7 萌え声が耳元で聞ける世界線
ああ、どうしてこんなことになってしまったのだろう。
「謝りなさい!」
「な‥‥‥貴様」
「貴様?誰のことを言っているのかしら?」
私は、とある1人の男を見下ろしていた。
ここは、紳士・淑女の集まるお茶会会場。つまり、この場にいるのは、貴族たちというわけで‥‥‥
刺さる貴族たちの視線、視線、視線。それでも、私は言葉を止めない。
「下劣な貴方に、『貴様』なんて言われる筋合いはないわ。いいから、謝りなさい?」
はい。完全にやってしまいました。お父様、ごめんなさい(泣)
‥‥‥‥‥時は遡り、数日前。
「お茶会が、あるのよ」
「左様ですか。いってらっしゃいませ」
私の言葉に、アデルはにこやかに答える。しかし、すぐに別の仕事に目を向けてしまう。
一刀両断。取りつく島もない。
一応、直属の主人なのに完全に舐められている。こっちが、アデルの声に惚れているからといって‥‥だからといって、下手に出るつもりはないのよ。
私は、わざと顔を顰めて見せた。
「だから、ビリアン家主催のお茶会なの。私にも招待状が届いたから、家に潜り込んで弱みを握るには最適でしょう」
アデルがやって来てから暫く経つ。貴方を助ける、と豪語したものの、何も動けていないのが現状だ。乙女ゲーム上では、公爵家は結構後ろ暗いことをしていたみたいだし、それの証拠を押さえて脅したいところ。
だから、このお茶会は好機だと捉えるべき。
しかし、アデルは一瞬、考えるそぶりをして、首を横に振った。
「確かにそうですが、そう簡単に尻尾は見せないかと」
「それには、同意。でも、合法的に公爵家に入るなんて中々出来ないから。このチャンスを潰したくないの」
私は、アデルを真っ直ぐ見上げた。何より、公爵家主催なだけあって、多くの貴族たちが集まる。人脈も作れるし、何か有益な情報が出てくるかもしれない。
「よりどりみどりの声が集まるから、新たな萌え探しもしなきゃいけないし‥‥」
「どちらかと言うと、そっちが本音ですよね」
「‥‥‥」
肯定はしないが、否定もしない。アデルを助けたい気持ちは本音だし、このお茶会も好機だと捉えている。しかし、萌え声マーケットを逃すわけには、というのも正直な気持ちだ。
私が口を尖らせると、アデルはクスリと笑った。まったく貴方という人は、と。
「え‥‥‥?」
私の使っているテーブルに手をつき、耳元に顔を寄せる。
「貴方は、僕の声が一番なのでしょう?」
そして、そっと囁かれることば。思わず顔が赤くなると、勝ち誇った顔で微笑みを向けられるのだ。耳まで赤くなっていることに気づき、耳を押さえる。
「‥‥‥‥‥?!」
駄目だ。ダメだダメだダメだダメだ。ダメだ。
こっちが!貴方の声に惚れ込んでいるからと言って!下手に出るわけにはいかないのよ!!と何処かで自分が叫んでいるが、もう遅い。
推しの声が耳元で聞ける世界線とは。
声が尊くて、つらい。もう無理。ここで死んでも後悔ねーや。
しかし、ここでメシア様が現れた。
「アデル様。お嬢様に失礼ですよ。パーソナルスペースを守って下さい」
後ろから、アデルの腕を引っ張るのは、テラだ。その顔は阿修羅のようで、今にも手を捻ろうとしているようにさえ見える。
そんなテラにも臆せず、アデルはにこやかに胸に手を当てた。
「失礼致しました」
そして、私のそばから離れていった。
ああ‥ありがとうテラ。助かった。というか、私を助けてくれるその声が‥‥
「大好きだよ?!」
「お嬢様、帰って来てください。意味不明なので」
冷静に答えるその声も好きだ。ゲーム上ではテラに、CVはついていなかったが、まるで声優さんのような素晴らしい萌え声。
中々帰ってこない私に、テラはゴホンと咳払いをした。
「それで、お茶会の件でしたよね?」
「そうだったわね。ええと‥‥‥アデル。そのお茶会について来て欲しいの」
「‥‥‥何故です?」
「ビリアン家のことなら、貴方が1番詳しいでしょう?案内して欲しいの」
「つまり、貴方は、二重スパイのようなことをしろ、と?」
「‥‥‥」
否定はしない。しかし、二重スパイは危険が伴う。
ーーあ、そういえば某スパイアニメ見れなかったな‥‥
それをアデルにやらせるのは、流石に反人道的なのかも。
ーーハートフルスパイコメディ、アニメ始まる前に死んでしまうとは‥‥
でも、今のところこうするしか方法はないし。ああ‥‥
ーーああ、ティザーPVしか見れなかった‥‥‥‥
‥‥心の中のオタクが「スパイ」という単語に反応して煩い。
儘よと、私はアデルを見上げて、訴えかけた。
「だめ、かしら‥‥?」
これで断られてしまったら、諦めよう。そうしようと、心に決めて、アデルを見つめる。すると、アデルは勢いよくテラを振り返った。
「無自覚ですか?」
「無自覚ですね」
何故かテラとアデルは頷き合って、溜息をついた。テレパシー?以心伝心?私を仲間外れにして、ズルイ‥‥
しかし、アデルはすぐに私を振り返る。
「いいですよ。安直な考えだと思いますが、逆に隙をつける可能性もあるかもしれないですし」
「本当?危険とかはないかしら?」
「ありませんね。あったとしても躱せる自信がありますので」
「そう」
すごい自信だ。でも、そう言ってもらえるのはありがたい。私の野望のために、彼を危険に晒すのは、違うからね。
「では、ケイト様。その日に着るドレスを決めましょう」
「ええ。テラ、手伝ってもらえるかしら?」
「勿論です。アデル様にもご意見を頂きましょう」
「それ、いい考えね!」
こうして、私とアデルの公爵家行きが決まった。