艦首砲(かんしゅほう)
砲煙が、敵船の向こう側に流れ去る。帆が千切れて用をなさなくなっていた。帆柱も途中で折れている。安宅丸は一瞥して航行能力が無くなったと判断した。
「次、いくぞ、亀、発射用意」
後続の敵船は、先行の船が一瞬で帆を失ったのを見て、風下側に逃げようとしていた。
「取舵十五」安宅丸が指示する。逃げる敵船の船尾にかぶせるように操艦した。
左舷が敵船の艦尾にぶつかり、木が削られる音がする。
「亀、発射」
敵船の斜め後方から射撃を浴びせた。敵船の帆が穴だらけになる。敵の舵機にも損傷を与えたようだった。
二隻目も航行不能である。安宅丸が前を見る。左前方に残った二隻の敵船が讃岐の海岸に向かって南下している。左後方には、南西方向に進む能島丸が見えた。両者の針路が交差するところの見当をつける。
讃岐の海岸に近すぎる。敵船はどこかで左旋回するだろう。
「取舵、いっぱい」安宅丸は南南西の針路を取って敵船に接近していった。
塩飽の二隻が、能島丸の頭を抑えようとして、まっすぐ南下していく。
天龍と交戦した二隻が停止したのを見た村上義顕は、針路を西に戻すことにした。敵船が能島丸の変針に対応して、その針路を東に向ける。
能島丸の右舷側、帆が破れ、帆柱が折れた塩飽船が通り過ぎる。さらに、同じように帆が破れ、船尾の舵機が破壊された船が過ぎる。船上では、水夫達が慌てて修理しようとしている。
義顕が前方を見ると、天龍が能島丸の針路の先を、右から左に横切ろうとしていた。
塩飽船の船長は、左前方から急速に近づいてくる天龍を見ていた。あの船を攻撃しようとした二隻に何が起こったのだろう。あの船と味方の間に白い煙が立ったのが見えた。その後に、なにかが爆発するような音がした。白煙が去ったあとには、帆を失った船が遠目に見えた。
ここから見ても、一瞬のうちに無力化されたことは分かった。続く船も同様だった。
迫り来る船の舳先で、小さな白い煙が上がる。なんだろう。続いて両者の間の海に水柱が立つ。
「あんな距離を飛んでくるのか。面舵だ、風下側に逃げるぞ」船長が叫んだ。針路が南東に変わる。
変針しても、相手の船はまっすぐこちらに向かってくる。こちらの頭を押さえるつもりなのだろう、そう思った。
また、白い煙があがる。右舷前方に水柱があがり、彼のいるところまで、飛沫が飛んできた。敵の射程に入った。
さらに、南に変針する。
安宅丸が帆柱先端の風見旗を見る。風はまだ北風だった。もう十分南に追いやっただろう。塩飽の船は北の風が続く限り、今の位置より北側に移動することはできない。能島丸は天龍の後ろ、北にいる。
「艦首砲、撃ちかた、止め。右、下手回し、用意」安宅丸が能島丸と合流するために、右旋回を指示した。
天龍と能島丸が合流して西南西に向かう。高見島と粟島の間を抜け、荘内半島を過ぎて、備後灘に出る。ここまで来れば、塩飽水軍の勢力範囲外であった。
天龍が能島丸と別れる。能島丸は、今日の夕方までには根拠地に着くだろう。天龍は付近の無人島の風下側で錨を降ろし、夜を過ごすことにした。




