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6 サザンジール侯爵の愉悦




カッカッカッとペンの走る音が響く。


「それで、”彼”の様子はどうなんだね?」


「今のところ大人しくされています」


彼、とは他でもないアデル・ボヘミアのことだ。


彼は元々公爵家の人間だった。ビリアン公爵家には黒い噂が絶えない。それ故に、公爵家に辟易としている使用人は多いと聞く。


我が侯爵家としても、対立関係にあり、怪しい動きをしている公爵家の情報は少しでも欲しいところ。

ということで、ダメ元でビリアン公爵家の執事であるアデル・ボヘミアという男に声をかけてみたのがきっかけだった。


結果、彼は釣れた。


しかし。まあ、そんな都合のいいことは起こらないわけで。推測の域ではなく、彼はスパイだ。確実にそう言える。

此方とて馬鹿ではない。それくらいは気付く。

アデルも、此方が気付いていることには気付いているだろう。私自身も気づいていることに気づかれていることに気付いているし、相手も気づいていることに気づかれていることに気づいていることに気づいているだろう。

此方も‥‥いや、うん。不毛な時間すぎた。

ちょっと疲れているのかも知れん。


しかし、何故彼を雇ったかというと、泳がすという目的然り、なんとかこちら側に引き込めないかという打算然りだ。しかし、何よりも‥‥

私はクスッと笑い、テラに話しかけた。


「ケイトはどうだ?何かアクションを起こしているか?」


そう。彼を与えて、我が愛娘・ケイトはどんな行動を取るのか、図るためだった。


ケイトは、良くも悪くも、素直に育った子だ。それ故に、我儘だと揶揄されることも少なくない。

しかし、つい1ヶ月ほど前、ケイトが階段から落ちたことにより、転機が訪れた。


彼女は、我儘令嬢から一転。真面目で、使用人を気遣い、礼儀正しい子になったのだ。

今まではサボりがちだった勉学にも精を出すようになり、成績はグングン伸びているという。家庭教師として雇っている者が泣いて喜んでいた。


しかし、一方で。ケイトは、時々珍妙なことを言うようになった。「もえ」だの「尊い」だの。突然、「お父様の声は、渋くてかっこいいですね」としみじみと言われた時は驚いた。あのケイトがそんなこと言うようになるなんて‥‥‥



いきなりどうした?って。



聞いてみると、テラも「テラってふんわりしているのに、凛とした声だよね。めっちゃ好み」と言われたらしい。益々訳が分からない。

まあ、このように訳の分からない一面もあるのだが、急に勉強に打ち込むようになったことを含めて、いい傾向も見える。

何より、落ち着いて、洞察力が鋭くなった。

今のケイトには見所がある。であるからこそ、アデルをケイトの専属執事につけさせたのだ。どのような反応をするかと確認をするために。


さて、ケイトは、アデルがスパイだと気付いたかな。


「ケイト様はー‥‥」


テラは、珍しく楽しげに口角をあげ、語り出した。そして大体の事情を聞いた。


結果、大爆笑だった。


「くっ‥‥ふー。あー、いやなんだ。ケイトは大人になったんだな?」


言いながら、紅茶を口元に運ぶ。笑いすぎて、喉が渇いた。が、すぐにそれを後悔した。


「ついでに仰いますと、『貴方の声なら抱ける自信がある』と彼に迫っていました」


「ぶっっっ」


思わぬ言葉に、紅茶を吹き出してしまう。大丈夫ですか、とテラはすぐに拭いてくれるが。


「あの子の性教育はどうなってるんだろうか‥‥」


「お言葉ですが、それが問題ではないかと」


「そうだよな‥‥」


私は遠い目をした。あの子がどんどんおかしな方向に成長している、と‥‥‥


「ちなみに、その時君はどうしてたんだ?まさか笑いを堪えられたのか?」


「明後日の方向を向いて、心の中で全力で鼻歌を歌ってましたね」


「それもそれで愉快だな」


私は肩を上げて、やれやれと首を横に振った。本当に、ケイトは変わった。いい方向に。

アデルの手綱は引いているとはいえ、ケイトが不用意なことをしないか不安だった面もあるのだが、杞憂だったようだ。


「それにしても、『声優』、と言ったかな。よく思いついたな」


「そうですね」


「これから、”アレ”の運用も整ってくる。そしたら、ケイトの言うものが現実味を帯びてくるだろう」


テラは、ちらりと壁にかけてある絵画を見上げて、そして穏やかな笑みを浮かべた。


「本当に、奥様に似てらっしゃいますね」


「女性の成長は早いと言うからね」


クスクスと笑い合う。本当に、彼女は妻に似てきている。私も壁にある絵画をー‥かつて家族を描いてもらった絵画を見上げた。そして、ここにはいない黒髪とケイトと同じ瞳を持つ彼女のことを考えた。


まったく、どうなるかわからないのが人生だが。

これから、実に楽しみである。




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