小銃弾
「小銃弾って、どのくらいの間、使えるんだろう」鍛冶丸の弟分の鋼丸が茸丸に聞くともなく聞いた。
「さあな、『じょん』も、どれくらい持つかわからない、って言っていた。ただし湿気には気をつけなければいけないそうだ」
「長持ちするのならば、大量に作って倉にいれておけばいいんだろうけど。こういうのって使うときは使うよね」
小銃弾や迫撃砲弾は、一度戦争が始まると、生産が追い付かない速度で消費される。
片田村の一角に小銃弾を作る工場建屋がある。そこで極力自動化された小銃弾の製造がおこなわれようとしていた。
小銃弾は、工作精度が高くなければいけない、だから手による工作ではなく、機械で均一なものを作るように、と片田から指示されていた。
大量に作るものであるから連生産方式にしなければならないが、ベルトコンベアなどを作っている余裕はない。
そこで、単一の工作をする機械を複数作り、機械への部品の供給と、機械間の中間製品の移動などは人手で行うことにした。
たとえば、薬莢を作るのはこのようになる。
工程の最初の切断機械に、細長い真鍮板を手で入れる。切断機械の刃が自動で降りてきて、真鍮の円盤を切り抜く。切り抜かれた円盤は、機械の下に置かれた箱の中に落ち、人手で、第一段プレス機に運ばれる。
第一段プレス機に円盤を入れると、湯飲みの形にプレスされた真鍮が、やはり機械の下に置かれた別の箱に落ちてくる。
これを第一段焼き入れ機のところに人手で運び、焼き入れ機の回転盤の穴に嵌める。円盤が回転する間に真鍮は燃焼している石炭ガスで加熱される。円盤がさらに回転すると、真鍮が棒に触れて、円盤から下の箱に落ちる・・・・・・・
という具合である。
工場の天井近くには、いくつもの歯車のついた動力軸がある。切断機やプレス機を歯車の下の位置に固定すると、機械上部の歯車を通じて動力軸から動力が与えられる。
動力軸は工場全体で十本あり、それぞれ蒸気機関とつながっている。
薬莢と同様に、雷管をつくる連と弾頭をつくる連を作り。さらに、それらを組み立てる組み立て連を作った。
作業をしてもらう工員を集めて、作業を始めてみると、だいたい三秒毎に一発の小銃弾を作ることができた。二十四時間連続で作業したら、二万八千発ほどの小銃弾ができることになる。
小山七郎さんのところでは、動員時に一万人の兵を統率できるように将を育成している。一人当たり三発だな、石英丸は思った。彼は、戦場に出たことはないが、三発の弾など、あっという間に撃ってしまうだろうな、と思う。
「備蓄する弾薬量は、『じょん』に相談することにしよう。それとは別に、この連を構成する各工程の工作機を一組として、十組を作ることにしないか」
「作るのはいいけど、全部動かしたら、小銃弾が余るんじゃないか」
「うん、だから一日に動かすのは一連として、交代で連を操業すればいい。動かさないでいると機械が故障する」
「このようにしておけば、いざ戦になったときには、大量に小銃弾が生産できると思う」
「それよりも、部品をたくさん用意しておいた方がいいんじゃないかな」鋼丸が提案する。
「どれも、単機能の簡単な機械だから、二、三日で組み立てられる。あらかじめ作っておくより部品で持っている方がいいよ。修理用にも使えるし」
「どっちがいいと思う」石英丸が茸丸に意見を求める。
「連は二つか三つにしておいて、あとは部品をそろえておく方がいいだろうな」茸丸は両者の折衷案を言った。茸丸の案でいこう、ということになった。
このころまでに、小山七郎さんは、千人隊長、百人隊長を任命していた。千人隊長、百人隊長になったものは、もともと多くの人間を仕切っていた者が多い。残りのほとんどの者は十人隊長だ。七郎さんが十人隊長を集めて言う。
「いいか、戦場で最も重要なのが十人隊長だ。戦が始まるとき、お前たちそれぞれに十名の兵をあずける。これらの者は百姓や町人だ。戦などしたことがない」
「そのようなものを、ほんの一月か二月の訓練で兵にしなければならない」
「なにを訓練するのか、まずは基本動作じゃ。進む、退く、控える、腹這う、槍を持って突撃する。これを十人隊長の指示のもとに十人が一斉に行えるように訓練する。これはいままで貴様らが行ってきたことじゃ」
「ふたつめは物怖じしない心を鍛えることじゃ。これが一番重要じゃ」
「槍をもった敵兵がこちらに突撃してくるときでも、隊長の指示にしたがう心をつくる」
「今日からその心をつくるための訓練をする。三人一組を作れ。そして虫拳(ジャンケンのこと)で隊長役を選べ、選び終わったら、再度集合整列」
それは、徹底した強制の訓練だった。隊長役が隊員役に無理難題を与え、拒否には暴力をもって答えた。反抗するものをよってたかって痛めつけるのも、隊長役が与える難題の一つだった。隊長役も、隊員役も、人が命令に絶対に従うようになる心理過程を味わわされることになった。
数日もすると、彼らは自分の意思や感情よりも隊長の命令を優先する習慣がついた。
隊長役を交代する。
新しい隊長役は、自分が隊員役だったときの心理過程を記憶しているので、より効果的に強制力を発揮するように工夫する。
この訓練を通じて、三名の者が私闘で亡くなった。また加えて数名の者が脱落していった。七郎さん自身も軽傷を負うことになった。
「大変な目にあいましたね」犬丸が七郎さんを労わる。
「なに、この訓練をやるときは、いつもこんなもんじゃ。わしゃ慣れておる」
「しかし避けては通れぬ訓練なんじゃ。戦場で兵が崩れれば、死が待っている。敗残兵を追うとき、人間は不思議と鬼になる。熱狂的に相手を殺すことを求めるのじゃ。それをさせないためには、こちらが崩れぬことじゃ」
「わしを憎く思うものがあるかもしれぬが、彼らを死なせぬためにやっていることじゃ」
八月、秋風が感じられる頃、足利義政の母、日野重子が他界した。百日間の供養が行われるという。




