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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 2
635/641

爆沈 (ばくちん)

 その爆発音は、『金剛こんごう』の片田のところにも響いた。

「あれは」片田が少し驚く。

「おそらく、火薬の爆発でしょうな」『金剛』艦長の金口かなぐち三郎が言った。

「どの船だ」

「さて、接近してみましょうか」

「そうしてくれ」


『金剛』は、第一戦隊の旗艦きかんだ。第一戦隊の現在の任務は無防備な魚雷艇母艦『翔鶴しょうかく』と二隻の魚雷運搬船の護衛だった。

 護衛には、戦艦『金剛』と『比叡ひえい』、それに巡洋艦の『青葉あおば』と『衣笠きぬがさ』があたっていた。


 片田順は、大将のうつわではない。『良きに計らえ』と言えないのだ。そのことは、艦長の三郎も知っていた。なので、彼が“接近してみましょうか”と言ったのは、彼の性格を知ったうえでのことだ。


 いま、ガレー船団との戦場には緊急の判断を要する要素はなさそうだった。金口三郎が無線室に行き、『比叡』に戦隊旗艦の役割を渡した。

 指揮権を引き渡したのち、『金剛』に旋回を指示した。『金剛』が単艦で、爆発現場に向かう。


 半壊した帆船が一隻と、その周囲に大量の破片が浮かんでいた。


 近づくと、イングランドの三番艦『ソブリン』が旗旒きりゅう信号を揚げて来た。


『ワレニ接近セヨ』


『ソブリン』はブルターニュの『ネフ・ド・ルーアン』と白兵戦を行っていたのだが、爆発を見て、『ネフ・ド・ルーアン』から離れていた。


『ソブリン』が言うには、このようなことがあったそうだ。

イングランドの『リージェント』がブルターニュの旗艦『マリー・ラ・コルドリエール』と接舷戦を行っていた。

 ところが、『マリー・ラ・コルドリエール』が突然、大爆発を起こして四散してしまった。恐らく火薬庫に火がはいったのであろう。

『リージェント』は爆発に巻き込まれて半壊したそうだ。


『ソブリン』の向こう側に浮かぶ『リージェント』の方を見ると、周囲の破片に交じって生存者が浮いているようだった。

『リージェント』がまもなく沈むのも、あきらかだった。


 周囲を見回すと、ブルターニュ側は、旗艦を喪失したので、士気が鈍っているようだった。戦闘に加わっていない後続の艦は北に針路を変えていた。


「救助に向かいますか」金口三郎が尋ねる。

「そうしよう」


『ソブリン』にそう伝え、『リージェント』に寄せ、連絡艇を降ろした。


 上甲板で『ふう』が発明した簡易救命具に空気を入れて海面に降ろす。連絡艇が船外機を使ってそれを『リージェント』の浮かぶあたりまで曳いていった。

『ふう』は二百メートルの救命具を設計していたが、実際に牽引させてみると、その長さでは牽引が難しかった。

 人が二百人もしがみついた救命具を曳くと、救命具の端が破損してしまう。


 なので、五十メートルに切り詰めたものを使っている。連絡艇が微速で進むと、海水に投げ出されていた生存者が救命具に左右からしがみついてくる。

『リージェント』の船内にいて助かった者もいる。彼らは残骸となった舷縁から海水に飛び込み、泳いでくる。


 不思議だったが、海面に死者の姿はなかった。『マリー・ラ・コルドリエール』の船員五百名と乗客三百名はどこにいったのだろう。


 実は、人間の体は海水より重い。海水の比重は一立方センチあたり、一.〇二五グラムくらいだが、人体は平均で一.〇五くらいである。

脂肪は例外的に軽く〇.九二だが、筋肉や内臓、血液は一.〇五~〇六、骨は重く、一.七から二.〇グラムもある。

海水浴で海に浮かんでいられるのは、肺の空気のおかげだ。


 四散してしまった彼らの遺骸は、二度と浮かび上がってくることはないであろう。




 自力で動ける遭難者は連絡艇から縄梯子なわばしごを使って上甲板に上がってくる。ケガをしている者は、り降ろされた担架たんかに乗せられて上がってきた。


 甲板上で抱き合う。肩を叩く。握手をする姿が見られた。担架で上げられてきた者が、甲板上の水兵に握手を求めていた。


 ブルターニュの旗艦では直前までうたげを行っていた。屋台に出された料理は、艦内の調理室で料理されたものだったにちがいない。

 つまり直前まで炉に火が入っていたのだ。

 戦闘が始まると、炉の火は消すことになっている。それが間に合わなかったのかもしれない。または、急に下甲板に降ろされた乗客が邪魔になって、消火が出来なかったのかもしれない。



 

 この『マリー・ラ・コルドリエール』の爆沈と、『リージェント』の被災は一五一二年の『サン・マチューの海戦』で実際に起きたことを元にしている。

 ただ、なぜ女性を含む三百名もの乗客が乗っていたのか、なぜ火薬庫が爆発したのか、不明なことが多い。


 この事件は後に詩になり、伝説となった。フランスとブルターニュの統一の象徴にもなっている。

『コルドリエール』の艦長、エルヴェ・ド・ポルツモゲールが、拿捕だほされるのを避けるために自爆させたという話まで出てくる。

 このためポルツモゲールはフランスの英雄になった。

 二〇一九年に退役したフランス海軍駆逐艦『プリモゲ』は彼の名前から命名されていた。同名のフランス軍艦としては六代目である。いかに彼がフランス人に愛されているかわかる話だ。

 現代の『プリモゲ』はブレスト港に配備され、対潜水艦戦を主任務にしていた。


 二〇一八年、フランス政府は、このとき沈没した両艦の残骸を捜索していると発表した。


フランスの駆逐艦「プリモゲ」ですが、日本語版Wikiでは書かれていませんが、フランス語版Wikiには2019年退役、とされていましたので、本文はそれに従いました。


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