鏡
翌朝、『ふう』と『いと』が、『あや』の家にやってくる。
「待っていたわ、入って」あやが招き入れる。
昨日のあれが、あやの部屋にあった。
「いろいろ試してみたけど、水面と同じようなものね、いつも私たちが映っているわけじゃないみたい。前に立った時だけ、映るようね」あやが説明する。
「例えば、『ふう』と『いと』、並んで立ってみて。二人とも映るでしょ。で、『ふう』、横に移動してみて。どう、『いと』、『ふう』が見える」あやが尋ねる。
「見えなくなった」いとが答える。
「でしょ、いつも見えているというわけではないのよ」
「そういうこと、なら安心だけど」いとが安堵した。
「で、これ、すごいと思うのよ。例えば紅を付けるとき便利だし」そういって『あや』が唇に紅をつけてみせる。
「そうね、自分で見ながらできるというのは、いいわね」いとが言う。
「そうでしょ。それに離れて立てば、着物がおかしくないか確かめることもできる」
「いと、鏡に背を向けてふりかえってみて」
「ほんとうだ、背中のほうも確かめられる」
「でしょ、鏡を欲しがらない女はいないわ」あやが断言する。
「そうでしょうね」いとは同意した。
「私でも、欲しい」ふうも言った。
「で、昨夜から考えていたんだけど、ただ鏡、以上、じゃありがたみがないのよ」あやが本領を発揮しはじめる。
「たとえば、前に金襴の布を掛けてやり、使いたいときだけ巻き上げる、とか。あと、補強のため木の枠を付けるのなら、今より枠の幅を広げて、そこに花鳥風月の彫刻をいれるとか」
「それ、すてきね」
「貴族様向けだったら、紫檀とか白檀とか、そういう高級木材をつかうのもいいわね」
「私も思いついたんだけど、言ってもいい」いとが言う。
「いいわよ、なに」
「これ、板ガラスに銀色のなにかを張り付けているのよね。どうやっているか知らないけど」
「そうでしょうね、きれいにはりつけたものね。感心するわ」
「で、銀色をはりつける前に、ガラスに岩絵具で絵を描いてみたらどうかしら、花とか小鳥とか」
「それ、いいじゃない」あやが叫ぶ。
「それ、絶対いいわよ、木枠の模様に合わせて、鏡の枠に近いところに小花を散らせば、花畑の中に自分が立っているように見えるはずよ」あやの頭の中には、すでにその完成品が見えているようだった。
「ふうもなにか思いつかない」あやが尋ねる。
「わたしは、花とかそういうのは思いつかないけど、そうだな」そういって『ふう』が紙に絵を描き始める。
「鏡はもっと縦長にして、上下が三尺(九十センチメートル)か、四尺(一.二メートル)くらいにする。そうすれば全身が映る」
「そうね」
「で、鏡の上下方向の中間点の木枠のところに自在軸を付ける。両側の自在軸に足を付けて、足の下は、二つの引き出しがある箱に付ける」
そういって、簡単な完成図を見せた。鏡台である。
「引き出しがあれば、化粧道具をしまっておけるわね」いとが言った。
「自在軸があれば、座って化粧するときと、立って着付けを確認するときで、鏡の角度を変えられるということね。これは売れるでしょうね。引き出しがあれば、まとまりもいいし」あやが感心する。
三人は、鏡が大当たりであることを確信した。さっそく石英丸のところに突撃することにした。
「絵を入れるのか」鍛冶丸があきれた。
「絵の上手な子がいるから、その子を連れて来るわよ。鍛冶丸が描かなくてもいいわ」あやが言う。
「いや、あまり大きな面積の絵だと、銀がはがれてしまうかもしれない」石英丸が心配する。
「だったら、細い線のような絵ならばいいでしょう」あやが食い下がる。
「それだったら大丈夫かもしれない」
結果的に細い線をいくつも描いた絵柄が彼らの絵鏡の特徴になる。
「しかし、鏡一つでどうしてこんなに興奮できるんだろう」鍛冶丸が言う。
「そりゃ、女じゃないとわからないんだろうな。俺たちは鏡ができたとき、裏側を見るのが便利だとか、そんな用途しか思いつかなかった」
「まさか自分の顔を見ることに使うとは」




