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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順
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鶴、発射

 片田、安宅丸あたかまる、村上義顕よしあきの三人は、牛窓うしまどにいた。

 安宅丸の天龍てんりゅう、義顕の能島丸のしままるの二隻は、東南東の強い風雨を避けるため、昨日この港に入っていた。

 今日は雨が上がっていたが、西風だった。

「安宅丸、どう思う」義顕が尋ねる。義顕は安宅丸の航海術の師匠だった。

「明日は、風が北に回ると思います、あまり風は強くないですね」

「そうだろうな、今夜、船員どもは船内で過ごさせよう」義顕も同意する。

 片田達は知らなかったが、閉塞前線を伴った低気圧が日本海を東に移動していた。昨夜の雨は前線によるものだった。


 翌朝、安宅丸の予想どおり、北風が吹いていた。二隻の船が牛窓を出て、南西に向かった。

 出航にあたり、片田は帆印ほじるしのある帆を降ろし、帆印セール・マークの無いものを代わりに付けさせた。帆印は、船の所属を表すもので片田の船は、丸に『片』の字が描かれている。

 この時代、帆はむしろであった。片田の船だけが麻布あさぬのを使っている。帆印を外したところで、瀬戸内海の船乗りであれば、麻帆の船が片田の船であることは明らかだった。

 それでも、これから起きるであろうことを考えると、帆印は外しておいた方がよいだろうと思った。

 義顕の能島丸の帆印は、村上氏を表す丸に『上』の字である。


 豊島てしま小豆島しょうどしまの間を抜け、瀬戸内の主航路に出る。昼頃に与島よしまを右に見て通過し、塩飽しあく水軍の領域に入った。

 左手は、讃岐さぬきの海岸が見渡す限り続いている。北風なので、讃岐側に近づきすぎると、運動の自由が無くなってしまう。二隻の船は、航路の右側、塩飽諸島に近いところを航行している。

 正面に小さな島と、その北に大きな島が見える。小さな島が牛島うしじま、大きな島が本島ほんしま、塩飽水軍の本拠地である。

「山頂に狼煙のろし前帆柱フォア・マスト三番帆柱ゲルン・マスト上に置かれた三角足場クロスツリーに立つ見張りが叫んだ。

 牛島の山頂から白い煙が登っているのが、甲板上にいる片田達からも見えた。



 安宅丸が、後帆柱ミズン・マスト旗旒きりゅう信号を上げさせる。これは能島丸の義顕向けの信号だ。あらかじめ打ち合わせて置いた意味は、『南西方向に進め』という意味だった。

 能島丸の前帆柱フォア・マストに『了解』の旗が上がる。

 旗旒信号による命令は、旗を上げた時ではなく、旗を降ろすときに発せられることになっている。従って、能島丸はそのまま西南西に向かっている。上げてしまった命令を取り消すためには、さらに取消しの旗を上げたうえで、両者を下げる。


 牛島の背後から、長さ二十メートル程の軽快そうな船が現れる。

 一つ、二つ、ややあって、三つ、四つ。四隻出てきた。二隻は新造船なのだろう。木の色が新しい。

「四隻ですね。やる気でしょう」

「そのようだな」

  帆別銭ほべちせん(通行税)を徴収するだけであれば、一、二隻で十分だろう。

 安宅丸が、旗旒信号を降ろす。能島丸が、風下に向かって旋回して天龍から離れていく。

「総横帆展帆てんぱん」安宅丸が号令する。バサッという音がして横帆が開かれる。能島丸に合わせて減速する必要がなくなった。船体がぐいっと前のめりになり、加速するのがわかる。


「風上側から攻撃しようと思うのですが」安宅丸が片田に尋ねる。

「ああ、それがいいだろう」片田が答える。

 片田が乗船している場合は、片田が司令官である。しかし、船のことに関しては安宅丸の方が長じている。そこで形式を合わせるために、安宅丸が尋ねた。


 新造の二隻がこちらに向かってくる。残りの二隻は、そのまま直進して南に向かう。この二隻は能島丸を捕捉しようとしているのだろう。

 接近とともに、船の姿が大きくなってくる。

 船の前方の舳先へさきが三角にとがっている。舷側に無数の木製の盾が立っているので、背が高いように見える。船の上に屋形が組まれており、その屋根の部分には、帆柱が一本立っている。四角い筵製の帆柱が北風を受けていた。

 両側の舷側から、片側十本、あわせて二十本程のが後方に伸びていて、左右に動いている。

 帆と櫓の両方の推進力で、帆船より高速を出し、相手船を補足することができる。

 西洋のガレー船のような前後に動くかいではない。

 さらに近づいてきて、詳細な部分が見えてくる。後世の関船せきぶねの原型なのだろう。長さ二十メートル、幅三メートル程の大きさだった。舷側の盾は、後世のもの程高くない。まだ鉄砲が無く、弓矢で攻撃しなければならないからだ。


「左砲戦用意。小石弾。五門ずつ二回斉射する。鶴班は奇数番。亀班は偶数番。交差距離は十けん(約十八メートル)、狙いは相手船の帆だ」安宅丸が甲板の開口部に立つ士官に向かって叫ぶ。士官は開口部に首を突っ込み、砲甲板にいる士官に伝言する。

 左舷から、砲口を塞ぐ蓋が開く音がする。

「左砲戦用意よし」砲甲板から報告がくる。


 敵船上に弓を持つ者がいる。とびという、草刈鎌くさかりがまの柄を長くした道具をもった者たちも見える。鳶は、先頭の鎌で相手の船の舷側を捕らえ、接弦させて白兵戦に持ち込む道具だ。柄の尻の部分には太い綱が結ばれており、甲板に繋がっている。

 敵船は、真東に針路を取っている。和船の逆走性能の一杯である。天龍は同様に北風を受けて、反対の西に向かっている。敵船はすれちがいざまに鳶で接弦しようと考えているのだろう。

彼我は海上の一点で衝突するかのように東西から接近する。



面舵おもーかじ五」安宅丸が叫ぶ。艦尾に立つ片田は、船がわずかに左に傾き、艦首がわずかに右に動くのを感じる。敵船もそれにあわせようとして、風上に舳先をむけるように舵をきるが、横滑りを始め、流される。

 それを見た安宅丸が舵を戻させた。

「発射用意」

「発射用意よし」


 縦列になった敵船二隻が急速に大きくなり、先頭の船が天龍の左舷側三間(約五メートル)のところを通り過ぎようとする。安宅丸の操船は絶妙だった。

 敵船から火矢ひやが飛んでくる。

 矢のひとつが当たったのか、前帆桁フォア・マストから、観測員が一人、甲板に転落した。


「鶴、発射」安宅丸が叫ぶ。

 大きな砲声とともに、左舷に白煙が満ち、敵船が見えなくなる。


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