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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 2
602/608

簡易救命具

御方様おかたさまは、どのようなことをおやりになろうとしておるのかの」べん工場の親方おやかたが『ふう』に尋ねる。

『ふう』が手書きの図面を見せる。細長い帆布を筒状にしたもので、ところどころ、綴じ合わせている。

「中に空気を入れて、海中に落ちた者がつかまる『浮き袋』にする、ということじゃな。全長は二百メートルか」

「そうよ、二メートルごとに綴じ合わせて、気密を保つへやを作るの」

「で、その気密室ごとに弁を取り付けるのか」

「そうしようと思う」


「それならば、ゴム製救命艇用のバルブがいいだろう。同じような用途に使っている。一定の気圧に達したら、勝手に弁が外れるから、甲板上のとりまわしもいいじゃろ」

「似たようなものが、すでにあるのね」

「ああ、じゃが救命艇は複雑な形に裁断さいだんしたものを張り合わせるので、作るのに手間がかかる、御方様のは平たい布を縫い合わせるだけじゃ。簡単にたくさん作れるじゃろ」そういって、けい開元通宝かいげんつうほうほどの弁を取り出してきて、『ふう』に見せた。




 ゴム製救命艇を製造している工場も教えてもらう。そこに行き、やりたいことを説明する。


「つまり、長いゴム引きの筒を作ればいいんだろ、一本二百メートルくらいの」

「そう、それで、二メートルごとに気密室を作って、それぞれにこの弁を取り付けて欲しいの」

「で、それを軸に巻き付けて舶載はくさいするんだな」

「そのとおり」

「海面に広げる時に、上甲板のキャプスタンを使うことにしよう。直径は三十センチだ。『浮き袋』の厚さはそうだな、畳んだとき厚さ一センチとするか、ふちの厚みがあるからな。弁の厚みはゴムが吸収するだろうから、それほど気にしなくてもいいだろう。だとすると」そういって計算尺を出してくる。

「二百メートル巻き取ると、直径百六十センチだ。これなら船に載せることが出来るだろう。幾つ欲しいんだ」

「百本くらい作れるかしら」

「百本だと、いつまでに」

石英丸せきえいまる、艦隊はいつイングランドに出航するの」

「四月半ばには日本を出発する予定だ」

「では、それまでに」

「百日しかないな、が、まぁ、出来るだろう、加熱乾燥炉があるので一日で乾く。材料となる長尺の布を提供してくれるのなら、二、三日あれば試作品を作れる」

「布は調達してきますから、そうしたらお願いします」

「わかった、だが、百本となると、船が一艘まるまる必要になるんじゃないか」


『ふう』が石英丸の方を見る。石英丸が渋々うなずいた。




 砲艦ほうかん秋月あきづき』で、試験をすることになった。人の身長程もあるゴム製の円柱が甲板下から釣り上げられてくる。この細長い『浮き輪』は『簡易救命具』と名付けられた。

 ゴムを塗った帆布が巻き取られたものだ。六人がかりで、上甲板キャプスタンに据え付ける。

 そして、端を上甲板に引き出して広げる。圧縮空気のホースを持った水夫が、ホース先端の金具を簡易救命具の弁に取り付け、わずかに右に回す。あっというまに救命具が膨れ、カチッという音がしてホースが外れる。親方が言ったとおりだ。

 水夫が次々に弁にホースを取り付ける。膨れ上がった救命具は、舷側から海面に向けて降ろされる。救命具がつながっているので、ぶら下がり、やがて海面に着水する。

『秋月』が微速前進しているので、救命具が艦尾にさがっていく


 砲艦が推力を落とす。

 最後の一つに空気が入り、簡易救命具の端が舷側から海面に落ちた。一番最後のところには、牽引索けんいんさくが結ばれた金属の輪が取り付けられていて、そこだけ帆布が二重になっている。

 砲艦の航跡に沿って、白い帯が、まっすぐ延びているようだった。


「連絡艇二隻を降ろせ」甲板長が叫ぶ。

 それぞれ十人の水夫が乗った連絡艇が降ろされる。艇が反転して、簡易救命具の左右で止まる。水夫達が海に飛び込み、救命具につかまる。歓声が『秋月』まで聞こえる。

 救命具に馬乗りになる猛者もさが現れる。猛者が増えてくると、お互いに相手を突き落とそうとする。楽しそうである。

 救命具として使えそうであった。




「石英丸、あれ、何かに似ていない」『ふう』が、海面にまっすぐ延びる救命具を見て、うれしそうに言った。

「似ている、何に似ているんだ」石英丸が聞く。


「風力揚水機『セキエイマル号』に似ているわ」

「セキエイマル号」というのは、片田順が室町時代に来たばかりのころに石英丸と『ふう』が作ったアルキメデス・スクリュー式の揚水機のことだった。


「あれには、ずいぶんと助けられたわ」『ふう』が昔を思い出しながら言った。

「そうだったな」


 まっすぐに延びた救命具が、波の力で、しだいに形を崩してゆく。



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