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真桜姫伝承  作者: 山狗
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愛しいひめ

こちらはプロローグへ行く前の、モノローグのようなお話です。

次回から主人公、舞台、登場人物ながど変わります。

人ならざるものに愛され、


自らも人ではなくなった姫が辿った、


本当の道筋とは――――?

少しずつ、確実に明かされていく、『真実』


必然的に、彼らを蝕む【運命】


あなたなら、どんな方法で



抗いますか?


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 桜が、はらはらと舞い落ちていく。はらはらはらはらと、この世に咲き誇っていたことを否定し、全て無へと返すように。


 今まで咲いていたことなどに意味はなくて、無駄であるのだと、そう言うように。

 それはまるで、自分の天命のようだと、男はそう思った。

 天に美しい月が昇った夜の桜の木の下で、長髪の男と少女が対峙していた。彼らの周囲は、むせ返るほどの鉄の臭気に満ちている。

 その臭気を発しているのは男の方で、彼は全身が血まみれだった。着物がところどころ切刻まれ、そこから血液が、吹き出るような勢いで滴っていた。ぽたり、ぽたりと、血の雫がいくつも飛散し、地にしみを作りだしている。

 今まで彼がどこを通って今の位置に立っているのか、血の道をたどればわかるほどだ。本当に全身のほとんどが血にまみれて、彼が立つ地べたには、小さな赤い水たまりができている。

 もう長くないことは、確かだった。

 この様子を、傍から見ている人々はどう思うだろう? 

 瀕死の状態であるにもかかわらず、口元から笑みがこぼれた。そこで、もう自分には、痛みと言う感覚がなくなっていることに気づいた。


「…馬鹿な真砂。私に敵うわけがないのに」


 そう無垢に悪気もなく飄々(ひょうひょう)と言い放った少女を、男『真砂』はにらみつけた。

 この齢14ほどの少女は、名を桜姫〈おうひめ〉と言った。栗色の長髪に、桃の着物をまとった、美しい少女。

 けれどその顔は、計り知れぬほどの歓喜と、恐ろしいほどの狂気に満ちていた。

 そんな少女に、真砂はゆっくりと言い放った。


「桜姫…っ、…貴様! それ以上、姫に、近づ、くな…!」


 肩が、異様なほど上下していた。息が苦しい。

 朦朧とし始める意識の中、真砂は空色の瞳で、桜姫を凝視した。

 真夜中だというのに、彼女の周囲だけが異様に明るい。白く、鈍く光っている。

 何かが憑いているのは、今の姫が姫本人でないのは、確かなようだった。

 

 ――――ふと、月を見上げた。

 半月にも、三日月にも似たそれが、真砂と桜姫の二人を、妖しく照らし出している。

 その月に照らされ、さらに美しく見える桜姫は、にやりと笑っていた。


「くすくす。真砂。あなたが、私に敵うわけないの。さっきも言ったはずよ」

「…姫。敵う、敵わ、ぬの問題…では、ない…と、私も、言ったばかり、です」


 何度言っても無駄なことは、真砂自身も分かっている。

 何しろ、目の前にいる桜姫は、もう彼女自身ではないのだから。あんな少女ひとり止めることもできず、言葉を紡ぐのでさえいっぱいいっぱいな自分に、とても腹がたった。

 ちらりと、自分の背後を見やった。

 所持していた一級品の刀が真っ二つに折れ、地面に突き刺さり、月光を跳ね返していた。そう。今の真砂に、身を守る武器は存在しないのだ。

 それでも、真砂は諦めようとはしない。少しでもあきらめたら、立っているのでさえ困難な自分の体は、勝手に気を失うに決まっている。すべては気の持ちようだ。


「姫。目を、覚まし、て、ください、私の声を、聞いて…ぐっ!?」


 口の端を、喉からこみあげてきたものが伝う。確認するまでもなく、血だ。

 すこし、しゃべりすぎたかもしれない。

 何度かせき込んでから、真砂はもう一度、月を見上げた。

 この命は今日ここで、尽きる。そして何事もなかったかのように、時が流れていくだろう。

 その時、この姫君は、幸せに暮らせるのだろうか。流れゆくときと同じように、何事もなかったかのように?

 真砂は、無意識に首を横に振っていた。自分の考えに対する最大限の否定だ。

 この憑いている者に、心を支配されたままなら、まだいい。だが、もし、もしも心を取り戻したら。きっとこの方は、今までのことを後悔する。そしてまた、再び、私を怨むだろう。

 真砂の心を、まだ幼いころの、優しい桜姫の姿が満たした。

 それと同時に、この姫君を守りたいう感情があふれ出てくる。

 それが、どんな形であろうとも。


「…姫君よ。私を、怨むな、ら、恨め。殺したい、なら、殺せ」

 私はそれに足ることを、してしまったのだから。

 そう言うと、真砂は、どこからともなく細身の刀を手にした。鋭く月光を跳ね返す刀身は、すこし、赤みを帯びているように見えた。

  突然のことに、桜姫も目を丸くする。


「桜姫…!」


 彼は、すべての迷いを捨て去ったようだった。泣いているのに、何の感情も表わさぬ、能面のような面持ちのまま、真砂は桜姫に斬りかかった。

 真砂の瞳は、夕陽にも炎にも紅蓮にも似つかぬ、赤い色をしている。







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