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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順
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しろむすび

「寺の前の道、よく人が通りますよね。それに身分の高そうな人も時々歩いています」片田が好胤こういんに言った。

「街道じゃからな」

 慈観寺じかんじの敷地は傾いた平行四辺形のような形をしている。南西側は川。南東側と北側は道になっている。二つの道が北東の角で合わさり、そこから東に延びる道に続く。北西側は寺の菜園になっている。

「南側の道は伊勢道いせみちじゃ。伊勢道は、西は河内かわち、東に行くと長谷(長谷寺)、さらに行くと伊勢の神様にいたる。北の道は三輪様(大神神社おおみわじんじゃ)から興福寺こうふくじに至る」

 東西に延びる伊勢街道いせかいどうに北から降りてくる三輪道みわみちが出合う所が三叉路さんさろになっていて慈観寺追分の辻と呼ばれている。

「従って長谷詣はせもうで、伊勢詣いせもうでなどの旅人が多いのじゃ」


 片田は揚水機で得た三貫を、どのようにやそうかと考えていた。シイタケは、いくら菌床栽培きんしょうさいばい原木栽培げんぼくさいばいより速いといっても、三、四か月は掛かるだろう。なにか周りにあるもので出来ることがないだろうか。

 門前をほうきで掃いている時に、上品そうな女性と女の子が東の方から歩いてきた。

「はわ、ひもじ(お母さん、おなかすいた)」

「あと一刻程で長谷に着く、こらへよ(がまんしなさい)」母親らしい女性がたしなめた。

 河内辺りの人だろうか、この辺りと言葉がちょっと異なる。ちょうど昼時だったが、この時代昼食を食べる習慣はない。子供に旅はつらいであろう。

 駄目元で、おにぎりでも売ってみるか。好胤さんが、あれほど美味い、美味いと白米をでていたので、売れるかもしれない。


 好胤さんにやってもいいか、と尋ねたところ。子供であれ、ひもじい者を救うのなら仏の慈悲じゃろう、と変なことを言って許してくれた。

 矢木の市に行くという村人に頼んで、米を一俵購入することにした。売れなければ好胤さんと食べてしまおう。塩と味噌は村の中で調達した。銭を受け取ろうとしなかったが、自分で食べる物ではないから、と言って無理やり十文じゅうもん程押し付けてきた。


 白米一合で二つの握り飯を作り、片方を塩、もう片方を味噌で味付けし、糠漬を添え、竹皮で包んだ。試しに十個程作った。余った飯を梅干し大に丸めて試食品とした。

『ふう』と犬丸を呼びに行った。


 慈観寺追分辻の慈観寺側の角は少し空き地になっていて、縁台が置かれている。旅人が休憩できるように慈観寺が置いたものだ。

 口数の少ない『ふう』が人見知りするのは分かっていた。犬丸に試食品と糠漬を乗せた土器かわらけを持たせ、呼び込みをさせてみた。

「まゐれよ、しろむすび、まゐれよ(いかがですか、しろむすび、お食べになりませんか)」

 主に女性や子供連れに向けて試食せよと誘った。犬丸は物怖ものおじしない。

 供を一人連れた、子連れの女性が試食品を口に含んだ。

「まあ、これは」と女性が言う。白米を食べたことがあるようだ。

「あなた、慈観寺さんのお方、おいくらです」

「そうです。三文ですが」片田が言う。

「一ついただきましょう」そう言って女性は巾着きんちゃくから三文を出し、『ふう』に渡す。『ふう』は竹皮に包まれた弁当を女性に渡した。

 女性は隣の縁台に子供を座らせて、塩握りを半分に割り、片方の握り飯を食べさせ、残りは自分で食べた。


『ふう』が片田の方を見る。”なんで、握り飯で銭がもらえるんだ”そう言いたそうだった。

 女性はもう一つ欲しいと言い、それを供の男性に渡す。


「よほど美味いもののようだな」別の男性が声を掛けた。

 若いが鍛えているな、と片田は思った。男性は四人の屈強な供を連れていた。握り飯を食べている子供の様子を見て、害はないようだと思ったらしい。

「わしにもくれ、五人分で十個だ」

「すいません、残りは八個しかありません」

「では八個でよい」

 握り飯を渡すと、五人は道端で立ったまま食べ始めた。

「これは」

 五人はお互いに、確認するように何度もうなずき合った。

「これは美味いぞ。米の飯だが、何か違う」

「漬物も美味い」

 それはそうだろう、糠床ぬかどこはかなり出来上がってきている。先日思い切って昆布も入れたからな、片田は思った。


「おい、その小僧が持っている物も売れ。十文出す」口の周りに米粒を付けたまま、若者が叫んだ。犬丸はきょとんとして、片田のほうを見る。片田は頷いた。若者は犬丸が差し出した土器を手繰たくる。

 『ふう』が、水を入れた湯飲みを差し出すと、五人は奪うように水を飲んだ。


 若者たちの様子に、旅人が集まってくる。

 ありったけの握り飯を食べてしまうと若者が尋ねた。

「これはなんだ」

「米を搗いて、まわりのぬかを取り除いた物です」

殿上人てんじゃうびとが食べる『しょうまい』というやつか」

『しょうまい』とは搗いた米という意味で、『しょう』は春の字の日の部分を臼に替えたものだ。

「しかし、『しょうまい』はおそろしく手間が掛かると言うぞ。おまえが搗いたのか」

「こつがあります」

 若者が唸る。

「たくさん搗くことが出来るのか」

「一俵でも二俵でも、一晩あれば搗くことができます」

「売るのか」

 片田は少し考えて言った。

「相場の二割増しで売ることができます。相場が一俵三百文のときなら三百六十文で売ります。一俵持ち込んでくれるならば手間賃として六十文いただきます」

 思わぬ商売の種が転がり込んで来たのかもしれない。

「高いな。しかしこれは一度食べたら止められぬ。一割増でどうだ」

「まけることは出来ません。こつがあっても、それなりの手間が掛かります。値引かぬ代わりにこの漬物も少々お付けしましょう」

「分かった。今度頼むことにする」

「承知しました。おそれいりますが、どちらさまですか。私は慈観寺の片田です」

「高取の越智じゃ。それにしても、道辺みちのべで握り飯を売る商売があるとはな、恐れ入った」

 若者たちは、集まってきた旅人をき分けるようにして去っていった。


 集まった旅人達が売ってくれと言い出した。越智の殿上人という言葉が響いたようだった。貴族が食べるようなものなら、一度食べてみたいと思ったのだろう。

 片田は必死に説得したが、二十人程が残った。そこで『ふう』を使いにして、『おたき』さんに応援を頼んだ。『おたき』さんがたすきがけですっとんでくる。気合が入っている。

 精米してあっただけの米を炊き、糠漬を付けて辻で待っている旅人に売った。




「今日は糠漬がないのか」好胤さんは少し不平を言った。

「すいません。漬けてあったのが全部売れてしまいました」

 夕食までに精米しておいたので、白米だけは間に合った。

 糠漬の代わりに、カブの茎を細かく刻んで塩もみにして出した。

「玄米の握り飯と、塩漬野菜だけだったなら、ちょっと考えたが、白米と糠漬だから商売を許してみたが」

「寺が商売をするのはいかがなものか、ということですか」

「そうじゃ。暮らしに必要なもので商売をするのは寺としてはよろしくない。そういうものは民が困っているときに布施ふせ(施す)するものだ。贅沢品ぜいたくひんだから許した。覚えておいてほしい」

「はい」

「それにしても越智様の目に留まるとは」好胤が言った。


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