兵棋演習(へいぎえんしゅう)
十一人で、一組になる。一人は十人隊長、すなわち志役である。これは少し後方にいて、残りの十人の兵を指揮する。二組で集団戦の練習をする。手には薙刀の代わりに、棒の先に布を巻きつけたものを持っている。棒の先が体に触れたものは、負傷したとみなして、脱落させる。
棒の長さや、隊形は、各自で考案させる。
初めのうちは、十人同士で、やみくもに戦闘しているが、そのうち考える者が出てくる。例えば、二人一組で、相手の一人にかかり、一方が相手の棒を支えている間に、もう一人が相手を切る。このようにして各個に相手を倒していく。
いや、相手が二人で来るならば、こちらは三人一組で、などである。
そうかと思えば、十人横一列になって、突進する組が現れる。五人づつ二手に分かれ、一方が正面、他方が側面を衝く、などの作戦をとろうとするものが出たりする。
「犬丸殿、村長は、戦の心得があるようじゃの」片田からの助言書を読んでいた小山七郎が、犬丸に言った。
「さあ、ある日突然、村に来たんです。その前に武士だったかもしれません」犬丸が答える。
「ただ、これを読んだ限りでは、村長の知っている戦は、なにか弓矢のような、飛び道具を使ったもののようじゃの」
「どういうことですか」
「ほれ、この塹壕とかいうものじゃ。戦場に穴を掘って、そのなかに入り、身を守りながら戦うらしい」
「戦のことは、知りませんが、聞いたことありませんね」
「わしもじゃ、陣の前に空堀を掘ることはあるが、なかに人がはいったりはせぬ」
塹壕については、片田の筆がすべったのであろう。
みんな、疲れてきたようである。七郎は休憩を命じる。
「休みながら、聞いてくれ。次は百人隊の訓練をする。組は今のままでいい」
「次は、それほど、しんどくないので、安心せよ」
「この訓練は、動かぬ尉役を捕らえる訓練である」
「尉役は自分の周囲に十人を配置する。どのように置いてもよい。この十人は一人一人が十人隊だとする」
「わしか、犬丸殿が、間を置いて太鼓をたたく」
「太鼓の音が聞こえたら、尉役は、十人隊役一人毎に動く方向と歩数を指定する。ただし、歩数は五歩を越えてはならず、一歩は二尺とする。動かなくともよい。相手方も同様じゃ」
「一回目の太鼓では、一方の隊のみ動く。次の太鼓で、他方の隊が動く、というふうに、まずは交互に動くものとする。慣れてきたら同時に動かすかもしれん」
「これを繰り返し、十人隊が運動していく内に相手の隊とぶつかる。ぶつかったときの角度が大事じゃ。正面同士でぶつかったときには虫拳(いまのジャンケンにあたる)を一回行い、その勝ち負けで決める。」
「一方が横から当たられた場合には、二回虫拳を行い、当たられた側が二回とも勝てば、勝ち。一回または、二回とも負けた場合は、当たられた側の負けじゃ」
「後ろから当たられた隊は、虫拳をしなくとも負けとする」
「負けの回数が、3回になったら、その隊は全滅とし、戦場から出る」
「また、相手と接している隊は、戦闘中であるとする。戦闘から離脱するには、二歩を消費することとする」
「繰り返すが、尉役は、動くことが出来ないこととし、相手方の十人隊が尉役にたどり着いたら、その尉役の負けとなる」
「この訓練で大事なのは、兵の運用であり、個別の衝突時の勝ち負けではない。したがって、当たったところが、前だ、横だ、後ろだ、などで争ってはいかん。そこに至るまでの兵の運用の訓練である」
最初は、まぬけな訓練だと犬丸は思った。しかししばらく繰り返しているうちに、面白くなってきた。
左右に大きく展開して、相手を包み込もうとするもの。展開しすぎて、届かず失敗するもの。
広がった相手に、集団となって中央突破しようとするもの。一隊だけ、別行動して、尉役を狙おうとするもの。回り込もうとするもの。敵部隊を釣ろうとするもの。防御に徹するものなど、ルール自体は単純であるのに、皆いろいろなことを考え出す。
犬丸は、おもしろい動きをするものについて、紙に書き留めはじめた。
千人隊の訓練も似ていた。ただ百人隊の歩みは、一回に二歩になり、別に騎兵という、一回にたくさん進める隊が置かれた。また輜重という役が置かれ、たくさんの小石を持っている。輜重は、佐役の指示した数の小石を各隊に配る。隊は太鼓の音一回につき一つ、小石を自分のいる位置に置く。そのあと動くのであれば、一歩ごとに、石を置いていく。
大きな軌跡を描く予定の部隊には、あらかじめ多くの小石を与えておかなければならない。
数日間、七郎は、何度かやらせてみて、騎兵の歩数や、輜重の小石の数を変化させた。
また、互いの陣形を隠して配置させてみることもした。
「犬丸殿、おもしろいもんじゃろう。志役が得意なものが、かならずしも佐役が得意なわけではない。志役はまるでだめでも、佐役がうまい者もおる」
「そうですね。俺も尉役をやってみたいです」
「ほう、そうか。やってみるか」
「はい」
犬丸は、この数日間、小石をつかって、尉役の研究をしていた。それを試してみたかった。
相手方は、三列の正面突破の隊形だった。犬丸は正面に六隊置き、それとは別に左右に少し離れて二隊づつの隊形とした。
まず、両者の正面があたる。犬丸側は二段の深さ、相手方は三段の深さだ。次の回で、犬丸の左右の四隊が、敵の両側に当たる。両側から攻撃するのは優位だ。犬丸の正面が二段目を突破される前に、相手の集団が削られていく。
両者互角程度になったところで、犬丸が、左の一隊を尉役の方に向ける。正面で両者が膠着している間に、犬丸の隊は、どんどん進んでいく。
中央で両者がほぼ全滅しかけたときに、犬丸の別動隊が、相手の尉役にたどり着き、勝利した。
「ほう、なかなかやるのぉ」七郎さんが言った。




