編制 (へんせい)
似て非なる言葉に『編成』という言葉がある。三省堂の新明解国語辞典【第八版】で調べると、
編制 団体・軍隊などを(より大きな統一体に)組織すること。戦時-、-替え
編成 全体を見渡し、相互に矛盾のない統一ある組織にまとめ上げること。予算の-
とある。
どう違うのか、無理やり考えてみると、『編制』はあらかじめ決めてある『制式』(決まり)に合わせて個々のものを組み合わせること。『編成』は個々のものを組み上げていくことで、作業前に、あらかじめ決まっている完成形があるとは限らない。
などと言えるかもしれない。
そうすると、片田商店が大西洋に派遣する艦隊を組み上げる作業は『編制』ということになる。
まず、中核となる魚雷艇母艦が二隻ある。それぞれに魚雷を補給する魚雷運搬船二隻が付属する。
母艦と魚雷運搬船は無防備なので、母艦一隻あたり、戦艦二隻と巡洋艦二隻を充てて守備を固める。このまとまりを戦隊とする。
第一戦隊、第二戦隊ができる。
この二つの戦隊には燃料や水、食料などの補給が必要なので、輸送船団が別途必要だ。これらの守る砲艦を六隻置く。これが第三戦隊になる。
そして、最後に索敵、哨戒、追跡などを担当する砲艦を四隻置く。これが第四戦隊になる。
このようにあらかじめ決めてある。それに沿って艦を配置する。編制だ。
片田商店大西洋艦隊、編制。
●第一戦隊
魚雷艇母艦 翔鶴、魚雷運搬船二隻
戦艦 金剛、比叡
巡洋艦 青葉、衣笠
●第二戦隊
魚雷艇母艦 瑞鶴、魚雷運搬船二隻
戦艦 榛名、霧島
巡洋艦 妙高、那智
●第三戦隊(輸送船護衛)
砲艦 能代、矢矧、酒匂、大淀、香取、鹿島
●第四戦隊(索敵、哨戒、追跡)
砲艦 秋月、照月、涼月、初月
旧日本海軍の軽巡洋艦名を使い切ってしまった。なので、第四戦隊の艦名は大型の秋月型駆逐艦の艦名を使っている。
魚雷艇母艦、翔鶴と瑞鶴は瀬戸内海で試験航海中だった。金剛、青葉、衣笠は大西洋にいる。比叡と妙高、那智はインド洋にいる。榛名と霧島は由良造船所で艤装中だ。年明けには竣工する。
石英丸が魚雷の弾頭を組み立てている工場を訪ねる。今朝アンモニア工場でバルブの故障があった。午前中一杯アンモニアの製造が止まる。その影響を調べるために、魚雷製造の末端工程から順繰りに訪ねている。
工場長は机に向かって、折り紙を折っていた。
「工場長、暇そうだな。弾頭製造が止まったのか」石英丸が尋ねる。
「いや、動いているよ。動いているから俺は暇なんだ。止まったら大騒ぎだ」
「そんなもんか」
「ああ、動いてれば工場長の仕事は、出来た製品の数を数えるくらいなもんだ」
「なるほど、そうかもしれないな」
「成型火薬と信管は順調に入って来ているのか」
「ああ、どこもある程度の備蓄を持っているから、アンモニアが止まっても、ここまで影響はない」
会話が途切れる。
「ところで、前から不思議だったんだが」工場長が言いだした。
「なにが不思議なんだ」
「魚雷を数える単位のことなんだが」
「うん」
「魚雷艇は一回の出撃で四本の魚雷を装填する。だから四本で一組だ」
「そうだな」
「それをさらに四つ組にして、一締としている。十六本だ」
「そのとおりだ」
「不思議なのは、その次の単位だ。七締で、一団としている。百十二本だ。俺たちは一団を単位として納入している。なんでこんな中途半端な数字になっているんだ」
「ああ、それか。いま想定している魚雷の命中率が九割だからだ。敵艦が百隻の場合百十二本が必要だ」
「命中率が九割ならば、百十本を一団にすればいいんじゃないのか」
「それは違う。百十本では百隻を沈められない。九十九隻までだ」
「そうなのか」
「机にある対数表で、〇.九に一一一と、一一二を掛けてみるといい」
彼の机には連帳紙に印刷された対数表が置かれていた。電子計算機で直接印字した簡易版だ。
「暗算でも簡単だ、一一一は九九.九だろ。一一二は、それに〇.九を足すんだから一〇〇.八だ。ほんとだ、一一二本ないと百隻沈められないな。どういうことだ」
「こう考えるといい、百隻の敵艦に百発の魚雷を撃つ。命中率が九割だと九十隻沈んで、十隻が生き残る」
「そうだな」
「次に残った十隻に十発の魚雷を撃つ、これで百十だ。何隻残る」
「同じ九割なら一隻残るな。そういうことか」
「残った一隻に一発の魚雷だと、一割の確率で撃ち漏らす。二発の魚雷なら撃ち漏らす確率は百分の一になる。まず確実だ」
「そういうことか、それで百十二発が一団になっているのか」
「百隻というのは、あくまで目安だけどね。数えやすいから」
文中、百十二という表記と一一二とが、混在しています。これは、その方が読みやすいのではないかと思い、あえてそうしてみました。
不自然だと言うご意見があれば、修正いたします。
【蛇足】やっと、編制が連合艦隊っぽくなってきました