爆裂火箭(ばくれつかせん)
「また、テナガエビを持ってきたのかよ」塩屋の権太が言った。
持ってきた女の子が、すこし怯えたような顔をする。
「しかし、また小さいエビをたくさんもってきたもんだな」
「大きいの、怖いもの」
その子が持ってきたエビは、いまでいうところで五センチメートル未満のものばかりだった。
「これだったら、もしかしたら、商品になるかな。ついてこい」
権太は片田が持つ倉に行く。女の子はちょこちょこついてくる。
豆蔵から鍋に少し醤油を分けてもらう。それを片田商店の調理場に持ち込み、テナガエビを入れて煮締めてみた。醤油が無くなったところで、山椒の粉をふりかける。
箸でつかんで、食べてみる。
「うまいな。これは、飯がはかどりそうだ」
「食べてみろ」権太が女の子に言って、出された手にエビを乗せる。
「おいしいよ、これ」
「これ、どうですかね」権太が大黒屋惣兵衛さんをつかまえて、試食させてみる。
「おいしいですね。飯でも酒でも、あいそうです。醤油で煮たんですか。なら日持ちしそうです」
片田もやってきて、食べてみる。
「これは、カワエビの佃煮だな。これは商品になるだろう」
「このエビ、買ってやる。ただ、まだ売れるかどうかわからないので、とりあえず、今回は二文出す。親に来てもらえ、親に銭を渡す」
「また持ってくるのであれば、今日のように、二寸より小さいものを選んでもってくるんだぞ」
女の子は、うれしそうな顔をして、親を呼ぶために、走り去った。
「これは、イナゴでもいけそうだな。そういえば、最近イナゴ持ってくる子供が少なくなったな」
片田は舟に乗って、応神天皇陵に向かっている。陵に近づくにつれて、周囲の水田の稲が、青く、力強くなっているのが、舟からでも分かった。片田の硫安の効果である。このあたりの水田は、運河の水が使えるので、夏の日照りの心配もほとんどない。
空に様々な小鳥が飛んでいる。一昨年の飢饉のせいで、昨年までは見なかった小鳥が帰ってきていた。ことしはイナゴの害もないだろう、片田は思った。
水道橋を上って、天皇陵の内側に入る。入口には木戸が出来ていた。前方後円墳の前方部に、犬丸と老人と少女が立っていた。その側に舟を寄せる。
「犬丸、ひさしぶりだな」片田が言った。
「うん、『じょん』。この人が小山七郎さんだ」
「いろいろと助けてくださっているそうで、ありがとうございます」片田が礼を言う。
「飢饉の間、食いつながせてもらったからな。あの村にたどり着いていなければ、今頃どうなっていたことか。息子の朝基ともども、礼を言う」
「こっちが、『かぞえ』だ」犬丸が少女を紹介する。
「はじめまして」
「かぞえ、って石英丸が褒めていた、かぞえ、か」
かぞえは数学と物理学がよくできる、と石英丸が言っていた。
彼らの脇に、箪笥を横にしたようなものが、架台の上に載せられていた。
箪笥の部分は、木の格子でできていて、架台は、格子を上下左右に回転させるためにある。
「これは何だ」片田が尋ねる。
「爆裂火箭の発射台だよ」犬丸が言った。
「迫撃砲弾を大量に作れるようになるまでの、まにあわせなんだけど、火箭の頭のところに爆薬と信管を付けて、推進薬も増やしている」
「格子にいくつも火箭を並べて、一つだけ発射することもできるし、導爆線で繋いで、複数発射することもできる」
犬丸が導爆線と言っているのは、導火線の一種で火薬量を増やしたものだ。導火線は少量の火薬しか含ませていないので、一センチメートル燃えるのに一秒かかるが、導爆線は、一瞬のうちに端から端まで燃焼する。
要するに、今で言うところの多連装ロケット砲である。
格子を上下に動かす軸のところに目盛りが付けてある。『かぞえ』が、それを指して説明していた。目盛りが、着弾距離をあらわしているとのことであった。高低差がある場合の補正表の見方も説明していた。
扇型に弾着を拡げたい場合には、導獏線に着火すると同時に架台を左右に動かす梃子を動かせばいい。その時には、導爆線と導火線を組み合わせて、時間を調整しなければならない。
格子の数が五十あるので、最大で五十発、同時発射できる。
「七郎さんは、どうしてこちらにいらっしゃいました」
「うん、守備隊の交代じゃ。そのついでに、陵の様子をみておこうと思っての」
「それは、ありがとうございます」
「ほとんど舟で来れるのじゃから、楽なものじゃ。それに来てよかった。朝基に任せてみたが、やはり抜けがある」
「抜けがありましたか」
「堤の出入り口に門を取り付けたのはよいのじゃが、水の下が空いていた。あれでは、水中から内部に入ってこられるじゃろう。敵が来た時にだけ取り付ける鉄格子を作らせることにした」
「で、村長は、なぜ、ここに来られたのじゃ」
「七郎さんに会いにきました。話があります」
その夜、二人は深夜まで話し合っていた。




