4 推しの声なら抱ける自信がある①
アデルが我が侯爵家に仕えるようになって、既に1週間が経とうとしていた。
ちなみに、前世を思い出してから、すでに1ヶ月経っている。私の中で前世と今世の折り合いもついていて、どちらかと言えば前世のオタクが強い思考回路になっていた。もっと細かくいうと、前世:今世=7:3くらいの割合かもしれない。
「転生もの」は、前世でも結構あったけど、前世の人格にまるっと飲み込まれちゃう人もいれば、逆に前世はあくまで知識だけで、人格は今世のままの人もいた。こういうのって、それぞれなんだよね。
まあ、それはいいとして。アデルについてだ。
やはり彼の仕事は、主に雑用。そして、私の世話。
買い出しに行ったりもしている。
しかし、こんな仕事は侍女のものだ。男尊女卑社会の中では、男性がやるものではない。それをわざわざやらせているとは、なんぞ。
プライドが傷ついているかな、とも思ったが、全くそんなことはなかった。寧ろ逆だった。
「僕は兄や姉がいたので、こういった雑用は慣れているんです。それよりも、これで、皆様のお役に立てているかが不安で‥‥」
そんなことを言って、他の侍女たちを萌え上がらせていた。うーん。仕事も出来て、人格もいい。何より声が最高だ。
また、護衛も兼ねている執事ということで、最初は正式な騎士の不満を買っていた。そりゃそうだ急にイケボな若造がお嬢様の護衛って舐めてんのかって思うよね。
けど、すぐにアデルは、護衛騎士長の元に行って、剣を差し出したのだ。
「ご教授よろしくお願い致します」
と。
売られた喧嘩は買うしかない、と護衛騎士長は勇んで決闘を申し入れた。二人の闘いは白熱。一進一退の攻防を続けたが、最終的にアデルの負けとなった。しかし、騎士長はここまで互角の闘いを出来る奴は中々いないとして、彼の力を認めたのだ。
「まだまだです。騎士長、またご教授お願いしてもよろしいでしょうか?」
そんなことを言われれば、嬉しくない人はいない。すっかり気に入られてしまい、騎士長を味方につけた。更に、年下の子に指導を申し込まれていて、稽古もつけてあげているらしい。
強くて、性格もいい。何より、声がいい。
という感じで、殆どの人が、アデルの人格に骨抜きにされていた。
仕事も忙しいのに、全くボロを見せない。しかし、いつかは諜報員としての顔を見せるだろうと、私はなるべくアデルの尾行をしていた。
べ、別に。アデルの声が聞きたいとかじゃないんだからねっ
今日も今日とて、物陰から仕事をするアデルを覗いて‥‥尾行していたのだが、ある時姿を見失ってしまった。あれ、と思い、慌てて角を曲がると‥‥
「おっと、我がリトルプリンセスは、何をしているのかな?」
「お、お父様‥‥!」
そこには、父の姿があった。眉を下げて、嬉しそうに私を見ている。しかし、私は頬を膨らませた。
「お父様!私はもう”リトル”なんて呼ばれる年ではありませんわ!」
「そうだったね。マイレディ」
「もう!」
お父様は、私の様子にクスクスと笑う。まったく。お父様は‥‥‥なんで、こんなに色気のある声を惜しげもなく振りまいているのかしら‥‥!!
ケイトの父は、乙女ゲームの登場人物ではないため、もちろんCVはいない。しかし、それを感じさせないくらいの萌え声。イケオジ声。なんで、16年間生きてきて、それに気づかなかったのだろうというくらいだ。
つまり、耳福‥‥‥‥!!
「ところで、急いでいるようだが、どうしたんだい?」
父にそう言われて、アデルを追っていたことを思い出した。
「実は、アデルに用がありまして」
「アデルか。アデルなら、さっき人気のないところに向かって歩いて行ったけどね」
なんと。有力な情報だ。人気のないところに行くなんて、絶対に怪しいし。
「ありがとうございます、お父様!」
「気をつけるんだよ」
父は私にゆるやかに手を振ってくれる。私はそれを横目に見つつ、アデルが姿を消した方向へと走って向かった。
もしかしたら、ビリアン公爵家の人と接触を謀っているのかも。と、私は急いで角を曲がった。のだが。
「ケイト様。そこで何をされているのでしょうか?」
「‥‥」
その先で待ち構えていたのは、他でもないアデルであった。にこりと微笑むその顔は、私が追っていることを知っている、という顔だった。やってしまった感ある‥‥‥
「鬼ごっこでしょうか?ケイト様に付き合いたいのは山々なのですが、生憎仕事がありまして」
これは煽られているとしか考えられない。そんな言い方にも、私は眉一つ動かさずに、受け流した。
「そんな年齢ではないわ。ただ、何をしているのかなって」
「ああ、最近、私の尾行をされていましたよね。興味がおありで?」
ここぞとばかりに探りを入れたのだが、バッサリと切られてしまった。いや、まあ。バレてないことはないって思ったけどさ。
「それとも、確認したいことがおありなのでしょうか?」
「‥‥‥‥‥‥この後、少し時間を頂戴」
私がそう言うと、彼はあくまで従順に、しかしこちらを侮る声色を持ちながら「仰せのままに」と頷いた。