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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 2
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ドイツ農民戦争

『十二か条』の要求制定と前後して、南ドイツに幾つかの武装集団が組織される。『バルトリンガー集団』、『アルゴイ集団』、『ゼーグルッペ』などである。


一五〇五年三月。

『十二か条』が定められたメミンゲンから南に四〇キロメートルほど行ったところにある町、ケンプテンで『ゼーグルッペ』が蜂起ほうきし、七〇〇〇人の農民が修道院を襲撃した。

 繰り返しになるが、史実より二十年早い。


 次いでメミンゲンの北方七〇キロメートルのライプハイムで五〇〇〇人の農民が蜂起する。彼らは丘の上に陣地を築き、荷馬車を城壁代わりにして、丘を囲む。まるで西部劇である。

 そして、その内側から火縄銃と軽砲を発射して領主軍と戦った。彼らのうちのかなりの人数がイタリア戦争に従軍した経験を持っていた。


 領主に派遣された軍は騎兵一五〇〇、歩兵七〇〇〇、野砲一八門である。不利と見た農民軍が秩序だった退却を行おうとしたが、崩れた。

 約二〇〇〇名の農民軍が負傷者を乗せた荷馬車と共に町に逃げ込む。残りはドナウ川を泳いで渡ろうとし、四〇〇人がそこで溺死した。


 さらに北方のヴァインスベルクでは農民軍が勝利した。

 領主の軍がイタリア戦争に従軍していたため、手薄だった。農民軍はヘルフェンシュタイン伯爵と七〇人あまりの貴族たちを捕虜にし、『ランニング・ザ・ガントレット(running the gauntlet)』という方法で虐殺した。

 槍を持った農民兵が向かい合って二列に並ぶ。その間に出来る道を、捕虜に反対側まで駆け抜けさせる。生き残れば解放するという約束である。

 しかし、生き残った貴族はいなかった。この事件は『ヴァインスベルクの血のイースター』として記録される。


 五月、フランケンハウゼンで、こんどは諸侯軍が農民を虐殺する。ここでの農民側の死者は三〇〇〇から一〇〇〇〇人に及んだと言われている。

 農民戦争はドイツ中部にまで拡がった。


 そして、ベーブリンゲン、ケーニヒスホーフェン、フライブルクと農民の蜂起、そしてその鎮圧ちんあつが続いてゆく。




 一五〇六年六月のオルダニー島。この緯度の六月は美しい季節だったが、ジロラモ・サヴォナローラの心は沈んでいた。

「なぜ、殺しあわなければならない」彼はうめく。机の上には、テレタイプの連帳紙を細く切り取った電信紙が置かれている。


 テレタイプの電信に印字されているのは、受信日時とローマ字で書かれた日本語だ。その右に手書きで翻訳されたラテン語が書かれている。シンガの字だった。


ベーブリンゲン、農民軍敗北、死者三〇〇〇人。

農民軍、シュヴァルツヴァルトの修道院襲撃。

農民軍、テンネンバッハの修道院襲撃。

キルツェナハに一八〇〇〇の農民軍集結。フライブルク市長は五月二十三日に降伏。

六月二十三日、プファルツ州プフェッダースハイムで大規模な衝突。ルイ王子軍勝利。


 いずれも電信用の簡潔な文章だが、その背後でおびただしい血が流れ、命が失われている。


 ジロラモ・サヴォナローラは、それまでの生涯のほとんどをフェラーラ、ボローニャ、フィレンツェで過ごしている。いずれもイタリア北部の都市である。

 電信に打たれた地名は、どこもアルプスの向こう側であり、彼は知らない。おそらく痩せて冷涼な土地なのだろう、と想像するばかりだ。

 そこで同じキリスト教徒の同胞たちが、互いに殺しあっている。


 しかも、その火を点けたのは自分だ。


 たしかに、ローマ教皇は腐敗している。ローマに従うよりも、聖書の言葉に従え、そう唱えたのは自分だ。

 しかし、それがどうしてこうなってしまうのか。




 彼の小屋のドアをノックする音がする。ジロラモがそちらに向かってぶっきらぼうに声をあげた。


「ずいぶん不機嫌そうですね」そういって男が入って来る。デジデリウス・エラスムスだった。

「うむ」ジロラモが一言、そう答える。

「落ち込んでいるんじゃないかと思って、やってきました」エラスムスが応じる。この時期、彼はロンドンのトマス・モア邸に寄宿していた。


「それは、落ち込みもするであろう。大陸がこの有様ではな」

「たしかに、そのとおりです。それであなたと話せば、なにか思いつくかもしれないと思って、やってきました。カタダ殿にも勧められています」


 エラスムスは、このあとヴェネツィアに行こうとしている。目的地はアルドゥス・マヌティウスの印刷所だ。


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