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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 2
632/641

『マリー・ラ・コルデリエール』

「あの船は、なんだ」

「左に進んでいるぞ、南風なのに」風上に向かって船が進んでいる、と言いたいのだろう。


『マリー・ラ・コルデリエール』甲板上の乗客が、いぶかしんだ。


 急に現れた七隻の中に、三隻の大型艦がある。一隻の船尾から何かが海水中に飛沫しぶきを上げて落ちる。それが幾つも続いた。


 豆粒のような、それは小舟らしかった。白波を蹴立けたて、見たこともないような速度で海面を進んでいく。


 そして、小型の船に舳先へさきを寄せ、何かを取り付けている。


 両舷を膨らませた小舟がガレー船の方に針路を向ける。遠目に、二十そうもあろうか。


「何をやっているんだ」

「なんか、小さな船のようだが、あんなものでガレー艦に寄せてどうするんだろう」


 彼らの所からでは、遠すぎて何がおきているのか、よくわからない。少しすると、船団の先頭のガレー船が水柱みずばしらに包まれた。


「爆発しているのか」

「さてなぁ、どうじゃろ」


 周囲のガレーにも水柱が立つ。それが幾つも続いた。


「遠くてわからないが、船足が鈍ったようだぞ」

「そのようだ。正面のガレーは遅くなっている」

「火事になっている船もあるようだ、黒い煙が上がってきた」


『マリー・ラ・コルデリエール』上のブルターニュ艦隊司令が上に向かって叫んだ。

「トップ・マスト、何が起きているか報告しろ」


「敵艦七隻、北から南に航行中です。なにか小舟のようなものを多数出しました。その小舟が、さらに小さい小舟をガレーにぶつけています。わかることは以上です」

「我が方のガレーの様子を知らせよ」

「帆は上げていますが、先頭の十数隻の船足が落ちて、後方との距離が縮まっています。浸水しているのかもしれません」

「なんだと、浸水しているのか」

「そのようです、あ、幾つかが『航行困難』の旗旒きりゅうを上げました。やはり浸水のようです」


「敵艦の船型は、わかるか」

「カターダ・ショーテンの船だと思われます。中央に煙突。黒煙を出しています」

「大きさは」

「三隻は大きいです。『マリー』の二倍。残り二隻は同じくらい。あと小さいのが二隻です」


 次いで司令がマストの先端を見る。旗は南から北に流れている。出撃はできる。そして艦長に向かって言った。


「艦尾砲、空砲二回発射、全艦に知らせろ、戦闘を行う。号鐘ごうしょうも鳴らせ」

 艦長が了解し、発砲および、戦闘旗の掲揚を命じた。

 艦長はさらに、弾薬、火縄の配備を命じ、ハンドガンと呼ばれている小型榴弾砲の位置を指定した。

「副長、全員に武器を配布、船医、負傷対応準備だ」


「どのような形にいたしますか」当座の命令を放った艦長が司令に尋ねる。

「『マリー』が先頭の縦列だ。戦闘力の順についてこさせろ」


「乗客については、いかがいたしましょう」三百人もの町の名士が乗っていた。

「このような場合だ、かまっていられん。乗せたまま行く。目の前で味方がやられているんだ」

「乗せたまま、でありますか」

「そうだ。しかたあるまい。客はみな下甲板に降ろせ。町長マイヤーの奥方など、身分の高い女性は『婦人の隠れ場所ルトレ・ド・ダーム』にお連れしろ」

『婦人の隠れ場所』というのは、一般的ではないが、だいたい船尾の船倉部分のことである。当時の帆船で最も安全な場所とされていた。


 上甲板が混乱状態になる。

 上等な服を身に着けた紳士が下甲板に降ろされる。貴婦人がネズミの巣窟に押し込まれる。甲板に頭をぶつけ、洒落しゃれた帽子が、どこかに飛んでいく。ドレスの裾が裂けた。

 甲板に不満の声が満ちた。


 艦長が、抜錨、左舵、右舷開き、展帆などを指示する。水夫達が動索どうさくを曳き、帆桁ほげたきしり声をあげる。ついで、バンッという音がして、帆が風を含む。


大型艦『マリー・ラ・コルデリエール』が船首を左に回し、大西洋に向けて進み始める。


「全艦、旗艦に続け」司令官が叫び、その旨の旗旒信号が掲揚された。




 彼らの前に現れた艦隊は片田商店艦隊の第一戦隊だった。


 この戦隊の旗艦は『金剛こんごう』である。そして魚雷艇母艦は『翔鶴しょうかく』だ。

 彼らが遠目に見たのは、以下のような様子だった。


『翔鶴』が、その艦尾から次々と魚雷艇を押し出す。

魚雷艇が魚雷運搬船で魚雷を装填する。

そして、ガレー艦に向けて魚雷を発射し、無線誘導で命中させる。

ガレー艦が浸水して船足が落ちる。


彼らの所からは良く見えなかったが、第二戦隊は、ウェサン島の西を回り、ガレー船団の北側を追い越すように並行に走りながら魚雷艇を放出していた。


第三戦隊、第四戦隊はウェサン島の北側に散開して、落穂おちぼを拾う予定だ。



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