砲艦(ほうかん)
明石屋は、元々京都で和紙の店を営んでいた。男兄弟が五人いる。彼らは飢饉の時に片田村に避難していた。長男の明石屋太郎は京に戻り店を再建することにした。次郎以下四人は片田村に残った。
片田は、この四人に、尼崎と兵庫で商店を開くことを勧めた。
明石屋二郎と四郎が尼崎に、三郎と五郎が兵庫に店を開いた。
同様に、若狭と桑名、大湊(現在の伊勢市)にも片田商店を開くことにし、それぞれ二名を派遣した。
彼らが扱う商品は、眼鏡、シイタケ、硫安、醤油など片田村や堺片田商店の産物が中心であった。
しかし、彼らの仕事は商売だけではなかった。港や周辺の情報収集と人間関係の開拓も大きな仕事だった。彼らは地図を作り、土倉や商人が扱う商品を調べ、周囲の地の国人たちと人間関係を作ることに努めた。
片田は、中筋の太助に二千石級の竜骨船の建造を指示した。太助は帆走競走で四段の横帆を張って、優勝している。二千石級といえば、三百五十トンくらいである。現在の船であれば、長さ五十メートル、幅九メートルの遠洋漁業船くらいの大きさである。太助は、四段横帆を試してみるつもりだった。
もうひとつ、二位だった味噌屋の磯丸には桜丸と同一の千石級の船の建造を指示し、こちらは輸送船ではなく二十門の砲を搭載する軍艦とすることにした。
太助は、既存の技術を堅実に拡張することに優れている秀才肌だった。一方で磯丸は、今までになかったようなものを発明するのに優れている。帆走競走では、いままで誰も見たことがないような三角帆を作って二位を獲得している。
「臼砲を搭載する、って言っても、砲をみたことがないんだが」磯丸が言う。
「わかっている。片田村に行ってくれ、石英丸が見せてくれるはずだ」
そう言って、片田は紹介状を書き、磯丸に渡した。磯丸は、運河に沿って片田村に向かった。
磯丸は堺の生まれで、堺の外に出るのは初めてだった。真夏の旅だったが、周囲の田の上を流れてくる風がここちよかった。
『とび』の村の慈観寺のところで上陸する。持参してきた和紙、墨、干し魚などは、一旦慈観寺に荷揚げして、片田村に向かう。
「ずいぶんたくさんの人がいる村だな」磯丸は思った。堺のような賑わいだ。
「石英丸という人を訪ねたいのだが」磯丸が通りがかりの人に尋ねる。
「役場に居ると思うよ。もう少し道を行ったところの左側の白い建物だ」
いわれた通りに進み、役場の中に入る。声をかけると、眼鏡をかけた色白の青年が出てきた。
「石英丸さんですか。堺の磯丸です。『じょん』の指示で来ました」
「私が石英丸です」青年が言った。
磯丸が紹介状を渡す。
「たしかに『じょん』の字ですね」そういって、石英丸は書状を読んだ。
「船に砲を載せるのですか」石英丸が尋ねる。
「そうです。そのような船を作れ、と言われています」
「驚きましたね。そんなことができるのでしょうか」
「わかりません。それで砲を見せてもらってこい、といわれました」
「そうですか。では明朝、巳の時に、また役場に来てください。それまでに準備しておきます」
今日のところは、やることはないので自由にしてくれていい。夕方になったら隣の食堂に来てくれ。食事と寝所の世話ができるように手配しておく、とのことだった。
磯丸は村の中を見物することにした。ここに来るまで白い煙を出し、大きな音をたてる建物が幾つもあった。役場を出て、さらに村の上流の方に行くと、しばらく、住居と思われる建物が続く。その後に、やはり大きな建物があったが、これは高さがなく、煙も音も出していなかった。ひっそりとした建物だった。なにをしている所なんだろう、と磯丸は思った。彼が見ているのはシイタケの菌床を栽培している建物だった。左右の山を見ると、両側の頂上に山城が見えた。
さらに上ると小山七郎たちが訓練に使っている広場があったが、磯丸が訪れたときには、誰もいなかった。
東の方に川が長く伸びている。両岸にたくさんの馬が放牧されていた。数百頭はいるだろう。
翌朝、磯丸が役場に行くと石英丸が待っていた。
「広場に行きましょう。準備ができているはずです」
「これが、臼砲です」そういって車に載せた黒い鉄の塊を見せる。
「中が空洞になっています。上にある小さな穴に導爆線を挿したあとに、火薬を入れた麻袋を空洞の中に入れ、さらに小石を入れた袋を入れます」
七郎の部下で砲術を担当しているものが実際に操作してみる。
「少し後ろに下がった方がいいでしょう。ものすごい音がします」石英丸が注意する。
導爆線に点火すると、ものすごい音を立てて北側の山の斜面に向かって小石が飛び出していった。南側の斜面では、馬たちが一斉に逃げて行った。
「打ったあと、砲は熱く、かつ中に燃え残った火薬や布が残っています。そこで中に水を入れて、ササラで洗浄します。この時、砲身を上に向けるので、上方に、その分の余地が必要です」
「洗浄した後は、砲身を下に向けて、排水します。なので、水が出せるところまで砲身を下に傾ける余地が必要でしょう」
「また、通常二人、ないしは三人で操作しますので、両脇にも彼らが作業する余地が必要です。どうでしょう」
「わかりました。そうですね。撃った時、砲が後退するようですね。船では後退させる余地があまりないと思うのですが、どれくらいの力で後退しているのでしょう」
「ためしてみましょうか」そういって、石英丸達は、砲身を車に固定しているところに木の棒を挟んで試してみた。
「一寸の杉の棒では、折れるようですね、一寸五分の棒では折れませんでした。それくらいの力がかかります」
それくらいであれば、砲身を縄で肋材に固定させれば、縄の弾力で吸収できるだろう、磯丸は思った。




