朝倉孝景
十一月、足利義政の母、日野重子の百ヶ日供養が行われた。このとき畠山義就と斯波義敏が赦免される。
赦免される、といっても家督を回復させてもらえるわけではなく、上洛許可も出ていないので、それぞれ吉野と周防に逼塞したままである。
この時期の義政の政治について、一貫性が無い、無定見である、といわれる。しかし、足利義教の恐怖独裁を経験した御家人たちにより、お飾り将軍として擁立された義政である。彼は自分の支配力を強めようとして、彼が持つ人事権を駆使し、四職三管領の弱体化を狙っている。
それぞれの家のお家騒動を利用し、自分に従う者に家督を与え、不服従の者から家督を奪う。奪うが、完全に排除するのではなく、お家騒動の火種は残しておく。そのようにして将軍権力を強めようとした。
「源三位が赦免されたぞ、いかがいたそう」斯波義廉が朝倉孝景に言う。源三位とは斯波義敏のことである。
現在義廉が持つ斯波家の家督の地位を義敏が脅かしかねない。
「最近の騒動をみていますと、家の中だけで解決することは、もはや困難だと思われます」孝景が言う。
「どういうことだ」
「一番わかりやすいのは、伊予の河野家です。この十数年で五回守護職が変わっています。将軍や管領の胸先三寸で、彼らに都合の良い者に守護職を与えています。言うことを聞かなくなれば、すぐに交代させてしまいます」
「たしかにな、伊予守(河野通春)が出たり入ったりしておる」
「本来は将軍が、守護職にふさわしい能力がある、と認めることが、将軍による守護職任命です。それを、自分に都合がよいか悪いかで任免するということであれば、これは人事権の濫用です」
「で、どうしたらいいのだ」
「一対一では、とうてい将軍家にかないませぬ。守護の側が結束する必要があるでしょう」
「結束する、誰とじゃ」義廉は、この時まだ数えで十九である。
「まずは、山名でしょうな。先に宗全殿の娘との婚姻の話をいただいておりましたが、あれを進めることにいたしましょう」
「そうか、それはよいだろう」
「あと、右衛門佐殿でしょうか」
「右衛門佐というと、畠山か。吉野の奥に潜んでいるという」
「はい、彼はいまでこそ不遇ですが、河内の人心を捉えております。いったん河内に戻れば、たちまちのうちに実力をとりもどすことでしょう」
「そんなものかのぅ。まあ、そちが言うのであれば、正しいのであろう」
「右衛門佐殿の方は、私が手配しておきます」
吉野の奥、天川村の神社。境内に三十人程の男たちが土俵を囲んでいる。
土俵では、二人の男が相撲をとっている。義就は土俵際に胡坐を掻いている。
一方の男が相手をいなし、相手の体を土にたたきつける。歓声があがる。
「よっしゃあ。次はどいつだ。もう挑戦するものはいないのか」彼は五連勝中だった。
誰も名乗り出てこなかった。
「そうか、そんならわしが相手してやろう」そういって義就が立ち上がった。
二人が互いの帯を取ろうとして、数回攻防を繰り返す。やがて組み合い、動きが止まる。
両者の顔が真っ赤になる。動きはないが、相当の力がぶつかり合っている。
ついに義就が、やっ、という叫びをあげて、相手を寄り切る。
再び大歓声があがる。
境内に一人の僧と思われる人物が入ってきた。義就の部下の一人が見とがめ、相手をただす。その部下が義就の方にやってきた。
「なに、朝倉の使者だと。斯波の家臣ではないか、なんでこんな山奥までやってきた」
どうしたものだろう、としばし考えたが、やがてニヤリと笑った。
「そうか、そうか、そういうことか。よかろう、会ってやろう」




