誘爆(ゆうばく)
上弦の半月は、すでに没していた。星明りの中、二十数名の男たちが歩いている。
「最近、陵の連中、入り口のところに歩哨を立てているらしいぞ」
「入口のところだけだろう。中は百姓しかおるまい」
「正月の時には、うまくいったからな」
「やつらも警戒しているんじゃないかと」
「だから、こうやって、大勢でいくんじゃないか。腹が減っていたら、満足に戦えない」
彼らは、政長派の攻城軍の兵たちであった。食料を調達するために、応神天皇陵を襲撃するつもりだ。
蛍が数匹、彼らの周りで光る。不安をかき消すためか、彼らはしきりにしゃべっている。
そのときだった。彼らの後ろから、火箭が一つ、闇を切り裂くような音を立てて飛びあがった。
七郎が陵の南に敷いていた斥候線の兵が、彼らに気づき発射したものだった。
陵のなかから、継続的なサイレン音が聞こえてくる。サイレンは鋳物の円筒を二つ重ねたものである。大きな方の円筒は固定されている。内側の円筒には径の異なるギアを経由してハンドルがついており、高速で回せるようになっている。両者にはいくつか窓が開いている。内側の円筒を回すと、継続的な大きな音がする。
斥候の放った火箭に応じるように、陵の方からも一つの火箭があがる。その火箭は弾道の頂点で二つに割れ、一つが白く輝き空に止まった。地面に盗賊達の影が落ちる。
もう一つの赤く輝く火箭が低い弾道で飛んでくる。これは彼らの左手に落ちて、爆発した。
さらにもう一つ、これは彼らのすぐ近くで爆発した。
五つの赤い光が彼らに向かってくる。と、彼らが思ったとたん、それを追いかけるようにして、無数の光が放たれた。
盗賊達は、ひるんで逃げ出そうとしたのだが、彼らの周りで数えきれない程の爆発が起きた。
「あーっ、全部飛んで行っちゃったよ」犬丸が叫んだ。
「火の粉で誘爆したな」片田が言う。
闇に眼が慣れたところで、もう一度照明弾を着弾点あたりに飛ばす。動いているものはなさそうだった。
警戒のため、守備兵の半数を待機させて、朝を待つことにした。
「最初の照明弾は、格子を使わないで、独立して打ったはずよね」『かぞえ』が犬丸に尋ねる。
「うん」
「で、まず一番左下のに点火したのね」
「そうだ」
「そして、照準を修正して、その右隣のものを打った」
「そのとおり」
「で、彼らのすぐ側に落ちたので、次の列の五本、縦に導爆線を繋いでおいたものを斉射した」
「その通りだよ」
格子は縦五行、横十列で、合計五十本の火箭を格納できるようになっていた。
火箭の尾部の柄には節を抜いた竹筒を使っており、導爆線はその中を通していた。火が付いたとしたら、柄の下の開口部に出ている導爆線に着火したに違いない。
「下から上に燃え上がった導爆線の火の粉が、他のに点火しちゃったんでしょうね」
「そうだろうな、下の方から点火していかなければ危険だ」片田も言った。
「でも、導爆線の火の粉は、はじけるから、下から点火すれば安全というものでもないわ」
「そうねぇ。柄の開口部に出ている導爆線を覆うように、一回り大きな竹で蓋をするのがいいかもね。すこし面倒だけど。発射する火箭だけ、蓋を外すようにすれば誘爆しないでしょう」
「斉射に使う導爆線も被覆しないといけないわ。それと念のため、斉射する組は試射の火箭とは離れた格子に入れた方がいい」
「わかった。今度からそうするよ」犬丸が言った。
着弾点の様子を見に行ってきた者たちが帰ってきた。
「おそらく、二十四名の者達が襲ってきたと思われます。生存者は三名です」
「おそらく、とはどういうことだ」七郎が尋ねる。
「はい、いくつか遺体がばらばらになっておりまして、正確な人数が特定できませんでした」
「生存者はどうします」七郎が片田に尋ねる。
「薬師を護衛付きで送ろう」
薬師は茜丸の部下だった。彼らは工事現場での怪我治療の経験を積んでおり、外科医師の仕事もこなすようになっていた。
雷管を作る過程で出来る亜酸化窒素は別名を笑気ガスと言い、全身麻酔を行うことが出来る。麻酔を利用することにより、彼らの外科技術は飛躍的に高くなっていた。
「どこの軍の者か、身元はわかったのか」
「紋所や旗印はありませんでした。身元はわかりませんでした」
「では、応急の処置が終わったら、陵に回収することにしよう」片田がそう言った。
「やりすぎちゃったな」犬丸が情けなさそうに言った。
「そうだな」片田が彼の肩を軽く二度、叩いた。
彼らは死人が出たことについては悔いてはいなかった。年初にこちら側の人間が二人殺されていたし、今回も反撃しなければ何人かやられていたかもしれない。
しかし、復讐を目的としてはいなかった。復讐は復讐を生む。撃退できれば、それでよかったのである。だから彼らが感じていたのは、やりすぎた、ということだった。
やりすぎも、復讐を生むことを彼らは知っていた。




