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猫の王子3

〜コーネル王歴120年〜

それは父上が家を空ける事が増えた18年前の出来事。

慌ただしく帰ってきた父の腕の中にはぐったりした小さな子猫が抱き抱えられていたのを良く覚えている。

まだ冬の冷たさが残る、花時雨の月にネオは我が家にやってきたのだった。

*花時雨は3月。

小刻みに寒さに震える子猫を父上から預かり暖炉の側で一緒に過ごしたあの夜をシュティムは忘れてはいなかった。

「この子をお願い出来るかい?」

そう言って忙しく家を飛び出す、それを見送るシュティムの目には遠くに見えるニブラヘム山脈の白さと父上の真っ赤に染まったマントの靡く景色を今でもはっきりと覚えている。

「よしよし。」

今にも消えそうな命をギュッと両手で包み込み、召使達が、王女から子猫を取り上げようとしたが決して離す事はしなかった。

気が付けば、デカい毛布を引き摺って一緒に暖炉の前に寄り添ってくれたまだ6才だったコリンと子猫を抱く7才シュティム。

3人で囲んだ暖炉はいまでもコーネル家の一階に家主の様にデカデカと訪問者を歓迎してくれている。

後で知ったのだが子猫は獣人の赤ちゃんだったのだ。

当時2才、子猫と変わらない位小さくて可愛かったとシュティムは懐かしむ。

まだこの時は名前が無く、ネコと呼んでいた。

暫くして父上が帰ってくると養子に迎えると突然の発表。

この時に国名のコーネルの右から3番目のネ文字と王家のオをくっ付けてネオと名付けたのだ。

そうネオは末っ子なのである。

長女のシュティム、長男コリン、次男ネオ、この3兄弟姉妹で激動の戦乱を生き延びたのだ。

ネオが屋敷に来た当初は王家は反乱軍の奇襲から立ち直れず劣勢であった。

父上が必死に戦場を駆け抜けており殆ど家に帰って来なかった時期でもあった。

潮目が変わったのは、内戦が勃発してから2年目の頃だった。

とうとう、王都を残す全ての街が反乱軍によって制圧されて、敗北の二文字が足音を立てながら近づく紅の月にグレンが砂漠の彼方からやってきたのだ。

*紅の月は8月。

グレンが残した足跡は全て敵の血で染まり、魔族達が紫の光の柱となって次々と消えていくその姿は夕日で赤く染まった山々と重なり赤い夕陽の奇跡としてコーネル王国で語られる伝説の一つである。

「たまたまなんよ!この時、クリスの木を加工出来る職人を探しててね。風の噂でコーネル王国にクリスって天才鍛治職人がいると聞いて街に向かうと、魔族がおるわ、おるわ。どうしてもクリスの木の棍棒が欲しくて欲しくて。がむしゃらに王都に突き進んでたら内戦に巻き込まれたってわけよ。」

この時の裏話をグレンが語る。

「この頃はまだ、ネオ変性期でよちよち歩きしか出来なかったの。ちなみにその鍛治職人は私達のパパね。」

シュティムは、変性期だったネオの写真を書斎から持ってくる。

*変性期、獣人は生まれた時はベースとなる生き物姿として生まれて1年から3年の歳月をかけて少しずつ人間の骨格に変形する時期がある。この時期があるため獣人は幼子として過ごす期間が普通の人間と比べて長いが、変性期を終えると一気に成長が加速度的に進む。

「わぁー。かわいいね!」

トワが今のネオの姿と見比べてびっくりする。

「じゃかましいわ。姉さんなんちゅうもん、残してるん。」

ネオが照れながら思い返す。

グレンと初めて会った日の事は、ネオはあまりはっきりと覚えてはいなかった。

ただ、ジリジリと暑い夏の輝きは覚えていた。

その日から、グレンはちょこちょこ王都に遊びにきては、魔族を蹴散らして、相棒でもあるクリスの棍棒が出来上がった頃には国の半分は取り返していたのだ。

コーネル王歴126年のネオが8才の時である。

父上のクリスが丹精を込めて制作した最後の遺作。

粉砕の鬼姫の相棒、陽炎が誕生した。

陽炎がグレンの手に握りしめられた、この日から粉砕の鬼姫の伝説が始まった、豊月の4日である。

*豊月、10月。

そっからの鬼姫の快進撃は恐ろしかった。

小さいながらにネオは冷や汗が溢れる程の神気を纏ったグレンの後ろ姿に惚れていた。

当時の13魔王の内、内戦を画策したのは、強欲の王ハキムに幻惑の王ナタと修羅の王サタン。

この3魔王から内戦の混沌とした人々の悲しみや憎しみを糧に受肉したサタンを消し去ったのである。

人類史、9回目の魔王の誕生にコーネル王国だけでは無く全ての国々が敗北を覚悟した瞬間であった。

*受肉、魔族が魔界での力を地上でも100%発揮出来る臨界点に達した状態。魔族のランクによって受肉するための難易度は様々であるな、魔王クラスでは最低でも数万人規模の贄が必要となる。

