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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順
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日野富子

『あや』が京都みやこに来て、六日程たった。店として借りようとしている物件も大体定まった。三条あたりの食料品店などは賑わいが戻っていたが、一条から二条の間の大店おおだなは、まだ飢饉の被害から立ち直っておらず、空家が多かった。その中から三つ程の物件を選び、あとは価格交渉をして、一つ選ぶことにしていた。


 夜、寺で食事をいただいていると、まかないの女性が『あや』に問いかけた。

薪能たきぎのうを見に行かないのですか」

「おのう、やってるの」

「はい、今日が最後になります。せっかく京都みやこにいらしたのですから、見物していかれたらどうです。今夜は音阿弥おんあみが四世太夫と二人静ふたりしずかを舞うそうですよ」

「二人静、いいわね」あやが言う。

 『あや』は能を知っていた。彼女の育った『とび』の村には、猿楽さるがくの大和四座の一つがあり、子供の頃から見慣れていた。

「どこでやっているのですか」

「寺を出て、東に行くと、鴨川かもがわに出ます。そこから少し北にあがった賀茂川かもがわ高野川たかのがわが合わさる所の河原でやっていますよ」


 あやは二人の弟達と薪能の見物に行くことにした。教えてもらったとおりに鴨川の河原に出ると、左手の合流点に篝火かがりびが幾つもかれている。篝火の火に映えて、桟敷さじきが出来ているのが見える。すこし上っていくと、川向こうに舞台の側面が見えた。

「曾我兄弟をやっているわ」


 舞台は北面していた。正面桟敷さじきに足利将軍夫妻と思われる二人が舞台に正対しており、舞台を囲むように桟敷が幾つも置かれていた。舞台から伸びる橋掛はしがかりは、現代とは異なり舞台の奥に向かって伸びていた。橋掛かりの奥に鏡の間があり、その先が賀茂川と高野川の合流点である。二つの川が能舞台と桟敷を挟むような形になっている。舞台から見て、両川向こうの河原には多くの見物人がいる。

 有名な糺河原ただすのかわら勧進能である。


ち、討たれ、あさましいことだ。わしも恨みを買うようなことになる前に、そろそろ隠居しようと思うのじゃが、どうだろう」足利義政が、右隣にいる日野富子とみこに言う。富子は答えない。

 曾我兄弟が終わり、朝比奈あさいなという狂言が始まる。

 富子が舞台の周りに設けられた桟敷を見る。右の桟敷には細川の一族、左の桟敷は山名宗全や一色氏などが並んでいる。桟敷の座席一つとっても、この有様である。もう、十分恨みを買っているであろう、と富子は思った。それでも、畠山政長は、左の桟敷におるか。


 舞台では閻魔えんま大王が朝比奈三郎にさんざんな目にあわされる。観客がドッと笑う。

 富子が十六歳で義政のところに輿入れして、九年経つ。義政がどのような男であるか、だいたいかっていた。嫁いだころは政治に関心もあったようであるが、何をやってもうまくいかないので、最近は趣味にのめりこんでいるようだった。

 三十歳になったばかりなのに、もう隠居して好きなこと三昧ざんまいの生活をしようというのであろう。


 狂言が終わり、次の演目は二人静であった。

「これはみ吉野勝手かっての御前に仕へ申すものにてそうろう」ワキ役の男が言う。勝手とは吉野山中の小さな神社、勝手神社のことである。

 二人静とは、こんな話である。

 神職が正月七日の神事の準備をしている。神前に供える若菜をんでくるように命じられた女が菜摘川に行くと、ある里女に呼び止められ自分の供養をするように頼まれる。

 驚いた女が神社に帰り神職に報告する。報告しているうちに女が先ほどの里女にとりつかれ、狂いだす。神職が驚いて名を訪ねると源義経よしつねに仕えた静御前しずかごぜんだという。静ならば舞の名手であるはずだ、舞ってみせよと神職が言う。すると女は、私が昔この勝手神社におさめた舞装束まいしょうぞくがある、それを持ってこいという。

 探してみると装束と烏帽子えぼしがあった、それを女にさしだす。

 女は装束と烏帽子を身にまとい、舞いはじめる。すると、背後から静御前の霊があらわれ、そろいの舞をはじめる。

 若菜を摘みに行った女がツレ役であり、四世太夫が務める。静御前の霊は音阿弥がシテ役を務めている。

 この配役は、息子の又三郎、四世太夫が正式な自分の後継者である、と音阿弥が主張しているともいえる。

 二人が揃って足拍子を打ち、序ノ舞が始まる。

しづや賤。」

 二人の動きは寸分の狂いもなく一致している。

「賤や賤、賤の苧環おだまき、繰返し」扇を上げる。

「昔を今に、なすよしもがな」


 良子よしこいくつであったろうか、富子が考える。義政が誰を次の将軍として連れてくるかわからないが、良子をそれに嫁がせるか。良子とは、富子の同腹どうふくの妹である。


 二人静が終わった。

「隠居なさる、って次の公方くぼうをどなたにお譲りなされるのでしょう」富子が義政に問う。

「うん、わしの弟じゃ。義尋ぎじんじゃ。いま浄土じょうど寺で僧をしておる」

「おいくつですの」

「わしより四つ下なので、二十六じゃ」

 富子はホッとする。そんなに年がいっているのか。それならば、将来富子が男子を生んでも家督争いになるまい。中継ぎの将軍だといえるだろう。

「義尋様が還俗されましたら、私の妹の良子を嫁がせましょう。それならば隠居されても、盤石でありましょう」


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