3 毒殺のお約束展開
さて、ここで。この乙女ゲームについて、世界観を復習しておこうか。
ゲーム名は、確か、「Noble✴︎Engage」。
この世界では、貴族が魔法を持ち、それの能力は色で判別されている。
色は七色。赤、青、緑、黒、白、金、銀。
赤は、炎など火を扱うもの、青は、水や空気みたいな感じで。
この能力は遺伝系で、子供は生まれたての時は一つか二つの能力を持っている。隔世遺伝もあるので、血液型のようなものだと考えていいだろう。ちなみに、私は青と緑の魔法だった。今では、青に固定されている。
赤、青、緑が数が一般的で、黒と白は珍しい。問題は、金と銀だ。
金は、太陽を昇らせ、銀は、雨の恵みを注ぐ魔法と言われている。そして、その魔法は、王族しか受け継ぐことの出来ないものだ。
世界観は大体こんな感じ。
それで、問題の乙女ゲームだが、ヒロインの名前は貧乏男爵家の一人娘だった女の子・レイラ(名前変更可能)。
が、両親が亡くなったことで、七色すべての魔法を持つ可能性が発覚することに。そして、公爵家に迎え入れられるというシンデレラストーリーだ。しかし、迎え入れられたビリアン公爵家は、当主の利権を巡り、親戚同士が血で血を洗う争いをする恐ろしい場所だったのだ。更に、王族しか持てない魔法を所有する少女ということで、利用価値もあり‥‥
と、愛憎渦巻く貴族社会の中で、真実の愛を見つけることはできるのか、という割とドロドロなゲームである。
第1章・第2章は共通ルートとなっており、3章以降は個別ルートに入り、攻略対象と更に仲を深めていくのだ。
個別ルートの舞台は主に3つ。
1つは、ビリアン公爵家。公爵家の利権を巡りながらも、候補の1人である従兄弟や執事と恋に落ちるシナリオだ。
1つは、王宮。ビリアン公爵家令嬢として、王宮の夜会やパーティーに通う中で、王子やその側近と恋をするのだ。
1つは、騎士団。己の魔法を見極めるために、通った先の騎士団で、団員や騎士団長と心を通わせていく。
その攻略対象の1人がアデル・ボヘミア。麗しい黒髪に、赤い瞳を持つ美執事。CVは、もちろん中村さん!
その!アデルが!私の目の前にいるのだ!!今!
「はじめまして。アデル・ボヘミアと申します」
「これから、ケイト専用の執事になってもらうから」
ニコニコと説明するのは、私の父だ。けれど、私には父の姿などもはや見えていなかった。
「ケイト様。これからよろしくお願い致します」
中村さんが、私を呼んでいる?!
私は動揺を悟られないように、お父様に話しかける。
「あの、お父様。何故、私つきの執事なのでしょうか?そこは当主に仕えるのでは?」
「この間のこともあるし、ケイトは未だ混乱しているみたいだからね。護衛も兼ねているんだ。わたしは心配なんだよ」
ああ、つまり私が階段から落ちたからか。ゲームのシナリオ書き換えちゃってるってわけね。
それにしても、お父様の過保護っぷりは少々異常だ。私が前世を思い出して、部屋で一人でいた時に「中村さんに会いたいなー」なんて呟いてしまった時があった。そしたら、すぐに「中村さんって誰だい?!」て勢いよく部屋にやって来たくらいだ。
黒◯危機一髪の海賊さんのように。ズバンと扉から飛び出してきたから。
お父様がケイト強火オタすぎる。
でもね、お父様。今回ばかりはナイスです。
私はアデルに美しいカーテシーを見せた。
「これから、よろしくお願い致します」
「はい」
ふあぁあぁぁぁぁぁぁぁぁああああ。声がいい。声がいい。声がいい!なんて言えばいいのかなこの表現しようのない甘い声を。穏やかで可愛い声なんだけど、男の子の声だなって感じる瞬間が確かにあって‥‥‥
「ところで、急にここに勤めることになり、前の職場は大丈夫なのでしょうか?」
「お気遣い感謝いたします。私の家は代々執事の家系ですが、私は三男なので、何をしてもいい、と言われておりますので」
一文字目の「お」は若干音が低くて、そのあと少し高音になる感じなのね。おっけ!尊いわ。
「そうだったのですね。それにしても、こんな突然に‥‥父が無理を言ったのでしょう?」
「いえいえ。サザンジール侯爵の元で働けて光栄です」
この!取り繕ってる感じの声。自らの底を見せないが、あくまで好青年に見せるようなこの絶妙な演技力!腹黒と中村さんの可愛い声のマリアージュ!やっぱ中村さんしか勝たん。
「あら、貴方が働くのは私の元でしょう?私の元はお嫌?」
