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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 2
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より上位の概念

 一五〇六年の春になった。

 レオナルド・ダ・ヴィンチが帰国する。福良ふくらの港にレオナルドと『かぞえ』が立っていた。


「竹の植え替えは春と秋がいい、っていうから、ちょうど良い季節ね」『かぞえ』がレオナルドに言った。

 近所の竹林からマダケとハチクの地下茎ちかけいを切り出し、すでに水夫箱シー・チェストに詰めて船に載せてある。

 モウソウチク(モウソウダケとも言う)は、諸説はあるが、日本への伝来が江戸時代中期と考えられているそうだ。

 レオナルドは、福良ふくらから船で洲本すもとまで行き、そこからヨーロッパに向かう。

 本当は飛行艇に乗って颯爽さっそうと去っていきたいところだが、いろいろと荷物がある。


「これが、旅行中の着替えや手拭、身の回りの物です」そういって、手伝いに雇った男が背中に背負った柳行李やなぎごおりを指さす。

 行李とは、柳などの枝を麻糸で縫い合わせて作った直方体で、底とふたの部分に分かれる。

 素材に弾力性があるため、蓋が盛り上がっている。一杯に詰まっているようだ。

「何から何まで世話になるな」と、レオナルド。

「男の人は、こういうことに気が回りませんからね」


「それから、これが種麹たねこうじ」そういって『かぞえ』が四合よんごう程の大きさの桐箱を渡す。

「種麹というのは、麹の胞子ほうしのことよ。植物の種みたいなものね」

「種麹はどうやって使うのですか」

「向こうでご飯を炊いて、人肌まで冷ましたら、その上に振りかけるそうよ。そうすれば、麹が生えてくるわ。米がなかったらムギで試してみて。私はやったことはないけど、麹屋こうじやはムギでも出来るといっていたわ」

 胞子ということは、休眠中のようなものだ。種麹のまま輸送すれば、麹として持っていくよりも確実だ。桐箱の内側に木炭を並べ、その上に和紙で包んだ種麹を乗せてある。

「向こうで味噌ができるといいわね」


「『かぞえ』師匠には大変お世話になりました」レオナルドが言う。

「お礼なんか、いいわよ。私も楽しかったし」


 そうして、二人が分かれた。レオナルドの乗った船が右に旋回して福良湾から出て行く。


『かぞえ』が家の方に向きを変えて、歩き始める。

“よし、ひさしぶりに計算をするか”、そう思った。大西洋での海戦の準備が整いつつあり、最近は計算機の能力に少し余裕が出てきていた。




 一方のレオナルド・ダ・ヴィンチ。船の上で、右から左に流れる淡路島の沿岸の景色を眺めている。


 片田順に頼まれた仕事は、それほど難しいものではない。たぶんうまくいくだろう。うまくいくだろうが……。


 で、どうなるのであろうか。『アヴィニョン捕囚ほしゅう』がまた引き起こされるかもしれない。しかし、それはそれで、教皇にとっては、いい教訓だろう。レオナルドはそう思っている。

 とにかく、いまの教皇庁は堕落している。生まれ変わらなければならない。


『アヴィニョン捕囚』とは、フランス国王の意向で、教皇座がイタリアのローマから、フランスのアヴィニョンに移された事件のことを言う。

 期間は一三〇九年から一三七七年まで約七十年間続いた。フランス国王とはテンプル騎士団を壊滅させたフィリップ四世のことだ。


 この期間の七代の教皇は全てフランス人で、枢機卿の多くもフランス人であった。すなわち、ローマ教会という『宗教的権威』がフランス国王に従属していた時期と言えるだろう。




 レオナルドは、片田からもう一つ宿題をもらっていた。片田との会話を思い出す。


「なぜ、あなた方ヨーロッパの人々は、イスラム教徒と闘い、インドで暴挙をなすのでしょうか」片田が尋ねる。

「さて、イスラムは異教だからだな。インドについてはよく知らんが、彼らも異教徒だからキリストの教えを広めて教化しなければならん、ということだろう」

「そうです、それが、ヨーロッパ人が異教徒に暴力的な接し方をする根拠です。キリスト教です」

「本来、宗教とは暴力的なものではないのだが、異教徒に対しては厳しいからな」


「ヨーロッパ人同士でも戦います。たとえば王位継承をめぐる戦いや、宗教上の戦いすらあります」

「宗教上というのは、いま向こうで始まっているローマ教皇派と新教派との戦いのことか」

「そうです」

「あれは、どうなるのか。元はといえば、ローマ教皇庁の傲慢さから始まった戦いだが」


「キリスト教徒同士が、宗教上の考え方の相違で戦っています。なんとも虚しい事です」

「たしかに、なんのために殺しあっているのか、よくわからん」


「彼らの行動の規範がキリスト教なので、そのようになってしまうのであれば、キリスト教、つまり宗教より上の概念を持たなければならないのではないでしょうか」片田が言った。


「どういうことだ」

「私にもまだ、はっきりしたことはわかりません。でも、より上位の概念を持たないと、いつまでも闘争を続けることになるでしょう。それこそ、全員が滅びるまで」

「宗教のために、全滅するというのか、本末転倒ではないか」


「はい、私は日本人です、日本人の私から見ると、どうもそのように見えるのです」


「なるほど、そんなことは考えたこともなかったが」


「私は、ヨーロッパ人ではありません。なので、彼らが納得するような仕組みを考え出すのが難しいのです。レオナルドさんが、ひとつ宗教を超える枠組みというものを考えてみませんか」片田が、そう言った。



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