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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 2
633/641

魚雷戦 (ぎょらいせん)

風は南風だ。ガレー船団は右からの風を受けて、東に向かっている。目指しているのはブレスト港につながる狭い海峡の入口だ。


今、ガレー船団の目の前を、左から右に、黒煙を吐く艦隊が進んでいるのが見える。向かい風に向かって航行している、ということだ。


帆船乗りの本能だ、彼らは風上に向かって舵を切る。面舵おもかじである。




翔鶴しょうかく』から石出いしで小隊の魚雷艇が飛び出してくる。魚雷運搬艦で魚雷を装着し、ガレー船団に向かう。

 風上に向けて右旋回するガレー船団は、小隊に左舷の舷側を見せ始めている。

 これはポルトガルの旗をひるがえしている船団だった。


 先頭を行く石出の藤次郎が魚雷艇の上で立ち上がり、左腕を斜め上に、右腕を斜め下にする。

 彼の小隊に『斜線陣エシュロン』を指示した。


 力漕りきそうしながら南東に進むガレー船団と魚雷艇小隊の距離が百メートルを切った。両者は南東=北西の平行線をなしている。


 ガレー船の兵士たちは、この小舟の接近を不思議に思っている。どうも乗員は二名しかいないようだ。これで白兵戦に持ち込もうと言うのか。彼らの常識ではそれしか考えられない。

 どうみても、彼らの方が不利だ。何をしようとしている。


 藤次郎が腕を真上に挙げ、さらに前方に降ろす。『発射』の合図だ。


 彼の小隊が一斉に魚雷を発射する。彼自身も先頭のガレー船に向けて魚雷を発射する。魚雷が煙を上げながらガレー船に向かう。

 この煙がやっかいだった。洲本すもと工廠こうしょうは、なるべく煙の出ない火薬を開発してくれているが、それでも無煙むえんというわけにはいかない。

 今、風は向かい風だ。すべてが発射した魚雷艇の方に流れてくる。


 魚雷艇の操舵士が、煙を避けるため、すこし左に舵を切る。魚雷が三十ノットの高速度でガレー船に接近してゆくのが見える。


 魚雷の推進薬の持続時間は二十秒だ。これほどの高速で航行していると、一度外れると、二度目はない。慎重に無線操縦装置を操る。


 藤次郎の視線の先で、ガレー船団の先頭艦に、彼の魚雷が命中する。大きな水柱が立ち、ガレー船がわずかに左に傾く。

 浸水したな、藤次郎が思った。


 その右手で、次々と彼の部下が発射した魚雷が命中する。


“俺は合図をした後に発射した。彼らより少し遅れたはずだ。それなのに、自分の魚雷の方が早く命中している。ちょっと勇み足だったか”一瞬だったが、そんな思いが頭をかすめた。

 藤次郎が後ろに振り向き、彼の操舵士に向かって言った。

「あまり飛ばし過ぎるな」

 操舵士がわかったと左手をあげる。


 魚雷はまだ三発残っている。藤次郎が脇の無線で小隊に命令する。

「ガレー船団の前面を突っ切って、反対側に出る。次の雷撃は敵の右舷側から行う」

 小隊配下の魚雷艇が応答する。

「石出・フタ、了解」

「石出・、了解」

……


 無線と合図を使い分けている。皆が藤次郎の方を見ていることがわかっていて、簡単な命令のときには手で信号を発信し、内容が複雑な場合には無線を使う。


 魚雷艇の方は、魚雷を抱えていても十五ノット以上が出せる。それに対してガレー船はせいぜい三から六ノットだ。

 いま、右外側の『一番魚雷』を発射済みなので、左側が重い。右旋回ではなく、左旋回して一度ガレー船団と反航し、次の標的に狙いを定める。

 

 次はスペインの旗を揚げる船団だった。これも次々に水柱を上げていく。二隻は火薬庫か、あるいは厨房ちゅうぼうの近くに命中したらしい、火災をおこした。

 ガレー船の戦闘は敵艦に乗り込んで行う白兵戦だ。貯蔵する火薬量が少ないのかもしれない。


 一時間の戦闘で、カトリック側のガレー船の七割以上が行動不能になった。当時のガレー船は木造部分がほとんどなので、浸水してもすぐには沈まない。

 船足の止まったガレー船がほとんどだった。


 沈没はしないが、ほぼ行動不能だった。

 使いにくいであろうが、帆走はある程度できる。しかし、浸水している甲板上では操帆そうはんするにしても動きにくいだろう。

 舵を破壊されていたら、あるいは操舵ができなくなっていたら、帆の機能は半減する。


 また、漕走そうそうも、わずかにできるかもしれない。下段の櫓は海中に没しているだろうが、最上段の櫓は使えそうだ。

 

 多少動くことはできるかもしれないし、その上で小型火器の発砲くらいはできるかもしれない。しかし実質的に戦闘行動は不可能だった。



 藤次郎達の小隊も当初に装填した四本の魚雷を撃ち尽くした。魚雷運搬艦に戻り、再装填を行うことにする。次の装填は二本で十分だろう。


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