雷管(らいかん)
片田は小銃を作ろうとしていた。片田が知っている小銃は、七.七ミリ口径の九九式短小銃だ。ボルトアクション式である。今の片田村では、鉄、鋼を作ることができる。スプリングのような弾力性のある鉄をつくることもできる。貧弱ではあるがライフルを切る工具鋼も持っている。ライフルとは小銃弾の直進性を高めるために銃身内部に螺旋型に切った溝である。銃弾は溝にそって回転するため、角運動量を持ち、その保存則により直進性が高まるという仕組みだ。
小銃の弾は、このような構造になっている。
薬莢という、指ほどの太さがある真鍮製の円筒の中に火薬を詰める。円筒の一方の側は、中心にほんの小さな穴があいているが、ほぼ閉じている。反対側は開いている。開いているところに鉛製の弾頭を嵌め、真鍮を絞って弾を固定する。
薬莢の中の火薬が爆発すると鉛の弾頭が前に飛んでいく。
火薬をどのように爆発させるのか。
薬莢筒の閉じている側の小さな穴は、雷管という小さな部品を埋め込むために開けられている。
雷管は、針などで強く叩くと簡単に爆発して、薬莢内の火薬を点火させる。小銃や拳銃などでは、引鉄を引くと銃尾に置かれた撃針が勢いよく前に飛び出し、雷管を叩くようになっている。
なので、引鉄を引くと弾丸が発射される。
火薬は硝石から作ることができる。弾頭や薬莢を作るプレス機も持っている。非力なプレス機だが、柔らかい鉛や真鍮を成型するくらいの力はある。蒸気機関と様々な機械用部品を使えば、同一規格の銃弾を大量に生産することもできる。
足りないのは、銃用雷管だった。
針で叩くだけでも爆発する雷管には雷酸水銀やアジ化鉛という物質が使われる。しかし、水銀を大量に入手するのは難しいだろう。
雷酸水銀は無理だな、片田は思った。ならば、アジ化鉛を使おう。これならば材料が大量に手に入る。
アジ化鉛は、以下のようにして作られる。
銃用雷管
<アジ化鉛
<アジ化ナトリウム
<ナトリウムアミド
<金属ナトリウム
<塩化ナトリウム(塩)■
<アンモニア■
<亜酸化窒素
<硝酸アンモニウム
<アンモニア■
<硝酸
<アンモニア■
<酢酸鉛
<鉛■
<酢酸
<酢■
これは、アジ化鉛は、アジ化ナトリウムと、酢酸鉛から作られる、または、アジ化ナトリウムは、ナトリウムアミドと、亜酸化窒素から作られる、というように読む。
たどっていくと、結局アジ化鉛を作るためには、塩とアンモニアと鉛と酢があればいいことになる。■は原料を示している。これならば、いくらでも原料が手に入る。
反応の過程の難度を見ると、硝酸を作る際のオストワルト法では、アンモニアを白金触媒存在下で九百度に加熱する必要があるが、九百度ならば、さして高温とはいえない。金属ナトリウムを作るのはダウンズ法という。電池が必要だが、これも持っている。鉛と硫酸を作れるからだ。
注意しなければいけないのは、アンモニアから硝酸アンモニウムを作る際の反応が激しいことくらいである。
雷管は砲弾にも使われている。だから砲兵士官であった片田はこのようなことを学習していたが、まさか一から自分で作ることになろうとは。
なお、大量に消費する小銃弾に水銀を使うことはあきらめたが、水銀はニクロム線並みに電気抵抗が大きい。なので、後に電気信管として使用することになる。発破用信管であれば小銃弾ほど大量に作らなくともよい。
片田は、片田村の石英丸と鍛冶丸にアジ化鉛の作成を指示した。硝酸アンモニウムを作成するところでは、一時片田村に帰り、彼らと一緒に作業した。
二人は、アジ化鉛製造の最終工程にいた。彼らの前のガラス筒に、薄いアジ化ナトリウム水溶液を半分入れ、その上から、これも薄い酢酸鉛水溶液をそそいで、棒でかき回した。
「お、なんかたくさんの白い針みたいなのが出来てきたぞ」鍛冶丸が言う。
「そうだな、みるみる増えていく」石英丸も言った。
彼らののぞき込んでいるガラス筒のなかには、針状のアジ化鉛の結晶が出来ていた。
二人は、片田に連絡した。
片田が堺から馬で飛んできた。
「出来たのか」片田が入ってくるなり言った。
「たぶん、これなんだけど」石英丸が結晶を見せる。片田は、アジ化鉛の結晶を直接見たことはなかった。水溶液の中から、箸で結晶を一つ掬う。それを鉄床の上に置き、金槌で叩く。
バンという音がして、金槌が弾かれるように持ち上がった。
「うまくいったようだ」片田が言う。
片田は、あらかじめ試作しておいた真鍮製の筒のなかにアジ化鉛を詰める。筒の大きさは直径が四ミリメートル、高さが二ミリメートル、と極めて小さい。これが銃用雷管である。
雷管を、薬莢の底につくった窪みにはめ込む。窪みの底には穴が開いている。薬莢の口が空いている方を上に向け、中に火薬をいれ、鉛製の銃弾をはめ込み、やっとこ(ペンチ)で薬莢と銃弾を密着させる。
鍛冶丸が作っていた、銃の試験装置に銃弾を入れる。銃弾は、薬莢の縁のところで止まり、それ以上中に入ってはいかない。
三人が外に出る。片田が、ボルトを射撃位置に戻し、銃を山の斜面の方向に向け、引き金を引く。発条によって撃針が勢いよく前に飛び出し、雷管を叩く。アジ化鉛が衝撃で発火し、火薬を爆発させる。
片田が狙った山の斜面に土埃が立つ。
「すごいな、三百間(五百四十メートル)以上も向こうに、あっというまに飛んでいった」鍛冶丸が言った。
「正確性はどうなんだろう」
「ほぼ、狙い通りだった」片田が言う。
「銃身内側の螺旋状の溝のおかげで、銃弾が回転している。それで、まっすぐ飛ぶ」
「『じょん』が前に言っていた角運動量保存則ってやつか」石英丸がつぶやく。
「そうだ、おもちゃの独楽が回っている間は、まっすぐ立っていられるのと同じ原理だ」
「俺、考えたんだけど」鍛冶丸が言う。
「なんだ」
「銃身の下のところに、銃弾の入れ物を付けて、発条で押してやれば、ボルトを前後させるだけで、自動で銃弾を入れられるんじゃないか」
「それはできる、それよりもまず、銃身の中に残った薬莢を外に出す工夫が必要だな」片田が言う。
「あと、アジ化鉛の結晶だが、水を入れた瓶のなかに保存しておける。人の出入がないようなところに保存しておいてくれ」