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2 供給がなければ、死にます





私がオタクを始めた時、アニメ界は所謂「転生もの」が空前絶後のブームを起こしていた。

異世界に行って、勇者になる、ハーレム築く、スローライフを送るetc‥‥


また、「悪役令嬢転生もの」も1つのジャンルとして確立されていて、私はちょうど初のアニメ化をリアルタイムで観ていた。

幼少期編・本編で声優さんを分けており、しかもどちらも豪華な配役。贅沢すぎて、素晴らしいの一言に尽きる。そのアニメでの私の推し声優さんは‥‥‥


と、ここから先は、死んでも、それこそ転生しても語りきる自信がないのでカットしよう。うん。


個人の見解としては、疲れ切った現代人は、きっと現実ではない異世界に癒しを求めていたんだと思う。かくいう私も、「転生もの」が大好きだったし、推しアニメもある。異世界に行けるなんて、夢見たいな設定だ。


だけどさ、それが自分に降りかかってくるとは思わないじゃん?




コンコン、と規則正しい音が扉を鳴らす。決して荒々しくはないのに、氷が打ち鳴らしたようなよく通る音。上品な響きだ。


「ケイト様。起きられる時間ですよ」


「ええ。起きてるわ」


「失礼致します」


慇懃な様子を崩さず、静々と部屋に入ってきたのは、私つきの侍女。テラだ。


「ケイトお嬢様。今朝は、頭に痛みなどは感じませんか?」


「ええ、もう1週間経つもの。大丈夫よ」


「左様でございますか。失礼致しました」


テラは、一歩引いて、頭を下げてくる。そこまでしなくてもいいのに、とは思うがそうはいかないようだ。テラの後ろで戦々恐々と私を見ている侍女たちの視線で、それはわかる。


あれから。私が「前世を思い出して」から、1週間が経っていた。


今世の私の名前はケイト・サザンジール。やんごとなき侯爵令嬢だ。

艶がかった金色の髪に、サファイアのように煌く瞳。腰はくびれているにも関わらず、その上があり得ないくらい飛び出していて、物凄い。何がすごいかって、この体型でまだ16歳なのがすごい。

前世では18歳まで生きたが、色気は圧倒的に今の方がある。ここまでくると、感心を通り越して虚しくなってくるレベルだ。


そんな私は、父である侯爵当主に、目に入れても痛くないくらい溺愛されている。欲しいものはなんでも買ってくれるし、忙しい合間を縫って、私と会う時間を割いてくる。先週、私が階段から落ちて怪我をした時なんて、発狂せんばかりの勢いだった。


前世を思い出したというが、勿論今世16年間の記憶もある。

前世を思い出す前の私は、我儘令嬢として立派に育っていた。

気に入らない侍女は、すぐにクビ。気分はコロコロ変わり、欲しい言葉がなければ全てを無に返す。


我儘放題。好き放題。


こんなところだろうか。自分を中心に世界が回っているとガチで勘違いしていた。今となっては黒歴史でしかない。


美しい容姿に、高い身分。そして、何よりも意地の悪い性格。



まるで、悪役令嬢みたいだな、と思う。


‥‥いや、「まるで」ではない。これは、確実に悪役令嬢だ。それも、私がプレイしていた乙女ゲームの。勿論、お約束展開の断罪イベントが待っている。

確か、絞首刑か毒殺かただ剣で切られるか、の3通りのパターンがあったと思う。そんな、悲劇的な運命を持つ令嬢に生まれ変わってしまったのだ。

それに、今まで我儘令嬢として生きてきたこともあって、周りの侍女も冷たいし、社交界では確か嫌われていたはず。


うーん。最悪みが強い。


しかし、ゲーム上に、ケイトが頭を打ったという描写や情報はなかったはずだ。これは、私が転生したことによって、起きてしまったことなのだろうか。


うんうんとひとりで唸っていると、テラが心配そうに声をかけてきた。


「お嬢様、大丈夫でしょうか?」


「え?何がかしら?」


「その、お辛そうにしているので」


違ってたらすみません、と謝るテラは、なんとも健気だ。テラは唯一、この16年間、愛想を尽かさずに仕えてくれた侍女だった。

ただの侍女としての義務かもしれない。それでも、その気遣いが素直に嬉しかった。


「‥‥‥」


そりゃあ、辛いよ、ツライ。貴族としての責任、嫌われ者‥‥‥こんなにツライ目に遭うのに、最期には断罪される可能性しかないなんて。だけど。だけど、何よりも‥‥‥‥



それを癒す声優さんがいないなんて、それが一番ツライ!!!



