自警団
片田村の南の端に広場がある。祭りや催し物をやるところとして、整地していた。自警団は、そこで訓練を行っている。石英丸と犬丸が訪ねる。
六十歳くらいの老人と、三十歳くらいの男が、自警団に対して薙刀の稽古をつけていた。彼らは稽古を中断して、石英丸の方にやってくる。
「七郎さん、これが犬丸です。今後自警団の奉行を行います」
「ほ、さらに若い奉行を連れてきたのか。おもしろい村じゃの」七郎と呼ばれた老人が言った。彼は小山七郎という。
「犬丸殿というのか、賢そうな目をしておるの。この村の若者は、どれもこれも賢い。不思議な村じゃ、のう朝基」
「そうですね」朝基と呼ばれた男が言った。彼の名は小山朝基という。七郎の息子だとのことだ。
「なぜ、奉行を替えるのじゃ」
「私が多忙であるため、手分けをすることにしました。それ以外に理由はありません」石英丸が言った。
「そうか、では、いままでどおりのやり方で行く、ということじゃな。それでいいのか、犬丸殿」
「うん、とりあえずは、それでいいよ。まず、やっていることを見せてもらうことにする。それと、思うことがあれば、教えてほしい」
その日から犬丸は、広場の隅で、稽古の様子を見ることにした。何かの冊子を持ってきており、それを読んでいることが多かった。村内の巡回にもついて行ってみた。
「七郎さんは、なぜ片田村に居るんですか」犬丸が尋ねた。
「ここにおれば、食うに困らんじゃろう。なぜそんなことを問う」
「いや、なんとなく、ただの武士じゃないような気がしたので。もしかしたら名のある武将じゃないかと」
「犬丸殿は名のある武将にあったことがあるのか」
「十市の殿さまになら、あったことがあります」
「そうか」
「もし、そうなら、なんで村の自警団なんかやっているのかと思ったんです」
「名があるかどうかは知らぬ。戦がいやになったから、自警団をやっておるのじゃ」
「戦に出たことがあるのですか」
「ある。いやな戦であった。息子も無くした。残っているのは朝基だけじゃ」
「あの戦は、不思議じゃった。はじめは普通の戦のはずじゃったが、どんどん大きくなった。なんでそうなったのか、わからぬ。いまに、この山城、大和、河内あたりも、おなじようになるのではないかと心配じゃ」
そんな大きな戦があったのだろうか、と犬丸は思った。
「そいういえば、思うことがあれば、教えよ、と言っていたな」
「はい」
「この村は豊かな、いい村じゃ」
「そうですね」
「しかし、豊かさに比べて、守りが足らぬ」
「そうでしょうか」
「ここにいては、わからぬのも無理はないが、これほど豊かであれば、周りから狙われるものだ。今は十市播磨守がおるから、大丈夫なのであろうが、いずれ十市では手に負えぬ強いものが狙ってくるであろう」
「畠山とかですか」
「そうじゃ、そのような守護とか、あるいは幕府が狙ってくるかもしれぬ」
「それは」
「今日明日、ということではない、それは先の話じゃから安心せよ」
「しかし、片田といったかな、村長が、最近河内に新田を開いたというではないか。あちらの方は危うい」
「危ういのですか」
「そうじゃ、不自由なく村に暮らさせてもらっている、その恩返しのつもりで意見する」
「どういうことでしょう」
「河内はいま、戦場じゃ。畠山政長や筒井の軍勢が嶽山城を取り囲んで居る。もう一年以上になるであろう。加えて今までの飢饉で兵糧が足りない。飢えた兵は略奪を行うものじゃ。村長の新田は戦線のすぐ裏手にある。狙われるであろう」
新田の食堂棟が襲われた。宿直をしていた老夫婦が切られて死んでおり、倉庫の米俵が十俵ほど持ち出されていた。
傷の具合から、慣れた者の仕業と思われます、と村の警備の者が片田に報告してきた。
ついに来たか、片田は思った。しかし、おそらくまだ組織的なものではないだろう。
まず、新田に対して、応神天皇陵の外堤の内側に避難し、しばらくは夜は陵で野営させることにした。また、すみやかに住居棟と食堂棟、納屋などを陵に移築するように指示した。
次いで名張の国人達に文を送り、兵を五百名程借りることにした。彼らとはシイタケの菌床を常時提供する代りに、片田から兵を求められたときには貸し出すという約束が出来ていた。この約束により、先には十市城の戦いにも参戦していた。
犬丸が、片田に新田の警備について送った文と入れ違いに、新田に盗賊が入ったという連絡が片田村に到着した。
「七郎さんの言った通りになりました」犬丸が小山七郎に言った。
「そうか、それで村長はどうしようとしている」
「民を陵の中に入れたうえで、名張から兵を五百ほど借りて警護させるようです」
「そうか、それならば、しばらくは大丈夫であろう。しかし、これから春の麦の収穫期まで長い。心配じゃの」




