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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 2
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窮地 (きゅうち)

 教皇アレクサンデル六世の使者が言うには、フランスはテンプル騎士団を継承したキリスト騎士団に五百万リーブルの借金があるのだそうだ。


 キリスト騎士団は、フランス王国が同騎士団のテンプル騎士団継承を認める限り、フランスに違約金(利息)を要求しないという意向を表している。


 ただ、キリスト騎士団は、この借金の七割、三百五十万リーブル相当の借用書をローマ教皇庁に信託した。

 教皇庁は預けられた借用書に基づく違約金(利息)を浄財じょうざいとし、サン・ピエトロ大聖堂の建設資金に充てることを決意した。

 この大事業に参加できることはフランス国王の名誉である。フランス国王も、この教皇の取り計らいに感謝するであろう。


 違約金は年に一割として毎年三十五万リーブルであり、フランス国王から教皇庁に毎年の年末に支払われるべし。


 主に栄光あれ。




現代の読者のために説明すると、フランスの国内通貨であるリーブルは、一リーブルあたり純銀八〇.八八グラムとされていた。

中世ヨーロッパの金と銀の交換比を、仮に一対十二とすると、一リーブルは金六.七四グラムになる。

 毎年、金塊三.三七トン相当のかねを教皇庁に払え、ということだ。


“ふざけるな”、フランス国王ルイ十二世は思った。思ったが口には出さない。

三十五万リーブルといえば、昨年の歳入の二割に近い。

「その借用書とやらが、本物であるか確認してから回答することにしよう。持参してきておるのか」


 使者は例の借用書を持参してきてはいなかった。これでしばらく時間が稼げる。ルイがそう思った。

 次に来る時には、借用書を持参してまいれ、そう言って使者を退出させた。




 翌日、ガレー艦隊の旗艦艦長がブロアに到着した。旗艦艦長は海戦で負傷していたうえでの長旅で苦痛を隠せなかった。


「二名の乗った艦載艇シャループが、脇にさらに小さな小艇カノを抱えています。小艇の方は無人です。そして、艦載艇が小艇を発射するのです」旗艦艦長が報告する

「無人では操縦できないのではないのか」ルイ・マレーが訊ねた。彼は海軍司令長官(amiral de France)という役職についている。

「ところが、これがことごとく、こちらのガレー船に命中してくるのです。発射の時は逸れていても、悪魔が操っているように旋回し、衝突、爆発します。我が方の艦隊は、これで浸水しました」

「どれくらいの距離から発射してくるのか」

「五十トワーズくらいです」

 トワーズは古い長さの単位だ。約一.九五メートルである。当時のフランスでは、まだ『ひろ(fathom)』は一般的ではない。

「と、いうことは、こちらのガレーの砲で、その連絡艇に命中させることは困難だと言いたいのだな」ルイ・マレーが艦長に尋ねる。

「はい、十発、いや、二十発撃って、一発あたればいいほうでしょう」

 ルイ・マレーは暗に、部下の艦長に落ち度がない、と誘導していた。


「そんな距離から確実に小舟を命中させるとは、どうやっているのか」国王が尋ねる。

「それは、分かりません」


「では、もう一つ聞く。もう一度彼らと海戦をおこなったとして、どのように戦えば勝てると思うか」

「まったく勝てる方法を思いつきません。敵は遠方から小艇を発射してきますし、こちらよりはるかに高速で航行します。どうにもなりません」


 どのような風向きであれ、ガレー船の全力櫂漕かいそうより高速に移動し、遠距離から無人の爆弾船を発射してくる、しかもそれが百発百中だというのだ。手も足も出ないのは、海戦を知らない国王にも理解できた。


「当面は、海上でカターダ・ショテンと戦うことは避けた方がよさそうだな」ルイ王が言った。

「そのようですな。それと、恐れながら、カタダ・ショーテンです」ルイ・マレーが訂正した。

「そうか」


「では、次は陸上おかの方の情勢ですが」これは大元帥だいげんすいのピエール・ド・ロアン=ジーエだった。彼はこのしばらく後にフランス王宮内の権力闘争に敗れて失職するのであるが、この時はまだ健在である。


「新教徒の勢力ですが、思っていたよりも優勢です。最も重要なのはノルマンディーとロワール川沿岸です。ノルマンディーの海岸線は新教徒に抑えられました。どの港も新教徒の支配下にあります」

「なぜ、それほど新教徒が強いのだ」王が尋ねる。

「都市です。新教はまず、都市の商人、職人に拡がりました。彼らは経済力を持っています。そして、ノルマンディーではしきりにイングランドと交易し、富を蓄えました。その富で戦っているのです」

「最近は商人、職人だけではあるまい」

「はい、貴族にも新教徒は増えています。人文主義の薫陶くんとうを受けた貴族は、新教徒、ないしは新教徒ではなくとも彼らに同情的です」

「そうであろうな」

「最近は南部のドーフィネ、プロヴァンス、ラングドック、このあたりは地中海沿岸ですな、の港町を次々と手に入れています。そしてピレネーのベアルン、大西洋岸のギュイエンヌ、ポワトゥーに到るまでの四十程の都市が新教徒に占領されております」

「ベアルンはピレネー山麓さんろくではないか、そんなところでも新教徒が優勢なのか」

「最近は農民の中にも信者が増えているそうです」

「思っていた以上の勢いだな」

「そして最重要なのがロワール川沿岸です。オルレアンが新教徒の手に渡りました」

「オルレアンが」


 オルレアンといえば、ルイ王の宮廷のあるブロワから六十キロメートル程の距離である。カトリックの最大拠点パリとの間にある街だった。


 フランス国王ルイ十二世が、家臣に気取られないように、心の中でそっと溜息ためいきをつく。

 海戦には大負けする。教皇からは先祖の借金の利息支払いを迫られる。それも莫大な額だ。そして、国内は内戦状態だった。


 踏んだり蹴ったりである。


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