サイラス
「一番船『えじぷと丸』に発信、船団の指揮を預ける、『衣笠』は『りびあ丸』の救助を行う。要船長返信で発信せよ」村上雅房が無線室への伝声管に叫ぶ。
要船長返信とは、船長自身が無線機で直接返信せよとの指示だ。『りびあ丸』のようなことになってはいけない。
「さて、どうしたもんか」
村上雅房が航海長に言った。『りびあ丸』はどんどん減速している。いくらもしないうちに停船するだろう。ポルトガルのガレー船が『衣笠』と『りびあ丸』を目指して集まって来る。
「向こうに連絡艇をやり、錨索を渡す時間はなさそうですな」航海長が言う。
「そのようだな」村上雅房が向かって来るガレー船を見ながら答えた。
「では、全員退船させて『りびあ丸』を沈めますか」航海長が言った。舷側板をつかむ拳が強張っている。だれだって、そんなことはしたくない。しかしポルトガルに蒸気機関を渡すわけにもいかなかった。
雅房が迷っていると、無線室から伝令が信号紙を持って艦尾楼に上がって来た。
「『りびあ丸』からです。自船はボイラーが破損した。修復困難なため、全員退船を行う。『衣笠』は救助されたい。です」
「全員退船用意のみしろ、と返信せよ。退船の実行はこちらの指示を待て」
「了解です。それから、『えじぷと丸』の船長が無線機で待機しています。無線室に降りて来てください」
雅房が『要船長返信』を指示したことを思い出す。
「そうか、航海長、ちょっといってくる。すぐに戻るが、それまで本艦の指揮を預ける」
そう言って、雅房が無線室に降りて行った。
雅房が艦尾楼から上甲板に降りると、そこにベンヤミンとサイラスがいた。なにか相談している。その脇を通って雅房が無線室に入る。
村上艦長が出てくるまで、少し時間がかかった。オルダニー島に事情を説明していたからだ。
無線室から出てくると、ベンヤミンとサイラスが立っていた。
「なんだ」
「艦長に相談がある」ベンヤミンが言った
「いま、忙しいのだが」
「いまの状態に関係あることだよ」
「そうか、では言え」
「『りびあ丸』を牽引して逃げなければいけないんだろう」
「そうだ、出来なければ『りびあ丸』を沈めなければならん」
「『銛魚雷』を使ったら、どうだろう」
「試験的に二本ずつ載せている、あれのことか」
「そうだよ」
「お前たちは銛魚雷を使ったことがあるのか」
「サイラスは魚雷担当に任命されている。一度だけ、オルダニー島で練習したことがある。その時は的の岩礁に命中した」
「兄さん、無理だよ」
村上雅房が二人の後ろに立つ甲板長の方を見る。
「たしかに、魚雷を本艦に搭載したとき、俺がサイラスを魚雷担当に任命した」
村上雅房が少し考え、そして右舷を見る。現在『衣笠』は停止中の『りびあ丸』の周りを旋回している。セウタから出て来たガレー船の群れは風下側なので、櫂漕で接近してくる。彼らにすれば、捕獲予定点より風上に二隻が止まってしまったので、余計に櫂走しなければならないことになる。
反対側を見た。タンジールからのガレー船団だ。こちらは風上側にいるので、帆走で接近してきている。
雅房が到着までの時間を思慮した。
「魚雷は二種類二本ずつ搭載してきている」雅房が二人に言った。
「知ってるよ、上甲板に置いてあるのだから」そういってサイラスが魚雷の方を見る。
「まず、通常魚雷を一本降ろしてみよう。それをサイラスが無線操縦してみるんだ」雅房が言った。
「操縦してどうするんですか」サイラスが答える。
「艦を最寄りのガレー船に接近させるから、ポルトガル船のどれかに当ててみろ」
「向こうの船の人、死なないかな」
「大丈夫だ。舵だけを破壊するように、火薬は少量にしてある」
「それならいいけど」
「そして、ポルトガル船にうまく当たるようであれば、『りびあ丸』の所に戻って、銛魚雷を使おう。そして『りびあ丸』を牽引してジェルバ島に行く。銛魚雷は二本ある。自信を持ってやってみるんだ」雅房が励ます。
「わかった、やってみるよ」サイラスが言った。