そう、敗北した筈だったのだ、グレンの手に陽炎が無ければ。

「ふふっ。」

陽炎の話になった時、ネオは嬉しそうな顔をしていた。

実は陽炎の作成にネオは携わっていたのだ。

ネオのタレントスキルである猫の目ともう一つ、猫の手が備わっていたのだ。

*猫の手、その柔らかい肉球は物体の性質を幸せにする。幸せを呼ぶ手。幸福の象徴である。

それに気がついたのは前王のクリスだった。

とても、不思議だったのだ。

ネオが大切に使っている物は一度も壊れないのだ。

玩具やお気に入りの服、それに靴。

ネオが特にお気に入りだった宝物には、いつの間にか法術の刻印が生まれていたのだ。

『愛すべき物、永遠』

この法術を見つけた時にクリスはネオと一緒に陽炎は作ろうと決心したのである。

グレン様の為にどんな武器が相応しいかずっと悩み続けてた日に別れを告げた。

「親父に鍛冶場へと、ある日から、拉致されてさ。正直ね。死にかけたよ。当時5才やで?そんな子供に金槌もたせる?」

辛い思い出かのような話し方であったが、顔は誇らしげに語るネオであった。

今のネオがあるのも陽炎のお陰なのだ。

多分、陽炎が生まれていなければきっとグレンは自分を弟子にしてくれて無かったのではと考えてしまう。

鍛冶場に入ってからは、ひたすら毎日、火と語り合った。

ネオにとって鍛治場は辛い場所でもあったが思い出がいっぱい詰まった場所でもある。

炎を見るために暗くされた部屋の中は猫の目がキラリと輝く理想的な部屋でもあったのだ。

猫の目を通して見る炎の揺らぎはとても色鮮やか素敵な世界だった。

真気と高い親和性を持つ木材のクリスにネオの猫の手によって

『愛すべき物、永遠』

を、まず刻み込んだあとにひたすら業火にクリスを焚べる事で火の真気を大量に吸収させる事に成功したのだ。

グレンの火の性質は木材との相性は最悪で、この難問を解決したのが、ネオの力だったのだ。

「ひたすら、昼間は金槌で木材を叩き、夜は握り締めて寝てたから、俺からしたら陽炎は息子やねん。」

グレンの横に転がっている陽炎を指差すネオ。

木材のクリスは加工したての頃は鋼鉄の様に硬く、ひたすら叩いて柔らかさを出していく。

切り出す時は熟練の職人達で一年かけて行われる。

叩けば叩く分だけ、素材として柔軟性が生まれてくるが叩きすぎると木材として使えなくなる、本当に扱いが難しい木なのだ。

そんな木材でも、ネオからしたら手に馴染む程扱い慣れた愛おしい物となっていた。

「この柔らかさが絶妙なんよ。神気を馴染ませて、壊れない硬さもありつつやから、ほんまに素敵な贈り物。しかも、伸縮性が抜群。何処までも伸びるし、小さく硬くもなる。」

そう言うと一瞬で陽炎を手のひらサイズにするグレン。

「めっちゃ、便利やろ?」

トワにそっと陽炎を渡すグレン。

「すごっ。」

ハキムの手下との戦いで実際見てはいたのだが、改めてじっくり観察するトワ。

手のひらにジリジリと紅蓮の気が溢れてひりつくのが伝わる。

トワの中に眠る日の気が、同調して熱くなるのを感じていた。

「陽炎を作る時に、クリスの親父から、他の鍛治も習ったからさ。以外と何でも作れちゃうってわけ。鍛治場さえあればね!」

ネオは自慢げに鼻をすする。

「最初会った時は、生意気なチビって思ってたけど。なんかイメージ変わった。」

セツナはデザートの最後の一口を食べてネオを見つめる。

「尻尾付きに褒められても嬉しくないがな。」

クルクルと喉が鳴るネオ。

こうして語り合う時間を一番愛おしく感じていたのは、シュティムだった。

2年前の咽び泣くネオを知っているからこそ、今こうして笑い合える空間に涙込み上げてきたのだ。

多分、家族の中で一番涙を流したのはネオ。

故クリス王の棺に刻印が刻まれるまで泣き明かしたのだ。

今でも克明に覚えている。

「こんなに、愛しているのに。どうして、親父には刻まれないの?こんなに、こんなに、愛しているのに。俺の全てをあげる、だから帰ってきて。」

姉シュティムと母ジュリムはそう泣くネオの背中を優しく撫でた。

母ジュリムは医者であり法術家として国営病院の名誉院長として今夜も当直している。

ネオの母は現場が大好きなのだ。

戦時中も軍病院に入り浸りの激務の毎日、そんな母親からネオは誰かを支える大切さを学んだ。

親父からは燃える様な情熱を、姉からは思いやる気持ち、兄貴からは飽くなき探究心。

個性的な家族に愛されて育ったネオは強いのだ。

コーネル一族の猫の王子。

猫の王子の昔話に夜はふける。

コリンに晩御飯を届ける事をすっかり忘れて。
















今週も皆様お疲れ様でした。週末ですね!学生時代は飲食店でバイトしていたので、今だに週末が来ると身構える時があります。休みと分かっていても、一番忙しくもあり楽しかった青春の日々に浸る。そんな、金曜日の夜。皆様に素敵な夜が来ますように。次回、もう夏だよ。この暑さをお送りします。更新日は来週の土曜日かも?では、おやすみなさい。

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