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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 2
624/641

商店街

 オルダニー島に集結した片田商店艦隊の方も見てみよう。


 片田は旧日本陸軍の出身だったが、兵の取り扱いは陸軍も海軍も似たようなものだった。


「兵卒ハ常ニ勤務訓練ニ従事セシムヘシ、無為ムイニ置クヘカラズ」


「兵卒ニ暇多キハ、私語濫発ランパツ、風紀紊乱ビンラン禍源カゲンナリ。班長ハ常ニ注意シ、適宜テキギ小事ヲ命スベシ」


 なんてことが、どこかの『提要ていよう』だか、『必携ひっけい』だか、『操典そうてん』だか、『内務令ないむれい』だかに書かれていたように思う。


 つまり、兵を暇にさせるな、ということだ。暇にさせると、ろくなことをしない、と思っていたようだ。


 三食の食事にそれぞれ一時間を費やす以外には、点呼・整列、清掃、朝礼、訓示、兵器点検、教育訓練、兵器清掃、などが続く。

 旧日本軍では、夜の二時間程度が自習や読書などに当てられる自由時間だったそうだ。


 なので、片田の艦隊も、オルダニー島で訓練を繰り返している。


 朝八時になると、魚雷艇母艦から魚雷艇が次々と海に飛び込み、模擬魚雷を標的に見立てた岩に衝突させる。

 練習用の魚雷まで用意されていた。


 堺の電子計算機が作成した兵站へいたん計画のおかげだった。魚雷からラムネまで、不足なく用意されている。

 さらに、海戦が持続した場合の物資についても、オルダニー島に向かって、インド洋を走っている。


「やったぞ!命中だ。石出いしで小隊、我に続け!」これは石出の藤次郎の叫びだ。いま、模擬魚雷を標的に命中させたばかりだった。

 藤次郎は少尉しょういとして、彼の小隊約三十名を預かっている。ずいぶんと士官らしくなった。

 自分の小隊に『石出小隊』という名前を付けたらしい。


 しかし、彼は陸戦隊りくせんたいの少尉ではなかったのか。


 魚雷艇母艦は一隻で魚雷艇を二十そうを積載できる。魚雷艇は二人が乗り組んで操作する。母艦は二隻あり、八十人の乗組員が必要だった。

 魚雷艇の出番は海戦だけだ。そのために八十人の専属の乗組員を載せておくのは、あまりにも無駄だった。

 陸戦隊の本来の任務は上陸戦闘だ。海戦時には、敵兵が乗船してこない限り仕事がない。

 そして、彼らの方針ドクトリンでは、艦船同士の接近戦を行う予定はなかった。


 したがって、陸戦隊が、海戦時には魚雷艇の操作も担当すれば、八十人を節約できる。


 ということで、藤次郎が魚雷艇を操縦している。




 沖では、やはり戦艦や砲艦が訓練を行っていた。逐次回頭、一斉回頭、砲撃を繰り返している。

 遠くから見ている分には華麗な運動であるが、中で働いている水兵達にとっては重労働であろう。




 このように書くと、片田商店軍の将兵が、いかにも謹厳実直なように感じるかもしれない。しかし、どこの国の兵もさほど違いはない。


 夜になれば、リスボンの水兵達と変わるところはなかった。


 狭いオルダニー島には、兵が遊ぶところなどない、そう思うだろう。しかし、日本側とイングランド側を隔てる急ごしらえの城壁に沿って、いつのまにかイングランド側に、いくつもの小屋が建てられている。

 夜になると、不思議なことに、イングランド側から日本側に梯子はしごが降りてくる。


 艦隊到着前から幾つかの店があったが、艦隊が来たことにより、さらににぎわうことになった。

 どの小屋も、嵐が来れば吹き飛んでしまいそうな安普請やすぶしんだ。


 そこで酒や料理が提供される。

酒が飲めない下戸げこの為には、片田商店が持ち込んだ茶やコーヒーを振舞う店もあった。

聖書や、エラスムスの『格言集』を売る書店もある。品揃えは貧弱だったが、本を求める人間は常にいる。

 シンガの監修した日英の携帯辞書はよく売れた。


花屋があり、文房具店がある。異国の女性に恋文こいぶみでも書くのだろうか。

プレゼント用の装飾品売り場まであった。


 なんだ、かんだ、でにぎやかである。

 問題が発生しない限りは、おとがめ無しだった。


 そして、翌朝。二日酔いで重い頭を抱えて出勤する。

 遅刻する不届き者もいる。懲罰ちょうばつとして、砲身磨きか、便所掃除が待っていた。


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