「あの、お嬢様‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥?」


なんで、この世界にはネットもテレビもないんだ!声が気軽に聴けないじゃないか。イケボ探索も出来ないしさ。

更にゲーム上、ケイトと、中村さんがCVのアデルはあまり関わりがない。中村さんの声が聴けないなんて、生きていける自信がないよ。




私は断罪される前に死ぬ自信がある!!!!!




と、言えるわけもないので。


「‥‥‥なんでもないの。ただ、毎日部屋の中で過ごすだけだから、外に出たいなと思って」


「かしこまりました。用意致しましょう。ただ、まだ本調子ではないでしょうから、少しに致しましょう」


「ええ。ありがとう」


テラは一瞬驚いた顔をした後、何事もなかったかのように私の仕度を始めてくれる。まあ、そりゃ。我儘令嬢だった時は、お礼なんて言ったことないしね。

また、私はお嬢様言葉にどうしても慣れない。1週間たった今でも、実は違和感を感じるのだ。

私の中では、前世と今世の私がス◯ブラ並の大乱闘を起こしている最中だ。今のところ、前世の自分が強いと思うが、それを嫌々と拒否する自分もいて‥‥‥‥ガリ勉真面目と我儘令嬢が分かり合える日は来るのだろうか。いや、こない。


そんなことを考えている間にもテラは素早く私の身なりを整えてくれる。ドレスほど格調高くはなく、寝巻きほど崩していない、丁度良いワンピースドレスを着せられる。紺色と白が基調にされた服で、服の真ん中でで編まれている山吹色の紐が可愛らしい。可愛い洋服は、それだけでテンションが上がるから不思議だ。


「それでは、行きましょうか」


「ええ」


外に出れば、彩どりの植物が目に入る。薄いピンク色の花々が私の目の前を舞う。季節はきっと、春だ。桜によく似た、しかし似て非なる花に、私は軽く触れた。その瞬間、その花弁は散っていく。


クルリクルリと舞う。


それは、春爛漫の美しい世界。


美しいけれど、私に優しくはない。こんな世界に、こんな状況で転生するなんて嬉しくない。私はいつまでも声優さんの声を愛でていたいのだ。


きっと、私は。


「私」を転生させた神様だか仏様だかを、一生恨むだろう。


「ふふっ」


一人で、花弁を追いかけながら微笑む私を、テラが惚けたような表情で見ていた。しかし、すぐにハッとした表情になって、叫んだ。


「お嬢様!止まって下さい!」


「え?」


テラに言われて振り返った時には、私は誰かにぶつかっていた。そのままの勢いで私は、尻餅をついてしまう。一体誰にぶつかったのだろう。謝らないと、と思い、その人物を見上げようとするのだが。その瞬間。


「‥‥‥‥‥‥っ」


その人の息遣いで、息が、止まりそうになった。


「大丈夫ですか?」


それは、穏やかな春の風のような、暖かい声。


「あの‥‥?」


大好きな、あの人の声。


「‥‥‥」


でも、あの人がいるはずがない。私と彼は、ゲームが始まっても、ましてやゲーム前なんて接点がなかったはずだ。


だけど‥‥


ゆっくりと、その声の主を見上げる。その先には予想通り、中村さんがCVを務める執事・アデル君の姿が。 


「すみません。僕の不注意です。大丈夫ですか?」


脳がショートする。なんて甘い声なんだ。


「だ、だ、だ、」


「だ?」


やばい。「だ」でさえイケメン。やばい。これはもう無理。


「大丈夫じゃないですうううううううううううううううううううううううう」


気付いたら、ブッ叫んでいた。アデル君も、テラも、ドン引き。あれ、何この既視感。まあ、いいっか。


神様?仏様?なんでもいい!!

推し声の供給、ありがとうございますっっっ(掌返し)



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