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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 2
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ギーズ公

 四月になった。


ルイ十二世とコンデ公は、昨夜フォンテーヌブローの狩猟館に到着している。


翌朝は朝靄あさもやだった。冬を越えた木々の梢が煙霞えんかの中に溶けている。二人の所からは見えないが、ブナやオークの新芽の香りが周囲に漂う。

同じように姿は見えないけれども、シジュウカラやツグミのさえずりが響き、枝を移動しているのだろう、風も無いのに時々水滴が落ちてくる。


 地上近くには、赤いアネモネがちらほらと花を拡げている。この花は復活祭イースターの頃に咲き始めるので、パルクフラワーと呼ばれている。

『パルク[Pasque]』とは古フランス語で『復活祭』を意味する。


 キリスト教では、『山上の垂訓すいくん』でイエス・キリストが指し示した『野の花』がアネモネと考えられているそうだ。

 キリストが処刑された日、ゴルゴダの丘に生えていたアネモネに、キリストの血がしたたり落ち、それ以後、アネモネの花は赤くなったという伝説がある。


 朝日が昇って来た。春霞はるがすみのなかに白い日輪にちりんが浮かぶ。少し離れた左手にトリニタール修道院の影が見えて来た。

 今日、あそこで、ギーズ公との調停会談が行われる。


 カトリック教徒と新教徒、両者が和解する可能性は低い。ルイはそう思っていた。しかし、せめて六月まではおとなしくしてほしい。六月の海戦に勝つか、負けるか、それはわからないが、どちらにしても、それが済めば国内に注力することができる。


 国王が、そのように考えていることをコンデ公も知っていた。問題はそれまでの間に、どれだけの新教徒が犠牲になるのか、ということだった。

 せめて、ギーズ公とカトリック教徒が地方での新教徒虐殺を停止してくれれば、国王の望みに沿うことができる。


 そして、たぶん、ギーズ公も、六月まで国王が身動きできないことを知っている。




 ギーズ公が五十名の護衛兵を連れて修道院にやってきた。残りの兵は一リュー離れた森の中にとどめている。これはコンデ公も同様だった。

 コンデ公はフォンテーヌブローに五百名を伴ってきているが大半は森に待機しており、狩猟館にはギーズ公と同数の五十名を連れてきた。

 一リューは、当時の距離の単位で、約四キロメートルの距離だ。


 三者が少数の近侍きんじを伴って修道院の中に入る。


「ヴァシーでのことを、説明してもらいたい」国王がギーズ公に求めた。

「わしがパリに向かう途中、ヴァシーの町に入ったところ、彼の地の司祭長がわしに訴えて来た。新教徒どもが、一月に陛下が発令した『宗教和解令』に反して、町の中で集会を行っている、とな」

「それで」

「陛下の命令に背いたやからを解散させようとした。陛下は両者の和解を望んでいたが、彼らがそれに背き、挑発してきたのだ」ギーズ公が言った。

「で、どうした」

「彼らがミサと称する集会を行っていた町中の薄汚い納屋に行き、解散を命じようとした。繰り返すぞ、町中だ。『和解令』では、新教徒の集会は町の外でおこなうきまりだ。中には、五百名もの背教徒どもがおった。さすがに虫唾むしずが走ったものだ」

「解散を命じたのか」

「そうだ、そうしたら、やつらは投石を始めた。ほれ、わしもここに石を当てられた」そう言って左頬を見せた。確かに傷が残っている。

「なるほど、負傷させられたのだな」

「そうだ。やつらが、わしに手を掛けた、と知った兵どもは怒り狂った。わしにも手が付けられなくなったのじゃ」

「で、五十名が死んだ、というわけだな。そのうち五名が女性で、一人が子供だったというが、それについてはどう申し開くのか」コンデ公が言う。

「むこうは五百人もいたのだぞ、当時わしが町に入れたのは二百名だった。兵も死に物狂いになる」


 この件について、これ以上追及するのは逆効果だろう、フランス国王はそう思った。


「ヴァシーの件はこれくらいにしておこう。次にヴァシーの件以後、わしは公にブロアに来るように命じた。なぜそれに背いてパリに入城し、とどまっているのか」国王が尋ねる。

「フランスにパリ以外に安全なところが無いからだ。現にパリに入るまでも、幾つもの町で異端者どもに襲われそうになった。やっとの思いでパリに逃げ込んだものだ」

 これは、半分は本当のことだった。ヴァシー事件はギーズ公より速く周囲に伝わり、ヴァシー以降のギーズ公のパリへの移動は危険な道中だった。


「では、シャンパーニュの自分の城には戻れぬ、というのか」国王が言った。

「もちろんだ、今はとてもではないがパリから動けぬ」これは、ギーズ公。

もっとも、道中が安全であっても、本人にはパリから移動する気がなかった。彼が被害者であることを認める特許状とっきょじょうの請求や、モンモラシー公を味方につける、など立場を固める活動で忙しい。


 国王はギーズ公を自国領に引き揚げさせる事で事態の鎮静化を図ろうと思っていたが、これは無理なようである。

 命の危険がある、とまで主張しているのに、無理やり帰郷させることは出来なかった。


「しかし、いまこうしている時にも、同胞どうほうが殺されているのだぞ。貴様がパリに居続けているからだ」コンデ公が堪らずに言った。

「わしがパリに居ることと、各地で異端者が駆逐されていることに、どのような関係があるのだ。いいがかりであろう。わしはパリに閉じ込められているんじゃ、新教徒とかいうやつらのせいでな」ギーズ公が怒りをあらわわにして反論する。

 ギーズ公がパリでカトリック教徒の英雄になっていることは、皆知っている。そのことでフランス中のカトリック教徒が半ば暴徒化していることもだ。


 国王が割って入る。


「ともかくも、ギーズ公。自身で教徒を扇動することは許さぬぞ」

「それは、もちろんですとも。承知しております、陛下」


 ギーズ公自らがカトリック教徒を扇動することはしない、という約束だけは取り付けた。そして、一月の『宗教和解令』が現在でも有効な事、継続して会談を持つことも決まり、少し時間を稼ぐことができた。



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