魚雷戦 (ぎょらいせん)
風は南風だ。ガレー船団は右からの風を受けて、東に向かっている。目指しているのはブレスト港につながる狭い海峡の入口だ。
今、ガレー船団の目の前を、左から右に、黒煙を吐く艦隊が進んでいるのが見える。向かい風に向かって航行している、ということだ。
帆船乗りの本能だ、彼らは風上に向かって舵を切る。面舵である。
『翔鶴』から石出小隊の魚雷艇が飛び出してくる。魚雷運搬艦で魚雷を装着し、ガレー船団に向かう。
風上に向けて右旋回するガレー船団は、小隊に左舷の舷側を見せ始めている。
これはポルトガルの旗を翻している船団だった。
先頭を行く石出の藤次郎が魚雷艇の上で立ち上がり、左腕を斜め上に、右腕を斜め下にする。
彼の小隊に『斜線陣』を指示した。
力漕しながら南東に進むガレー船団と魚雷艇小隊の距離が百メートルを切った。両者は南東=北西の平行線をなしている。
ガレー船の兵士たちは、この小舟の接近を不思議に思っている。どうも乗員は二名しかいないようだ。これで白兵戦に持ち込もうと言うのか。彼らの常識ではそれしか考えられない。
どうみても、彼らの方が不利だ。何をしようとしている。
藤次郎が腕を真上に挙げ、さらに前方に降ろす。『発射』の合図だ。
彼の小隊が一斉に魚雷を発射する。彼自身も先頭のガレー船に向けて魚雷を発射する。魚雷が煙を上げながらガレー船に向かう。
この煙がやっかいだった。洲本の工廠は、なるべく煙の出ない火薬を開発してくれているが、それでも無煙というわけにはいかない。
今、風は向かい風だ。すべてが発射した魚雷艇の方に流れてくる。
魚雷艇の操舵士が、煙を避けるため、すこし左に舵を切る。魚雷が三十ノットの高速度でガレー船に接近してゆくのが見える。
魚雷の推進薬の持続時間は二十秒だ。これほどの高速で航行していると、一度外れると、二度目はない。慎重に無線操縦装置を操る。
藤次郎の視線の先で、ガレー船団の先頭艦に、彼の魚雷が命中する。大きな水柱が立ち、ガレー船がわずかに左に傾く。
浸水したな、藤次郎が思った。
その右手で、次々と彼の部下が発射した魚雷が命中する。
“俺は合図をした後に発射した。彼らより少し遅れたはずだ。それなのに、自分の魚雷の方が早く命中している。ちょっと勇み足だったか”一瞬だったが、そんな思いが頭をかすめた。
藤次郎が後ろに振り向き、彼の操舵士に向かって言った。
「あまり飛ばし過ぎるな」
操舵士がわかったと左手をあげる。
魚雷はまだ三発残っている。藤次郎が脇の無線で小隊に命令する。
「ガレー船団の前面を突っ切って、反対側に出る。次の雷撃は敵の右舷側から行う」
小隊配下の魚雷艇が応答する。
「石出・二、了解」
「石出・三、了解」
……
無線と合図を使い分けている。皆が藤次郎の方を見ていることがわかっていて、簡単な命令のときには手で信号を発信し、内容が複雑な場合には無線を使う。
魚雷艇の方は、魚雷を抱えていても十五ノット以上が出せる。それに対してガレー船はせいぜい三から六ノットだ。
いま、右外側の『一番魚雷』を発射済みなので、左側が重い。右旋回ではなく、左旋回して一度ガレー船団と反航し、次の標的に狙いを定める。
次はスペインの旗を揚げる船団だった。これも次々に水柱を上げていく。二隻は火薬庫か、あるいは厨房の近くに命中したらしい、火災をおこした。
ガレー船の戦闘は敵艦に乗り込んで行う白兵戦だ。貯蔵する火薬量が少ないのかもしれない。
一時間の戦闘で、カトリック側のガレー船の七割以上が行動不能になった。当時のガレー船は木造部分がほとんどなので、浸水してもすぐには沈まない。
船足の止まったガレー船がほとんどだった。
沈没はしないが、ほぼ行動不能だった。
使いにくいであろうが、帆走はある程度できる。しかし、浸水している甲板上では操帆するにしても動きにくいだろう。
舵を破壊されていたら、あるいは操舵ができなくなっていたら、帆の機能は半減する。
また、漕走も、わずかにできるかもしれない。下段の櫓は海中に没しているだろうが、最上段の櫓は使えそうだ。
多少動くことはできるかもしれないし、その上で小型火器の発砲くらいはできるかもしれない。しかし実質的に戦闘行動は不可能だった。
藤次郎達の小隊も当初に装填した四本の魚雷を撃ち尽くした。魚雷運搬艦に戻り、再装填を行うことにする。次の装填は二本で十分だろう。




