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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 2
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マーナ

 少し時間が戻る。

『ブレスト沖海戦』直後のことだ。

 ブルターニュの先端にある浜に百数十のガレー船が寄せられていた。

 片田商店艦隊は、それを囲むように並んでいる。連絡艇が降ろされ、ガレー船に近寄った。


 水兵がコーキング・アイアンというたがね状の鉄塊てっかいとハンマーを持ってガレーに乗り込む。

 このコーキング・アイアンは、船の継ぎ目にタールを塗った布や紐を詰め込むための道具で、木造の帆船には大量に載せられている。無理に日本語に訳せば、詰鉄つめがね、といったところだろうか。


 水夫が奴隷に近づき、彼らを拘束している鎖のにコーキング・アイアンを挿しこみ、ハンマーで叩く。二、三回で鉄鎖が外れた。


 解放された奴隷が喜びの叫びをあげる。水夫がその男に道具を渡す。あとは自分達でやれ、という意味だ。

 渡された男が大きくうなずき、握手を求めて来た。イスラム教徒でも握手をする習慣があるのか、水夫が手を出す。

 男が強く手を握り、上下に大きく振った。すこし痛いぐらいだ。かいを漕ぐのが仕事の連中だ。握力が強いのだろう。




 夕方までには、全ての奴隷達がガレー船から解放された。西の海に太陽が沈んでいく。片田商店艦隊の連絡艇が、男たちにガレー船から離れるようにうながした。

 男達が波打ち際から離れる。


 砲艦の甲板から、何かが空に向かって放たれ、放物線を描いてガレー船に着弾する。

 大きな炎が広がった。


 上甲板から軽迫撃砲で焼夷弾しょういだんを撃ったのだ。他の艦からも次々と軽迫けいはくが発射された。

 百数十隻のガレーが巨大な焚火たきびになってしまう。

 日の光が弱くなるにつれて、ますます燃え盛った。


金剛こんごう』の上甲板で、一人の若者が右のこぶしをあげて、なにかを叫んでいる。

 叫び声が強くなったり、弱くなったりする。時には哀切あいせつな響きにも聞こえる。


 カレクトの王子、マーナだった。彼は金口かなぐち三郎が『比叡ひえい』から『金剛こんごう』に転任したときに、一緒に『金剛』に移動している。


「艦長、マーナは何を語っているんですか」航海長が金口三郎に尋ねる。

「さあな、俺もマーナから彼らの言葉を、ほんの少し習ったが、それとは違うようだ。さっぱりわからん」三郎が言った。

 彼がマーナから習った言葉は、おそらく当時のカレクトで日常的に使われていたマラヤーラム語だろう。

 それに対して、今マーナが語っているのは、サンスクリット語だった。宮廷儀礼・宗教行事・学術の分野で使用されている古語だった。


 まず、ポルトガルによる船舶の攻撃、カレクトの無差別砲撃について怒りをもって語り、失われた命に哀悼あいとうを捧げる。

 そしていま、天罰により、悪人が打ち滅ぼされた。

 正しき者が最後に残るのだ、そう勝利の歌を歌いあげた。


「何を言っているのか、さっぱりわかりませんが、なんだか、胸にきますね」

「ああ、そうだな」金口三郎が言った。


 最後にマーナが舷縁に立ち、用意してあった米の団子だんごを海面に一つ、投げ入れた。

「オーム、オーム、オーム・ナマ・シヴァーヤ」

 サンスクリット語の『祈りの言葉<マントラ>』だと、後になってマーナが言っていた。最後の言葉は、この戦闘の戦死者と、カレクトの死者に対する供養の言葉なのだそうだ。


 儀式が終わったマーナが振り返る。金口三郎がマーナに微笑みかけた。


「ここまで連れて来て下さり、ありがとうございました」マーナが三郎に言う。

「マーナ一人を連れてくることは、たやすいことだ。気にしなくていい」三郎が応える。当初は言葉がわからず、習慣もまったくちがうので困ったのだが、そのことは言わない。

「こうなった以上は、一刻も早く帰国して、故郷の者達にこの勝利を知らせねばなりません」マーナが言う。


「大丈夫だ。カレクトは今日の戦勝を既に知っている。理由は言えんがな」三郎が言った。

「もう知っているのですか」短波無線のことは、マーナには教えていない。

「ああ、そうだ。知っている。向こうの片田商店が言うには、今夜カレクトのターリ寺院で勝利を感謝する儀式が行われるそうだ」

「そうでしたか」

 マーナがカレクトの様子を想像する。

 勝利を神に感謝する『奉告の儀式』、バラモン僧による祈祷きとう鐘楼しょうろうの鐘が賑やかに鳴らされる音、王や将軍が捧げるおびただしい供物、そんな有様になるのだろう。


 自分が参加できないのが、少し残念だった。




 一週間後、片田達はオルダニーに戻って、次の作戦の準備をしていた。次は上陸戦になる。


 金口三郎艦長が上甲板のマーナを呼び止めて言った。

「困ったことになったぞ、マーナ」そういっているが笑っている。

「困ったこととは、なんですか」

「先日の戦勝を知ったカレクトが義勇軍を編制するそうだ」

「義勇軍って、なんですか」

「カレクト人の軍隊だ。マーナヴィクラマ王子に続け、俺達もポルトガルとの戦に参加するぞ、という志願兵がたくさん出て来たそうだ」

「それは、父も困っているでしょうね」

「まあ、そうだろうな、とりあえず三百人だけ選抜して、次の便でオルダニーに来るそうだ」

「そうなんですか、どの将軍がひきいて来るのですか」

「将軍は、マーナ、お前さんだそうだよ。補佐官は来るらしいがな」


「僕、ですか」


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