交易都市グラナダ1
「わぁお。」
セツナはグレンとレツが手を握る瞬間に展開されたレツの魔法をしっかりと見てしまい鳥肌がとまらない。
何が鳥肌というと、美しい呪文構成もさることながら、机に置かれたゲッテルに果実水とミルク。
そうエフィタスで飲んでた同じモノが机にあるのだ。
「どっからアイツの仕込みなんやろな?あっ。これ頂戴。」
グレンは店主を呼び苦虫を潰した悔しそうなかおでセツナに問いをなげる。
「それは、わかりませんね。少なくともかなり上手の敵には違いありませんよ。」
セツナは目がヒリヒリと痛むのでパチパチと瞬きを繰り返して堪らず指で擦りながら答える。
「んっ?」
ネオに関しては全く状況が飲み込めるわけもなく、目の前にある大好きなミルクすら飲めずにキョロキョロ周りをみる。
「ケンカしたかったなぁ。私、これおかわり。」
トワについては、強敵との出会いにワクワクが止まらないみたいで、果実水をグイッと飲み切ると身体から湯気が込み上げる。
「バカなのか、天才なのか。ほんと羨ましいよ、トワが。」
セツナは頬杖をついて血気盛んな妹を見つめる。
「ここ何処やねん。なんでお前らこんなに落ち着いてられるん?意味わからんやろ。」
ネオは縄張り意識が強くいきなり知らない所に放り込まれるとストレスを感じる性格なのである。
「落ち着きな。ネオ、恐らくグラナダやな。グラナダ名物、ガイヤワームの唐揚げがメニューに書いてある。」
グレンはメニュー表を再度広げてからゆっくり店内を見渡す。
「ほんまに、勝手に飛ばしよってからに。あいつ、しかも、ウチらの目的地ちゃっかり知ってるのが益々気に食わないわ。思い出しただけでイライラしてくる。」
眉間に皺をよせながらグレンの愚痴は続く。
「グレンねぇも、負けてなかったよ?かっこよかです。」
トワは、肝っ玉姉さんの根性にすっかりゾッコンになっていた。
「さて、今夜何処に泊まります?元々テントで寝る気満々で準備してた訳で。宿、今から見つかります?」
セツナは綺麗に整理整頓された荷物を指差してグレンの愚痴にのっかる。
「どうやら。その心配すらいらなそうやで?」
グレンが何かに気がついたのか、掲示板を指差す。今座っている店は、下が酒屋で、上が宿舎も兼務してる大きな建物らしく、入り口正面に掲げている大きな宿泊予約の掲示板にデカデカと猫と愉快な仲間達4人組と書いてある。
「そうですよね。飛ばすならここまでして頂かないと。マジで変態って言葉がぴったり。」
セツナは敵の気配りに感謝よりも先に寒気、それより上位の悪寒を感じていた。
「私達の敵の正体もハッキリ分かったからこそ、トワちゃんに、セツナ君、この話断って。流石に巻き込めないわ。お姉ちゃん。」
グレンは大きなため息が溢れる。
集団失踪事件の人達は恐らく全員死んでいるのだろう。
地上に逃げた魔神達の降魔の儀式の生贄にされたとみて間違えない。
こっから先は敵が弱っており回復するつもりなら、更なる生贄を欲しているという点にある。
飢えた獣を狩るのは一番危険な事だとグレンは身をもって知っているため、自分1人で処理する決意を固めていた。
「いや、降りませんよ。」
セツナは覚悟を決めた目でぎゅっと拳を机のしたで作る。
「わたしも、やる!」
ギラギラした闘志溢れる熱気が全身から溢れる。
「わては、ずっとついてく。弟子を置いてくとかは無しですよ?師匠。」
ネオは置いて行く気全開のオーラを出す師匠の気持ちに気付いて割り込む。
「うーん。マジでいってる?お勧めする選択肢ではないで3人とも。」
弱っているとはいえ、魔神狩りしかも、使い魔レベルじゃない、本体を敵にする。
グレンからしてもこのクラスを敵にした事が無い未知の領域である。
広場で声をかけてしまった自分に、後悔の念が生じる。
「こんな事なるなら、誘うべきじゃなかったな。」
グレンはポツリと呟く。
「えーっと。」
落ち込んでいるグレンを見てセツナは一瞬、自分達の正体を明かすべきなのか悩んでしまった。
「確かに私達、魔神クラスには役不足かもしれませんが、今回の話のポイントはかくれんぼ、見つけたら勝ちなので、足手纏いにはならないかと。」
セツナは一言一言を選びながら提案する。
セツナの脳裏には魔神を見つけて目の前でマッチを擦って全力で逃げればきっと後はあの化け物が綺麗に片付けてくれる未来が見えていた。
