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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順
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鯉料理

次郎法師丸じろうほうしまる殿は、鯉はお好きか」細川勝元が九歳の男の子に尋ねる。

次郎法師丸と呼ばれた子供は、どのように答えたものかとまどい、傍らの浦上則宗うらがみのりむねの方を見る。

「思う通り、お答えなされ」

「好きです」

「おお、そうか、それは良かった、いまからわしがさばいて進ぜよう」

 三人の前には、まな板に載せられた大きな鯉がある。勝元は、自らそれに真魚箸まなばしを立て、包丁を入れる。慣れた手つきで鯉を捌いていく。魚には手を触れず、器用に箸を使う。

 あらかた捌き終えた勝元は、控の者に調理の指示をする。

「背の所は洗いに。尾の近くは鯉こくに。そのほかの所で醤油の煮つけに。あらは塩と酒を振って焼くように」

 控の者が、まな板を持ち、鯉の肉を台所に下げる。

「最近、醤油というものがでてきた。あれで鯉を煮つけると、すこぶる旨い」勝元が考え出した自慢の料理だった。

「ところで、美作守みまさかのかみ殿、加賀の方の経営はどうじゃ」勝元が尋ねる。

「は、おかげさまで加賀半国を預からせていただきまして以来、努力しているところでございます。最近は富樫とがしの残党もおとなしくなり、今年の収穫は上々と聞いております」

「そうか、それはよい。赤松の家の者たちには期待しておる。いずれ本領の播磨はりまに戻ってもらいたいものじゃ」

 次郎法師丸と呼ばれた子供は、後の赤松政則まさのりである。


「最近、宗全そうぜんの動きがおかしい。大内と組もうとしているのではないかと思われる」

 則宗は黙っていた。

「よいよい、独り言だと思って聞くがよい」勝元が言う。

「先の朝鮮貿易では、大内にやられた。やつがシイタケと硫安りゅうあんを買い占めた」

勝元は和泉いずみの堺を持っている。大内は筑前ちくぜんの博多を持っている。大陸の貿易はこの二港が主に行っていて、両者は競合関係にある。

「シイタケと硫安、と言いますと片田商店ですな」

「そうじゃ。金銀取引の海外が優先じゃといって琉球商人に売ったものが大内に流れたらしい」

「貿易だけではない。伊予いよでも大内とは争っている。大内が伊予の河野こうのの分家の手助けをしている」


 四国は細川王国だったが、伊予(愛媛県)だけが、細川の支配下になかった。

 その伊予国内において、本家で伊予守護の河野教通のりみちと分家の河野通春みちはるが守護職をめぐって争いを始めた。

 勝元は当初通春を支援し、これを守護に任じたが、その後教通、通春、次いで勝元の一族である細川賢氏と、目まぐるしく守護を変えた。伊予国内が混乱し、勝元と通春も対立した。賢氏支援のため細川勝元が軍を出したが、それに対して大内教弘のりひろ政弘まさひろ親子が通春を支持して介入した。

 勝元が、河野家を対立消耗させ、伊予国を手に入れようとしたところ、自分たちも一回り大きな消耗戦に巻き込まれた形だ。


「ここで、宗全が大内の側に回ると、よくない」


 勝元は、すでに山名宗全対策を始めている。宗全は畠山騒動の時に義政の勘気に触れ、すでに息子の教豊のりとよに家督を譲っている。教豊は、家督とともに但馬たじま・播磨・備後びんご安芸あきの守護職を引き継いだ。宗全の復帰後、宗全の畠山義就よしひろ支持を是としない教豊と宗全が対立し、教豊は播磨に下向した。

 これに対して、勝元は教豊の弟の山名是豊これとよを備後・安芸の守護にして、勝元側にとりこもうとしていた。

 教豊には但馬・播磨二か国が残された。


 鯉料理が膳に載せられて出てきた。次郎法師丸にも一人前の膳が供せられる。

「まず、最初は鯉の洗いじゃ。ほれ、このようにして食べる」勝元が、鯉の刺身を酢味噌につけて、次郎法師丸に食べて見せた。

 次郎法師丸がまねをして、おそるおそる食べてみる。彼は京都の建仁寺で育てられたので、鯉を食べたことはあるが、生で食べるのは初めてだった。

「お、おいしいです」

「そうか、そうか」そういって勝元が微笑んだ。

「この鯉は、山崎のあたりで捕れたものであろう、それほど泥臭くない」


「では、これはどうじゃ」勝元が煮つけを食べて見せる。

「これも、おいしいです」

「そうじゃろう、そうじゃろう。これはわしが考えた料理じゃ」

「醤油とはなんですか」則宗が尋ねる。

「なんでも、味噌を絞って出る汁とのことだ。尼崎の片田商店で最近売るようになった。これは他にもいろいろ使い道があるそうで、特に笊蕎麦ざるそばというものが大和では流行っているらしい」

「片田商店、最近よく聞きますな」

「そうじゃな、私鋳銭などもつくっておるようじゃ。シイタケ、硫安は是非とも手に入れなければならぬので、よしみをつくろうとしておる」

「私鋳銭を作っておる者なぞ、大丈夫なのでしょうか」

内匠寮ないしょうりょうかみが言うには、明の銀貨にも負けない程高品質だとのことだ。よいものならばよかろう」

 当初、大蔵省に属していた典鋳司てんちゅうしは、この当時は内匠寮に属していた。


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