主からそのまま引き継ぐ。
「お前、腐ってるな。」
ネオは震えながらレイピアを構える。
死せる者の首には既婚者の証である金のネックレスに小さなイニシャルが二つ刻まれた金貨がぶら下がっていたのだ。
彼がぶら下げていた金貨をレイピアの先に引っ掛けて地面に落ちる前に拾い上げた。
「酷いのはどっちだい?永遠の命を与えて、恋人との再会をさせてあげようとしたのに。。殺してしまうなんて。彼は永遠の愛を誓っていたんだよ。それを叶えてあげて何が悪い??」
両手で顔を覆いハキムは咽び泣く。
「今のコイツは魔帝クラスだよ。受肉した時にクラス上がってやがる。気持ち悪い。」
グレンの鬼の目で相手の力量をしっかりと推察する。
「グラナダで倒した魔族と似た魔法を使いますコイツ。多分、いや、間違えなくコイツが親玉です。」
セツナも真理の目で騎士の魔気の心臓を解析して一つの答えをだす。
魔法には個性が出る。
それも魔法を構成する呪文を汲み上げる時に魔族の個性が色濃く表現されるのだ。
死せる者の心臓には、
『闇、永遠、循環、愛、魔気、解放、爆発』
グラナダの闇に溶けるローブには、
『闇、永遠、溶ける、黒く、残像』
コイツの呪文構成が、闇と永遠をテーマに構築しているのがわかるのだ。
「えっ?グラナダで倒した敵は、魔神の手下じゃないの?」
グレンは驚く。
「どうやら、違うみたいですね。アイツらはハキムの駒だったみたいですね。てっきり魔王は魔神の護衛で受肉したのかと思ったら、、同族狩りですか。」
セツナは法術を唱えながら、推理が外れて、しかも最悪な展開とショックを隠せないでいた。
『水、圧縮、圧縮、噴出、同化。空気、圧縮、圧縮、同化。』
2連方程式、構築、解。
「水龍の一閃。」
鋭い圧密された水のジェットが魔王を目掛けて一直線に走る。
「これはチャンスなのですよ。666が失敗するなんて、こんなチャンス逃しません。私が魔神になれる最高のタイミングなんです。お前ら如きに邪魔されてたまるか。」
ハキムは魔法を詠唱する。
『闇、永遠、四角、異空間、収納』
発動。
「ブラックボックス。」
空間に四角の空間が現れてセツナの法術を吸い込み消える。
「わぁお。このヤギつよいね。でも私達が勝つよ?」
トワが目を丸くする。
それと同時にこの出会いに感謝した。
こんな危険な奴を大好きなアルーマにこれ以上居させるわけにはいかない。
ここで確実に殺してやる、生まれて初めて決意を持ち心が燃えていた。
この気持ちは更に自分を強くしてくれると感じたのだ。
トワはこれまでの戦いは遊びでしか無かった。にぃにともパパともそしてグレンとも修行の一環で何処か自分の強さに甘えて歩んできたのだ。
だけど、今は違う。
明確な殺意をもって敵を屠ると生まれて初めて抱いたこの感情に心臓がドクンドクンと強く脈打つのだ。
「マグリジット流、一の型、鬼の一突」
ハキムが魔法を唱える隙に低空姿勢で敵の間合いに入り込みネオがレイピアを下から上へ胸を狙って突き刺す。
『闇、永遠、写し身、瞬間、影、移動。』
発動。
「テレポート。」
一瞬で残像だけ残してハキムは霧に身を隠した。
「くそっ。これでも届かないのかよ。」
レオを突きが虚しく宙を切る。
「まだまだー。」
トワが続いてハキムと格闘戦に持ち込む。
瞬間移動した先にトワは左拳を待ち構えて、上から下へ振り下ろし敵のガードする手を右足で下から上へ薙ぎ払い敵の画面に一撃をかます。
この一撃の裏には、複数の駆け引きが存在していたのだ。
『固定、座標、停止』
セツナが援護する。解。
「時の牢獄」
敵が飛んだ先の空間を固定化する。
『融解。加速。離脱。』
発動。ハキムは一瞬で拘束を解く。
「逃さないよ!」
トワはその一瞬の隙を逃さず、思いの丈をぶつける。
『太陽、燃焼、付与、必中。』
解。真っ赤に燃えたトワの拳がハキムの画面に突き刺さった。
「太陽の拳。」
山羊の顔が変形する程のメラメラと燃える熱い拳がハキムの顔にめり込んだのだ。
「ぺっー。痛いな。神力ないのに痛いだと?」
ハキムは真っ黒な血を地面に吐く。
トワを睨みつける。
純粋なパワーだけでこの最高級の魔気で練り上げた身体に傷をつけたのだ。
「お前、ほんとに人間か?」
『闇、永遠、修復、復活』
ハキムは堪らず回復魔法をかける。
みるみると顔の傷が癒やされていく。
「お前ら、ホントにイライラさせるの上手やな。」
詠唱。
『闇、永遠、夜が来たれり。』
発動。
「さぁ、お前らに魔界を見せてやるよ。」
ハキムは、高笑いする。
堕落した死者の魂は夜を渡る。
この世とあの世との境を彷徨う。
境界がとける、夕闇の時。
魔界の扉が開く。