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5 推しの声なら抱ける自信がある②





部屋の扉からノックの音が響く。いつも変わらず、この部屋のドアはノック音がとても気持ちいい。


「入りなさい」


「失礼致します」


部屋に入ってきたのは、他でもないアデルである。紐のリボンに、灰色のペスト、後ろが大きく三角形を描くジャケットを羽織る、執事スタイルだ。相変わらずよく似合っている。

しかし、そんなことはどうでもいい。私は、これから彼と交渉をしようと考えているのだから。

しばらくなんと言おうか考えたが、ストレートに聞くことにした。


「ねえ、あなたはビリアン家の諜報員なのでしょう?」


アデルは、にこりと笑い、首を傾げた。


「ケイト様。言っている意味がよく‥‥」


私はツンと顎をひきあげた。そうそう。こういう仕草は今世の自分が役に立ってる。


「もっとはっきり言いましょうか?あなたはビリアン家の執事兼諜報員。今回の任務は、サザンジール家の情報を握ること。そして、王妃候補である私を潰すこと、でしょう?」


アデルは冷たくこちらを見た後、にこりと笑みを浮かべた。


「ケイト様。先程、仰っていたでしょう?『もう子供ではない』と。悪戯心で、使用人を貶めるような発言は控えて頂きたい」


「悪戯ではないわ。だって、私は貴方が病のお母様を盾に脅されていることを知っているもの」


「‥‥‥‥」


そこで初めて、彼は動きを止めた。まあ、かっこよく言ってるけど、ゲームのシナリオを知ってるだけなんだけどね。


「私なら、貴方を解放することが出来る」


「何を‥‥」


「もちろん、貴方の母もね」


「‥‥‥‥」


アデルは黙りこくる。余裕の笑みを見せているが、それでも先ほどよりも表情は硬い。


「貴方の母の治療はこちらで請け負うわ。貴方だって一生公爵家の犬のままなんて嫌でしょう?」


アデルは、顔を苦痛に歪めた。しかし、すぐに取り直し、少しだけ息を吐いて諦めたように言った。


「‥‥‥‥条件は?無償で助けてくださるなんて崇高な考えはしてらっしゃらないでしょう」


「そうね。貴方には、私が考えているとある事業に関わってもらいたいの」


彼は、クスリと笑いを溢した。可笑しくて仕方がないという風に。悪巧みをする子供のように。しかし、確実に毒を孕んで。


「その事業、とは?」


しかし、私はそれら全てをぶっ壊した。


「声優よ」


「そうですか‥‥って、え?‥‥せい‥ゆ?」


アデルは、私を二度見した。


「声優。舞台女優や俳優さんがいらっしゃるでしょう?彼らは全身で役を演じるけど、声優は、声だけで役を演じるの」


「はあ‥‥」


生返事のアデルは、不可思議で不可解なものに出会ってしまったような顔をしている。当たり前だが、意味が分からないようだ。


「私はこれから声優という職業を作っていきたい。そのために、貴方の力が必要なの」


そう、声優。私はこの世界に転生し、前世を思い出してからずっと考えていた。

供給が足りねえ‥‥と。


声優がなければ、他の‥‥それこそ俳優さんとかを好きになればいい。とは、なれないんだよね。

パンがなければ、麦を育てればいい。声優がいなければ、声優を育成すればいい。という理論で、私は声優を作っちゃおうと思った。勿論、声優第一号には、中村さんことアデルになって欲しいのだ。

意味が分からなくてもいい。取り敢えず、言質が欲しい。だからこそ、彼のこの状況は利用させてもらう。


私は彼に手を伸ばした。


「ねえ、どうかしら?」


「色々と言いたいことが満載なのですが」


「いいわよ。全部言って頂戴」


「すべては、日が暮れます」


私の温情も、バッサリと切り捨てられた。しかし、彼自身、今回は全く余裕がないようだった。


「そうですね‥‥‥何故、僕なんですか?そもそも、僕の声に、価値あります?」


「は?」


思わずドスい声が出た気がする。


「いえ、そんな事業聞いたことがありません。声に食いつく人がいるなんて‥‥その、お金にはならないかと」


は?は?は???


「このような事業やっても、何も得られな‥‥」


「価値も何も!言葉が紡ぐ音は、声は、100万円の価値があるっつーの!」


なるほど。収益が得られない。所詮貴族の道楽だと言いたいわけね。おっけ。


「貴方の声は天下一品よ!私は沢山の人の声を聞いてきたわ!でも、その中でも1番好きだって思えるのは、貴方の声だけよ!」


「そこまでは‥‥」


「あなたの声に萌え苦しむであろう人々が何人もいるに違いないわ」


「もえ‥‥くる‥‥?」


アデルは初めて聞く言葉に頭を捻らせる。私はそれに気づかずに、話し続ける。私の推しを侮辱することは、推しですら許さねえ‥‥と。必死だった。


「僕の声は、そこまでいいものではありませんよ」


「いいえ!だって私、貴方の声なら抱ける自信あるもの!!!」


「は?」


「え?」


ドンっと、気付いた時には、アデルを壁ドンしていた。私が、アデルに、壁ドンしていたのだ。彼の顔が吐息のかかりそうなくらい近い。やばい吐息だけで、中村さんみを感じて、吐血しそう‥‥‥じゃなくて!!!


「ご、ごめんなさい!」


私は勢いよく彼から離れた。やばいやばい。過剰摂取。

いや何よりも、こんなことして、こんなこと本人に言うなんてセクハラじゃん!


「本当にごめんなさい‥‥」


「いえ、あの、大丈夫です」


うわあ、ガチで困ってるよ。この声もいいとか感じちゃう私を誰か殺してくれ!!

アデルは気まずそうに咳払いをして、言葉を発した。


「いえ。わかりました。もしも、本当に、それが可能なのでしたら、要求を飲みましょう。しかし、それまでは貴方に従うことは絶対にないので」


「分かったわ」


アデルは、結果的に私の提案を受け入れてくれた。

しかし、それは信頼関係から成り立っているものでは決してない。


不信感と猜疑心でいっぱいのただの取引だ。


それでも、私は声優という職業をつくりたい。まずは、アデルを声優に引き入れるところから始めよう。




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