祇園祭(ぎおんまつり)
「どれも、すごいわねぇ。山鉾、いくつ来るのかしら」『あや』が弟達に言う。
彼らは、店から室町通りを南に下がり、室町通りと御池通りの交差点で山鉾巡行を見物していた。
祇園祭は、この時代には、すでに現在に近いものになっていたらしい。鉾は、一人で担ぐような小さいものではなく、車輪が付けられ、台の上で稚児が踊るような大型のものになっていた。一条兼良によると、この頃には五十八基もの鉾が出ていたという。
山鉾の間には、風流、曲舞なども行われる。
祇園祭の山鉾巡行とは、なんだろうか。山鉾巡行は間に七日を置いて、前祭、後祭と二回行われる。巡行は四条烏丸から始まり、東の八坂神社に向かって進む。河原町通りまで行き、北に上がり、御池通りで、左折して西に向かう。終点は新町御池である。山鉾の動きは、はじめ八坂神社に向かい、その鼻先で左に折れて戻る、左に口を開けたU字型のような動きである。
そして、その夜、山鉾巡行に答えるように、八坂神社の神輿が神社から出る。
この神輿担ぎは、荒ぶる魂を表すかのごとく猛々(たけだけ)しい。
神輿は氏子の町々を回り、四条河原町付近の御旅所に遷座する。神輿の渡御を『おいで』とも言う。
つまり山鉾の動きは神の魂が出てくるのを促す『デテオイデ』である。
前祭から七日程後、神輿が神社に還るときにおこなわれるのが、後祭である。山鉾の順路は、前祭と同じだ。後祭の山鉾巡行が行われる日の夜、神輿が八坂神社に還る。この神輿の還御を『おかえり』とも言う。
山鉾の動きは『キヲツケテ、オカエリ』である。
『あや』の目の前を、山崎の離宮八幡の山鉾が過ぎていく、次いできた山鉾の前では鷺に扮した二人の男が舞っている。造り物の鷺の首を頭に付け、両腕からは白い薄物で作った翼が下がっている。大舎人町の鵲鉾である。大舎人町とは西陣織の源流となった織物工房の町である。
京都で店を開いて二か月、『あや』の店は順調だった。『ふう』が考案した鏡台は製造が間に合わない程売れている。表面に黒漆、赤漆を塗った鏡台は五百文(約三万五千円)で売れた。さらに鏡の四隅に花柄を入れた、『いと』の絵鏡を付けた鏡台は、八百文(約五万六千円)にしたが、これも飛ぶように売れた。
店には、眼鏡に付ける鮎や瓢なども置いた。これらも売れる。
あやの店の裏手の店は片田商店になっていた。
「なんか、商人というより、七郎さんのところに居そうな人たちね」『あや』は思った。
片田商店に十名程来た男たちは、いずれも屈強そうな男達だった。『あや』はそちらの方には、男性向けの落ち着いた鮎や瓢を分けて置くことにした。
山鉾巡行を見物している『あや』達からすこし離れたところに唐風の豪華な牛車が停まっていた。周囲に警護の兵が立っている。
牛車の乗客は物見という窓を開けて山鉾を見物していた。前後の簾は降ろされている。
中には足利義政と義尋という義政の弟の僧侶がいた。
「のう、十郎、将軍になる件、考えてくれたか」
「それについては、再三お断り申し上げております。御台所様と実家の日野の家も、そのようなことを許さないでしょう」
「そうではない。わしは富子と話した。十郎、お前が還俗して将軍になるならば、富子の妹をつかわそう。これは富子の提案じゃ」
「御台所さまが、そのようなことを。もったいないことでございます」
義尋の心が動いた。日野富子も、その実家も賛成で、富子の妹を義尋に嫁がせるというのだ。それならば、将軍職についても安泰であるかもしれない。
彼の住む浄土寺は、当時大きな寺であった。彼はその門跡である。しかし、将軍と浄土寺門跡では、自由になる金も権力もけた違いだ。しかも室町将軍であれば、歴史に名を残すことにもなるであろう。
あと差しさわりがあるとすれば。
「もし、御台所様に男子がお生まれになったら、そのときはどうなさいますか。畠山のようなお家騒動になるのは、ごめんです」
「生まれたとしても、年齢が違い過ぎる。生まれた男子が将軍になるにしても十年以上先のことであろう。それに、そのために、これを持ってきたのじゃ」そういって義政が誓書を取り出す。義尋がそれを開き、物見窓に寄せて読んでみる。そこにはこう書かれていた。
「今より後に嫡子出来らば、襁褓の中より法体になす、家督のこと改易あるべからず、なほ持って偽はりなきところは、大小の冥道神祇の照覧にまかす」
要するにもし御台所に男子が出来たとしてもオムツも取れないうちに寺に入れて僧にする。今回家督を義尋に譲るという約束は神に誓って違えない、ということである。
義尋は決意した。
「そこまでおっしゃるなら、そのお話、御請けいたします」
「そうか、決心してくれたか、よし、よし」
次の山鉾が来る。太鼓が、コン、コンと鳴る。それを追いかけて鉦という金属製の鐘がチン、チンとなる。やがて笛の音が重なる。
コンコンチキチン、コンチキチン。
「足が疲れたから、帰ろうか」あや達は牛車の脇を抜けて店に帰っていった。




