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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 2
584/612

工作船『明石』

『りびあ丸』の機関室が冷えたので、甲板長が降りて行った。機関長を含め、生存者はいなかった。

「こりゃあ、ひでぇ。みんなでられている」持ち込んだ電灯でんとうの線を引きずりながら、機関室の床を見回す。高温の水蒸気にやられた機関士が何人も横たわっていた。


電灯の向きを上にして、ボイラーの様子を見る。

「あれだ、どう思う」

「ボイラーが大きく裂けていますね。あれはもう使えないでしょう」非番ひばんで生き残った機関士が言った。

「交換が必要、ということか」

「そうです」

「地中海のこんなところで、代わりのボイラーが手に入るわけはない」


「工作船『明石あかし』ならば、なんとかしてくれるかもしれません」機関士が言った。

「ボイラー交換も出来るのか」

「そのように聞いています」

「すごい船だな」


 無線室に上がって来た甲板長が『衣笠きぬがさ』艦長の村上雅房まさふさに状況を説明した。

 船長と航海長は、重度の火傷やけどで、爆発からしばらくして亡くなっていた。いま、機関長の死亡も確認された。

 序列に従って甲板長が臨時で船長代行を行っている。


 それが、村上雅房により、正式に船長代行に任命される。それと同時に工作船『明石』のジェルバ島派遣も決まった。

 八ノットでジェルバ島に向けて航行する船団の後を追い、『青葉』に護衛されてジェルバ島に向かうことになる。


 翌日、『りびあ丸』の上甲板で水葬すいそう式が行われた。船長代行の甲板長が一夜漬けで覚えた念仏を唱え、手を合わせる。生き残った士官や船員達もそれに従う。

 まず、帆布に包まれた船長の遺骸いがいが舷側に置かれた板に載せられる。板が傾けられ、遺骸が海中に没した。次は航海長、機関長、当直だった機関員が続く。


 この時代、船上で死んだ者の遺骸を残しておくことはできなかったので、すみやかに水葬に付された。

 そして以前『船長は船上では王である』と書いたが、また僧侶の役も担わなければならなかった。




 ジェルバ島に到着した船団は、食料や水を補給し、持ってきた商品の一部を売却する。そうしているうちに、巡洋艦『青葉あおば』と工作船『明石』が到着した。ジェルバ島の湾に『りびあ丸』と『明石』が並んで停船している。『青葉』は湾口付近で哨戒しょうかいを始める。

『衣笠』と商船四隻はピサ、そしてヴェネツィア沖などでの交易に行くために出港していった。




「どうだ、直せそうか」『りびあ丸』の機関室に立つ甲板長が、『明石』の技師に尋ねる。

「これは、直すというより、交換だな」

「交換できるのか、代わりのボイラーを持っているのか」

「ボイラー部品から組み立てることになるが、持っていると言っていいだろう」

「しかし、こんな船尾船底にどうやってボイラーを入れる」

「船尾の下甲板かこうはんから中央部の上甲板まで、一旦剥がすことになる」

「そんなことが出来るのか」


「出来るとも、船体もシャフトも異常はない。『明石』には大小三台の電動デリックがある。甲板を順番に外していき、壊れたボイラーもり上げて取り除く。その間に『明石』の甲板上で新しいボイラーを組み立てておくので、それを入れればいい。甲板は元の通りにしてやる。注意しなければならないのは、ボイラー組み立ての際のリベット打ちだが、うちには熟練工がいる」

「そんなことして、船がもろくならないのか」

「大丈夫だ。劣化した甲板があったら新品に交換しておくから、修理前より丈夫になるだろう」

「何週間くらいかかるんだ」

「なに、六日むいかもあれば出来るだろう」


 そして、そのとおりになった。

 二日目の作業が終わった時には、三層の甲板が取り除かれて、機関室がむき出しになった。

 四日目には破損したボイラーが、『明石』で組み立てられた新品のボイラーと交換され、各部のパイプなどがつなぎ直された。

 そして、六日目の夕方までには、三層の甲板が元通りに戻されていた。


 その仕事ぶりの鮮やかさに、甲板長は自分の目を疑うばかりだった。そして、試運転をおこなうと、以前と同じように蒸気が上がった。




 なお、デリックとは起重機きじゅうきのことである。人手に余る重い物を持ち上げて移動する機械のことだ。現在ではクレーンという言い方が一般的になっている。

 もともとのデリックという言葉は、昔の帆船などがほばしらなどを利用して、ロープと滑車を組み合わせた簡易式起重機の事を言った。

『電動デリック』とは台座を持ち、電気で回転する本格的な旋回式起重機ということだ。ここまでの設備であれば、通常はクレーンと呼ぶが、太平洋戦争当時の日本海軍艦船では、伝統的に艦上の起重機の事を『デリック』と呼んでいた。


 太平洋戦争当時に実在した工作船『明石』に備えられていた五台の起重機はいずれも電動式であったので『クレーン』と呼ぶべきものであったが、当時は伝統的呼び名として『電動デリック』と呼ばれていた。


 史実の『明石』は一九四二年八月以降、トラック泊地はくちにおいて、戦艦から小型船舶までの修理に大活躍した。そのため一時はアメリカ海軍から『最重要攻撃目標』としてマークされていたという。



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