「確かに、直接手を下す必要は確かにないよな。あくまで魔族同士の喧嘩の駒に過ぎない。それもそれで、なんか気に食わないが。」
グレンが深く頷く。
「ねぇねぇ、なんでロク、ロク、ロクはじぶんでさがさないの?」
トワは直感的なセンスで質問を会話のテーブルに置く。
「魔界ならまだしもアルーマは魔気が中和されて色がないんよ。どの邪や魔物や魔族だとしても真気が濃い世界では魔族が持つ個性のある魔気は弱くなるんだ。簡単な話見つけにくいってわけ。魔気を探すには神気が一番ってわけよ。」
左手の甲に御朱印を刻み直しながらグレンは答える。
「ふぅーん。」
分かった様な分から無かった様な返事をトワはする。
「グレンねぇのがセンスあるって話?」
しばらく考えてからトワは言葉を付け足す。
「そう言う事よ!流石トワちゃを賢いね!」
グレンねぇは嬉しそうに答える。
やっとグレンの顔に笑顔が戻った。
「ここのミルク美味いで。多分、コーネル乳牛の最高級とわては見た!」
ネオは口の周りに白い髭をこさえてルンルンな顔になっていた。
「正解やわ。メニューにもコーネル産地直送、生クリーム牛乳って書いてあるわ。値段めっちゃ高いけどな。600ダルクやと。」
*1ダルク100円
グレンが値段に驚く。
「ペロッ。うまうま。」
値段を聞いてからネオは舌を伸ばして口周りのミルクを綺麗に舐めきる。
「ゴホゴホっ。」
セツナはむせる。
「俺、現金手持ちもってないですよ。恐らく400ダルクあるか?ないか?私達の日当二日分ですね。」
グレンがもっていたメニューを貰い、自分の目で確かめる。
「そこは心配すんなや。うちが奢るやんか。」
グレンは鬼柄の巾着袋を広げて金貨を1枚取り出す。
*1金貨1000ダルク
「お姉ちゃん、以外と金持ちやからな!」
グレンはニヤリとキラキラ光る金貨を机の上におく。
「これでも姫やからな。では、遠慮なく。おかわ。。イタッ。」
ネオは手を上げようした腕をグレンに叩き付けられた。
「調子に乗るな。お前には贅沢や。おっちゃん、会計!」
グレンはネオの手を下げて自分の手をあげる。
〜204号室2人部屋〜
「あぁ、めっちゃ疲れたー。」
ふかふかの布団にネオが倒れ込む。
「ふぅー。今日は刺激的な1日でしたね。今でもあの悪寒が消えない。」
セツナは荷物をバラしながら答える。
「そこそこ強い自信あったんやけどなー。上には上があるんやな。」
ネオは天井眺めながらミルクの余韻にひたる。
〜303号室2人部屋〜
「んーっ。」
トワは思いっきり背伸びをする。
「今日は早く寝ようか。トワちゃん。」
グレンは窓からグラナダの夜の通りを眺める。
「そうですね!」
フードを折りたたみ、寝巻きに着替えるトワ。
「今日は疲れたね。お姉ちゃんクタクタだわ。」
さっきまで砂漠にいたのが不思議な感覚でグレンは布団に潜り込む。
「グレンねぇ、ありがとうね。」
着替えながらトワは感謝を伝える。
きっとグレンねぇが居なければ、あの場で殺されていたのかもしれない。
「うーん。こっちこそごめんね。」
グレンは謝罪する。
「ねぇねぇ、ロクちゃんにかてそう?」
トワから見て、グレンねぇのが強く思えたからこそ質問である。
「正直どうなんやろ?あれは所詮依代だし、あれには勝つ自信はあるよ!ただマジのアイツには自信ないかな?あのレベルの依代扱えるって考えたら今でもゾクってするもんな。」
グレンは正直な気持ちをトワに伝える。
「ねぇ、ねぇ、あのロクちゃん。どうやってあの場にこれたの?」
トワは不思議いっぱいで旅に出れて良かったとしみじみ思うのであった。
「恐らく、焚き火やね。空に舞い上がった火の粉を依代にしてこの世界に介入したんやな。」
たったあれだけの小さな依代で災害レベルの魔族を地上に召喚出来てしまう敵に恐れつつも、最近天狗になっていた自分を戒めてくれた存在に少し感謝もしていた。
依代を使っての地上への介入は、基本的にその依代が持つ魔気や真気によって発揮出来る力が比例して変わる。
より強力な依代があればあるだけ、より長く、そしてより強く力を行使出来る。
それを知っているからこそ、焚き火の小さな火の粉で化け物が生まれてしまう事実が恐ろしいのだ。
666が黒幕じゃなくて良かったと一瞬安心してしまっているグレンの自分の気持ちに気付いた時、情け無くも悲しくもなった。
グラナダで迎える最初の夜は、砂漠のテントより暖かい部屋だったとしても何処か心が寒い夜となった。