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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 2
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聖年 (せいねん)

 片田から、現在のローマ法王庁のことをどう思うか、と問われたレオナルド・ダ・ヴィンチが黙る。そして、しばらく考えてから、こう尋ねた。

「カタダ殿はキリスト教徒なのか」

「いえ、違います。私は宗教にはあまり関心がありません。キリスト教に関しても中立ですし、ここで話したことを他言しません」

「そうか、ならばいいが。我々の国では宗教は一生の大事ということになっているので、少々やっかいだ」

「それは存じています。いきなり法王庁のことを尋ねたので、驚かれたと思います」


「それは驚く。不注意なことを言うと投獄とうごくされることもある」

「それも存じています。ジロラモ・サヴォナローラ殿を救出したのは我々です」

「そうなのか、そりゃあ知らなんだ。どうりで、サヴォナローラのビラパスクィナータが空から降ってくるわけじゃ。あれはお前さん方がやっておったのか」

「そういうことです」


「なるほど、カタダ殿の立場はわかった。では言おう。わしは今の法王庁、ローマ教皇はあまり良くないと考えておる。宗教の本来の目的は人間の救済と倫理じゃ」

「私もそう思います。宗教とは、つきつめれば『ぜん』を目指すものなのでしょう。キリスト教ならば、隣人を愛せよ、とか、自分がされたくないことを他人にするな、とかがそうでしょう」

「そのとおりじゃ、よく知っておるな」

「ジロラモさんから教えてもらいました」

「存じておるのか」

「はい、ジロラモさんはイングランドのオルダニー島というところで我々と共に暮らしています」

「そんなところにおったのか、で、やつめ何してる」

「聖書のトスカーナへの翻訳などをなさったり、ローマ教会を糾弾きゅうだんするビラを作成したりしています」

「なるほど、ちょっと路線を変えたというわけだな」

「人文主義者のエラスムスさんとも、ときどき話しています。エラスムスさんが島に来るのです」

「人文主義者を毛嫌いしておったのじゃがな。少しは話がわかるようになったということだな」そう言ってレオナルドが笑う。


「話を戻そう。今のローマ教会は宗教よりも金儲けに走っている。帝国内で免罪符を売りまくったり、『聖年』と称してローマに信者をおびき寄せたりしているのは行き過ぎだ」

 『聖年』というのは五十年に一度、または百年に一度の、キリスト教徒にとって特別な年のことだ。この年にローマの教会にもうでると、ほぼ全ての現世の罪が許されるとされている。つまり、普通に暮らしてきたキリスト教徒ならば天国に直行できるというわけだ。


 聖年にローマを訪れた信者は教会に多額の寄付をするし、宿泊し、飲食をするのでローマの町も潤った。

 十五世紀のローマは、人口三万人程度の村で、畜産業が主な産業だった。フィレンツェやヴェネツィア、ミラノのような産業都市ではなかった。

 そこにヨーロッパ中から、大量の信者が押し寄せるのである。『観光公害』のはしりのようなものだ。


 一四五〇年の聖年祭りでは、テベレ川に架かるサンタンジェロ橋に信者が殺到し、パニックになり二百人もの人々が踏みつぶされて亡くなったという。

 それまでの教皇の公邸はサン・ジョバンニ・イン・ラテラーノ教会に置かれていた。ところがこの年の巡礼での収益がもとになり、後に現在のサン・ピエトロ大聖堂の新築計画へとつながったとされている。

 もちろん、現在の大聖堂のほとんどの部分は後の建築であるが。


「では、宗教について、キリスト教についてはどうお考えなのでしょう」片田が言った。

「これもまた、難しい話じゃな。おぬしがフィレンツェ人だったら、喧嘩になるところじゃぞ」そうレオナルドは言ったが、日本人で、しかも宗教にあまり関心がない片田に言われても、不思議と怒りがわかない。


「はい、失礼を承知でうかがいました」

「神は信じておる。わしは物事のことわりを知ることが、神を知ることだと考えている。この世の万物は神が創造したものだからな。しかし、それだけだ」そして、続ける。

「宗教画などを描いておるが、実は聖書や教会の儀式、スコラ学にはあまり関心がない」


「そうですか」

「で、そんなことを聞いてどうする」


「じつは、私の知り合いにベレンガーリオ・サウネイロという男がいます。ポルトガル人です」

「ポルトガルと戦争中ではなかったのか」

「オルダニー島に一人でやってきたのです」

「ほう、なにしに来た」

「テンプル騎士団の借用書を手に入れたい、とのことでした」

「テンプル騎士団だと、そんな昔のことをほじくりかえして、どうしようというのだ」

「サウネイロさんはポルトガルのキリスト騎士団の騎士で、テンプル騎士団の名誉を回復したいのだと言っていました」

「借用書で名誉が回復できるのか。テンプル騎士団は二百年以上も前に消滅しているのだぞ」


 そこから、片田が声を潜める。

…………。

「なに、借用書をローマ教皇のところに持ち込む、だと」レオナルドが時折声を大きくする。

…………。

「で、わしが口添えをするというのか」

…………。

「う~む。わしにそれをやれと」

「お願いできませんか」

「そうじゃのう。いまのローマ教会の腐敗ぶりを見ると、それぐらいの荒療治あらりょうじが必要かもしれん」

「では、お願いできますか」

「やるのはいいが、こちらにも頼みがある」

「なんでしょう」

「事が済んだら、また日本に来たいのだが、いいか」


「それは、かまいませんが」

「よし、ではやってやろう」


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