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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 2
634/641

片舷斉射

 魚雷艇が無数に疾走しっそうする戦場とは別に、もう一つの海戦が始まっている。イングランド艦隊とブルターニュ艦隊の戦闘だ。

 それはブレスト港から出てくるブルターニュ艦隊の先頭を、イングランド艦隊が南から阻止したことにより火蓋ひぶたが切られた。


 イングランド艦隊の先頭は『リージェント』で、その後に『ソブリン』が続いた。イングランドの旗艦は『メアリー・ローズ』ではなかったのか?


 その『メアリー・ローズ』は最後尾にいた。艦隊司令のエドワード・ハワードは『メアリー』に新しい戦術を取らせようと考えている。

 そして、艦隊の指揮を一時的に『リージェント』艦長のトーマス・ナイヴェットに預けていた。


 『リージェント』が先頭の『マリー・ラ・コルドリエール』に襲い掛かる。一方の『マリー』はブルターニュの旗艦だ。大きい。『リージェント』は相手が風上側に針路を変えようとするところに、斜めから船体をぶつけた。

 両者の帆桁ほげた索具さくぐがぶつかり、絡み合う。互いに鉤縄かぎなわを投げて、相手の舷を引き寄せた。

 彼らは伝統的な艦上の白兵戦を行おうとしている。


 ブルターニュの二番艦は『プティット・ルイーズ』だった。『ソブリン』の艦長チャールズ・ブランド_はこれを攻撃しようとした。しかし『ルイーズ』は組打ちをしている『マリー』と『リージェント』の風下を回り、『ソブリン』を避けた。

『ソブリン』は代わりにブルターニュの三番艦『ネフ・ド・ルーアン』を攻撃した。


 以下のイングランド艦も、次々と出てくる艦と一騎打ちを始める。


 イングランドの司令官エドワード・ハワードが『メアリー・ローズ』艦長のトーマス・ウィンダムに指示する。

「一隻だけ抜け出してきた艦は、おそらく『プティット・ルイーズ』だろう。あれを標的にする」

「どちら側で戦われますか」艦長が尋ねる。

「右舷舷側砲を使おう」


 エドワード・ハワードは、喫水線近くの下甲板に並べられている巨砲、カルバリン砲の一斉射撃の威力を確かめようとしている。

「どれくらいの距離で戦われるおつもりですか」艦長がさらに尋ねる。

「十二ファゾムだ(a dozen fathoms)」

「十二ですか」艦長が応える。こころなしか不安そうだった。

 一ファゾムは六フィート、約一.八三メートルだ。十二ファゾムならば二十二メートル程になる。帆桁が接するようなことはないが、至近距離である。

 そのような距離で、巨砲を撃とうと言うのか。

 そして、その場合、相手側にどのような損害を与えるのであろうか。艦長が想像した。


 それが、まさに司令官エドワード・ハワードの知りたいことだった。『メアリー・ローズ』はイングランド初の舷側砲搭載艦だった。

カルバリン砲の斉射で、敵艦は沈めることができるのか。できるとしたら、何回の斉射が必要なのか。


 ブルターニュの『ルイーズ』は、目の前を右から左へ、つまり東のブレスト港から西のガレー船団に向かって進んでいる。

 艦長トーマス・ウィンダムが風上側から、『メアリー』を『ルイーズ』に被せるように接近させ、左舷舵を一杯に切らせる。


 ブルターニュ艦が目の前に迫って来て、視界の右側に移動してゆく。ぶつかるのではないか、その寸前に両艦が平行になった。

 『ルイーズ』側から小口径砲が散発的に発射されてくる。


「やりますか」艦長がエドワード・ハワードに尋ねる。

「やれ」


砲術長ほうじゅつちょう、右舷砲、一斉斉射」艦長が叫ぶ。片舷四十門の砲が火を噴いた。

 下甲板の六門のカルバリンの弾丸は、そのまま『ルイーズ』の舷側に六つの大穴を開けた。

 小口径砲が幾つもの小さな穴を舷側に穿うがち、散弾が帆を破り、張っていた索具をはじけさせた。


 艦長が左舵を指示し、『メアリー』が少し風上に逃れる。そして司令官に言った。

「再度行いますか」

「うむ、敵が航行不能になるまで繰り返してみてくれ」

「砲術長、右舷、砲撃用意」艦長が砲術長に向かって叫ぶ。


 もう一度『メアリー』が右舷一斉斉射を行う。


「案外沈まないものだな」エドワード・ハワードが艦長のトーマス・ウィンダムに言った。そのとき、『ルイーズ』が右旋回を行う。たまらずに風下に逃げようというのだろう。


「逃げる、ということは、こちらからは見えないが、なにかの損害をあたえているのかもしれんな」ハワードが言う。

「艦の傾きが正常に戻れば、浸水が始まるかもしれません」艦長がそれに応えた。

 いま『ルイーズ』は左舷側から風を受けて西に航行している。なので、右舷側を下げ、左舷側を上げるような形で傾いている。

 彼女が風下側に右旋回すると、この傾きが無くなり、ほばしらが垂直になる。

 そうすると、左舷舷側に開いた穴から海水が浸入するのではないか、と言っている。


「追跡しますか」

「もちろんだ、追ってくれたまえ。帆を何枚か失っているので船足が落ちているだろう。もう一度斉射する機会があるかもしれん」


 そのときだった。


 突然、猛烈な爆発音が響く。エドワードとトーマスが、二人の立つ艦尾楼かんびろうで後ろを振り向く。

 大きな黒煙が海上に立ち上っていた。イングランドとブルターニュが戦闘中の海域だった。


「あれはなんだ」とエドワード。

「あれは、火薬庫が爆発したのでしょうか」艦長のトーマスが言う。


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