片舷斉射
魚雷艇が無数に疾走する戦場とは別に、もう一つの海戦が始まっている。イングランド艦隊とブルターニュ艦隊の戦闘だ。
それはブレスト港から出てくるブルターニュ艦隊の先頭を、イングランド艦隊が南から阻止したことにより火蓋が切られた。
イングランド艦隊の先頭は『リージェント』で、その後に『ソブリン』が続いた。イングランドの旗艦は『メアリー・ローズ』ではなかったのか?
その『メアリー・ローズ』は最後尾にいた。艦隊司令のエドワード・ハワードは『メアリー』に新しい戦術を取らせようと考えている。
そして、艦隊の指揮を一時的に『リージェント』艦長のトーマス・ナイヴェットに預けていた。
『リージェント』が先頭の『マリー・ラ・コルドリエール』に襲い掛かる。一方の『マリー』はブルターニュの旗艦だ。大きい。『リージェント』は相手が風上側に針路を変えようとするところに、斜めから船体をぶつけた。
両者の帆桁や索具がぶつかり、絡み合う。互いに鉤縄を投げて、相手の舷を引き寄せた。
彼らは伝統的な艦上の白兵戦を行おうとしている。
ブルターニュの二番艦は『プティット・ルイーズ』だった。『ソブリン』の艦長チャールズ・ブランド_はこれを攻撃しようとした。しかし『ルイーズ』は組打ちをしている『マリー』と『リージェント』の風下を回り、『ソブリン』を避けた。
『ソブリン』は代わりにブルターニュの三番艦『ネフ・ド・ルーアン』を攻撃した。
以下のイングランド艦も、次々と出てくる艦と一騎打ちを始める。
イングランドの司令官エドワード・ハワードが『メアリー・ローズ』艦長のトーマス・ウィンダムに指示する。
「一隻だけ抜け出してきた艦は、おそらく『プティット・ルイーズ』だろう。あれを標的にする」
「どちら側で戦われますか」艦長が尋ねる。
「右舷舷側砲を使おう」
エドワード・ハワードは、喫水線近くの下甲板に並べられている巨砲、カルバリン砲の一斉射撃の威力を確かめようとしている。
「どれくらいの距離で戦われるおつもりですか」艦長がさらに尋ねる。
「十二ファゾムだ(a dozen fathoms)」
「十二ですか」艦長が応える。こころなしか不安そうだった。
一ファゾムは六フィート、約一.八三メートルだ。十二ファゾムならば二十二メートル程になる。帆桁が接するようなことはないが、至近距離である。
そのような距離で、巨砲を撃とうと言うのか。
そして、その場合、相手側にどのような損害を与えるのであろうか。艦長が想像した。
それが、まさに司令官エドワード・ハワードの知りたいことだった。『メアリー・ローズ』はイングランド初の舷側砲搭載艦だった。
カルバリン砲の斉射で、敵艦は沈めることができるのか。できるとしたら、何回の斉射が必要なのか。
ブルターニュの『ルイーズ』は、目の前を右から左へ、つまり東のブレスト港から西のガレー船団に向かって進んでいる。
艦長トーマス・ウィンダムが風上側から、『メアリー』を『ルイーズ』に被せるように接近させ、左舷舵を一杯に切らせる。
ブルターニュ艦が目の前に迫って来て、視界の右側に移動してゆく。ぶつかるのではないか、その寸前に両艦が平行になった。
『ルイーズ』側から小口径砲が散発的に発射されてくる。
「やりますか」艦長がエドワード・ハワードに尋ねる。
「やれ」
「砲術長、右舷砲、一斉斉射」艦長が叫ぶ。片舷四十門の砲が火を噴いた。
下甲板の六門のカルバリンの弾丸は、そのまま『ルイーズ』の舷側に六つの大穴を開けた。
小口径砲が幾つもの小さな穴を舷側に穿ち、散弾が帆を破り、張っていた索具をはじけさせた。
艦長が左舵を指示し、『メアリー』が少し風上に逃れる。そして司令官に言った。
「再度行いますか」
「うむ、敵が航行不能になるまで繰り返してみてくれ」
「砲術長、右舷、砲撃用意」艦長が砲術長に向かって叫ぶ。
もう一度『メアリー』が右舷一斉斉射を行う。
「案外沈まないものだな」エドワード・ハワードが艦長のトーマス・ウィンダムに言った。そのとき、『ルイーズ』が右旋回を行う。たまらずに風下に逃げようというのだろう。
「逃げる、ということは、こちらからは見えないが、なにかの損害をあたえているのかもしれんな」ハワードが言う。
「艦の傾きが正常に戻れば、浸水が始まるかもしれません」艦長がそれに応えた。
いま『ルイーズ』は左舷側から風を受けて西に航行している。なので、右舷側を下げ、左舷側を上げるような形で傾いている。
彼女が風下側に右旋回すると、この傾きが無くなり、檣が垂直になる。
そうすると、左舷舷側に開いた穴から海水が浸入するのではないか、と言っている。
「追跡しますか」
「もちろんだ、追ってくれたまえ。帆を何枚か失っているので船足が落ちているだろう。もう一度斉射する機会があるかもしれん」
そのときだった。
突然、猛烈な爆発音が響く。エドワードとトーマスが、二人の立つ艦尾楼で後ろを振り向く。
大きな黒煙が海上に立ち上っていた。イングランドとブルターニュが戦闘中の海域だった。
「あれはなんだ」とエドワード。
「あれは、火薬庫が爆発したのでしょうか」艦長のトーマスが言う。