「とんでもない。麗しの貴方様に仕えることが出来て幸せです」
「あら」
『とんでもない』の言い方が少し掠れてて素晴らしい件。きまった、今日の議題はこれしかない。
「それでも‥‥」
「うん。ケイト。そろそろやめようか」
はっ‥‥お父様がいることを忘れていた。中村さんの声を聞きたいが為にどんどん話しかけてしまった。いけない、いけない。
お父様が割って入ってきたことで、私たちの会話は途切れた。
その後は、アデルとお父様はいくつか会話を交わし始める。事務的なことなので、私は関係ないが、出て行けとも言われない。自然と会話は耳に入ってくる。
「依頼をした次の日にはこのように来てくれるなんて、すまないね」
「いえ」
「最初は雑用や、ケイトの世話が主な仕事になってしまうが‥‥」
「仰せのままに」
確かに、この執事採用の早さは異常だ。普通、侯爵家ともなると、機密もあるため、執事は代々仕える家系があって、その子孫を採用するのが通例だ。だけど、数年前に起こった流行病のせいでうちの執事の家系の子供たちが全員亡くなってしまったのよね。
それで、今、信頼できる筋から少しずつ雇っているんだけど。
それでも、いくら雑用からとはいえ、こんな簡単に雇えたりはしない。
少し、私の中で何かが引っ掛かった。
「しかし、ビリアン公爵家は大丈夫なのかね?その、君に圧力をかけたりとか‥‥」
「ええ‥‥少しばかりですが」
アデルの受け答えが急に鈍くなった。
ビリアン公爵家。その言葉を聞いてピンときた。このゲームのヒロインが養子として迎え入れられる由緒正しき家柄だ。アデルは、その家に代々仕える執事だったはず。
いくら、三男とはいえ、他の家に仕えるなど言語道断。情報を流されかねないしね。
なのに、こうもあっさりとこちらに来るのはおかしい。そもそもゲーム中で、アデルはビリアン公爵家で働いていて、貴族社会に疲れた彼がヒロインに癒されていったのだから。
絶対に何かがおかしい。
乙女ゲームのシナリオを思い出せ。
そうだ‥‥あれは、バッドエンドの終盤シーンのこと。
アデルはビリアン公爵から悪役令嬢であるケイトを殺せ、と命じられるのだ。ビリアン家は、毒の開発とかも豊富なので、証拠の残りにくい毒で殺せ、と。
アデルは、不治の病をもつ母を抱えており、その母を盾に長年脅され続けていた。
そのせいでケイトを毒殺。その後、自責の念に駆られたアデルは、自死を選ぶのだ。それを見つけたレイラは泣き崩れるのだ。
結果的に言うと、めっっっっっっっちゃ萌えた。
だからさ、アデルは脅されているのに、あっさりとうちに仕えることできるかな?
多分、もうお母様は病にかかっているよ。
「それでも、ここで働けることが光栄ですので」
その声は、偽りと憎しみと萌えに満ちていて、私が確信に至るには充分だった。
これさ、もしかしてだけど、諜報員じゃない?
それで、有益な情報を得てくるか、もしくは私を毒殺しろって命令されてそうじゃない?
‥‥余談だけど、実は私って、王太子妃候補の1人でもあるんだ。そういう理由もあって、ケイトはヒロインを虐めていたはずだ。そのせいで、どこのルートでも断罪を受けるんだよね。そしてビリアン公爵家編では、たとえハッピーエンドでも、私は毒殺をされている。
それはいいとして。王太子妃候補である私という存在は、ビリアン公爵家としても消しておきたいはず。あちらにも、王太子妃候補はいるので。
私は我儘令嬢で有名だし、他の貴族は殺されても大して気にしないだろう。
ここまで考えてはたと気づく。
何、それ‥‥‥‥‥
それって。それって‥‥‥‥‥
最高じゃん。
え?だって、推しに殺されるんだよ?推しに殺されるのは、萌え死にと同義じゃん。
それに、毒殺なら、多分毒が効いているか確認するよね?それで、死ぬ直前に話しかけてくるのがセオリーじゃん。
毒に苦しむ私に、慇懃な態度且つ、狂気を感じさせながら、話しかける?
それとも、主従関係が芽生えちゃって、苦しそうに掠れた声で、話しかける?
どっちにしろ萌えだ。
それに、このゲームのシナリオは、先程から私の頭をかすめている「とある提案」に役立ちそうだ。
前世は、推しの声を聞きながら死ぬということは、叶わなかった。少し思考がサイコパスじみている自覚はあるが、仕方がない。
どうせ、1度なくなった命だ。だったら、今世は自由に生きたいと思う。
よし。今世も、萌えのために、頑張るぞ!!