1 No Voice No Life!
声優さんは、私の生きる糧だった。
少しだけ私の話をさせてもらうと、私のお母さんは世間でいうところの「教育ママ」というやつで、割と厳しく育てられていた。
私自身、母の期待に応えようと必死に勉強していたし、成績もかなり良かったと思う。しかし、転機は高校入学で訪れた。
私の成績が下がってしまったのだ。順位は下から数えた方が早いくらいで、目も当てられない悲惨な状態だった。まあ、高校は学力レベルの同じ人が集まるから、こういうことは儘あることらしい。「高一ギャップ」とでも言えばいいのか。
まあね、最初は馬鹿みたいに怒鳴っていた母も、段々と私に興味を無くしていった訳で。
何時間勉強しても、成績上がらなくてさ。たったそれだけのことって思うかもしれないけど、親に見向きもされなくなるっていうのは結構キツくてさ。精神はズタボロ。
それで、そんな時に出会ったのが1人の声優さんだった。
クラスメイトの1人、同じグループに所属しているけど仲が特別いいわけでもない、という微妙な関係の子がある日、私にイヤホンを差し出してきた。
騙されたと思って一回聞いてみて、と。多分、生配信の放送だったと思う。正直興味はなかったが、相手を真っ向から否定するのは好きではない。とりあえず聞いてみることにしようと思った。
イヤホンを受け取り、耳に装着する。すると、聞こえてきたのは穏やかな笑い声だ。そして、
「君が、頑張っていることは知っているよ」
急に耳に飛び込んできた言葉。かっこいいのだけど、穏やかで、どこか優しい声。
そして、その言葉を照れるように、『ってね』と付け足すリアル感のある可愛さが、私の胸の真ん中に飛び込んできた。
つまり、まあ。撃ち抜かれてしまったのだ。
この人が、私の事情を知っているわけじゃない。意図して言ったわけではない。だけど、確実に、私はその言葉に丸っと包まれて、癒されてしまった。
そこからの記憶は曖昧だ。私は何故かギャン泣き。勧めてくれた友達はドン引き。
しかし、それ以降、私とその友達‥‥唯音はまごうことなきヲタ友となっていた。
聞いてみると、その声優の名前は「中村史斗」さんという人だった。優しい穏やかな声が特徴でありながら、オラオラ系ボイスもこなす名声優。私が声優界に興味を持つきっかけとなった。
ヲタ友、唯音と新規開拓に挑む日々。アニメもチェック。ラジオもチェック。その中で色々な声優さんにハマった。幅広いオタクだった唯音には、他にも沢山の娯楽を教わった。
それでも中村さんは、私の中で特別だった。
そして、時は過ぎ去り。私はいつの間にか受験生になっていた。
母は相変わらず冷たかったが、私自身勉強も諦めてはいなかった。もう、半分くらい癖みたいなものだ。
「◯◯ちゃーん。ふーみんの配信始まっちゃうよ?いいのー?」
「くっ‥‥いいっ!今はテスト1週間前だからっ中村さん断ちしてんの!!」
唯音と通話しながらも、それでもテスト勉強の手は止めていない。カリカリという音は、相手にも届いているだろうが、それも気兼ねしないほど、私たちは仲良くなっていた。
「◯◯ちゃんって本当Mだよね。それ、楽しい?」
「楽しいよっ中村さんを断食してしてしまくった先に、幸せがあるんだもん!」
「いや変態か」
うん。割と変態ではあったと思う。キモヲタとはこういうことを言うのかと、自分で自分に納得しているし。うっ‥‥推しが尊くて辛い。
「そーいえば。ふーみん、乙女ゲームに出演するらしいよ」
「マ?」
「マジマジ。今、呟いてる。配信でそれについて語るって」
「これは爆速で聞くしかないじゃんっっ」
「はい折れたー」
と、こんな感じで中村さんの声を楽しむ日々。
もちろん、中村さんのCVを務める乙女ゲームもしっかり手に入れた。
中村さんの演じる役は、執事のアデル君。メイン攻略対象で、一番最初に攻略した。その後は、ゆるく他の声優さんを楽しみつつ乙女ゲームをプレイし続けた。勿論、受験勉強があるため、時間制限は決めてだが。
怒涛の毎日が、穏やかに平和に過ぎていた。
しかし、ある時。
それが親にバレてしまった。まあ、それで母親と大喧嘩になったのよ。「勉強しないで何やってのよ」って、言われたらさ。こっちは中村さんを我慢して勉強してんのにってブチ切れちゃって。
そんで、家を飛び出した。何故か乙女ゲームを抱えて。反省点がありすぎる。ヤバすぎる。
まあ、受験期って精神がハイになること多いからね。急に一人で泣き出したり、気づいたら片っ端から昔のアニメの情報をウィ◯ペディア調べてたりね!え、しない‥‥‥‥?
うん。まあ、その延長上だったと思う。今までの不満が大爆発した私は、走って走って走りまくった。
でも、体力ないからさ。
すぐによろけてしまったのよ。それで、運が悪いことにちょうどスピード全開のトラックが走っててさ。私は、轢かれてしまったのだ。
最悪。
最悪だ。
お母さんと喧嘩別れなんて、絶対引きずっちゃうじゃん。なんだかんだで、他に頼る人がいないお母さんは、私がいないとダメなところあるから‥‥
唯音も、受験前なのに。動揺させちゃう。本当にごめん‥‥
でも、ごめん。なによりも‥‥
何よりも、心残りだと感じてしまうのは、もう一度だけでいいから中村さんの声を聞きたかったと思ってしまうのだ。
あの優しい声に包まれたい。癒してほしい。そしたら、生き返れる気がする。
いや、天使ボイスすぎて逆に天に召されるか‥‥‥
あはは。ふざけている場合じゃないのにな。意識が遠のいてきたよ‥‥
最期に、目に飛び込んできたのは、謎に持ってきてしまった乙女ゲームの画面だった。中村さんの演じるアデル君が目に入る。見た目はかっこいいが、それで癒されることはない。私は声にしか興味ないっていうのにさ‥‥‥
その記憶を最期に、そのまま、私の視界はブラックアウトしたのだった。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
‥‥‥頭を、うった。確か、階段から落ちて。いや、違う。トラックに轢かれて、か。
随分、眠っていたようだ。目を開けた時には、白髪混じりの男の人と、若い女の人が、私の目の前にいた。
「ケイト!大丈夫か?!」
男の人の方が、そう声をかける。
‥‥ケイト?私、そんな名前だったっけ?
「お嬢様!大変申し訳ございません!私がついていながら!」
次に言葉をかけてきた女の人は、泣きそうな声だ。
お嬢様??なんじゃそりゃ。おかしくない??
「えっと‥‥私は、私‥‥‥」
何か言わなきゃ。そう思い、口を開くが、うまく言葉にならない。
ふと、前を見ると、そこには鏡があった。そこに映るのは、確かに私自身。しかし、金髪で、瞳が青く、日本人それではない。
『これは、私。けれど、私じゃない』
そう思ったその瞬間、「ケイト」としての記憶が押し寄せてきた。記憶の海に溺れて溺れて、また再び、私は倒れてしまった。
「お嬢様!!!」
「ケイトおおおおおおおおおおお」
女の人と男の人の声が聞こえるが、私は既に2つの記憶に挟まれてぐちゃぐちゃになっていた。
そして、その隅で、「もしかして」と冷静に考える私がいる。
これって‥‥‥‥
これって、もしかして。転生っていうやつですか?
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