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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 2
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モン・サン=ミシェル

「どうしても、フランス国王の借用書の使い道を知りたいというのか」ベレンガーリオ・サウネイロが片田順に言った。

「悪事に加担するようなことはしたくないからな」


「そうか、それももっともじゃ。時が来るまで、口外しないと約束できるか」

「時が来るまで、といわれても、それが何時のことだか、私にわかるのか」片田が返した。


「ふむ。では、二人で外に出よう」ベレンガーリオが片田に言った。そして続ける。

「ジロラモ、それからシンガといったか。悪く思うな。貴様たちを守るためだ。そして、時が来たら、かならず知らせる」


 二人が頷いた。片田とベレンガーリオがジロラモ・サヴォナローラの小屋から外に出て行く。

 少したって、シンガがドアを薄く開けて外を見ると。二人は海に面した崖の上に並び、海に向かって話していた。周囲には誰もいない。




 二人が小屋に戻って来る。

「シンガ、ベレンガーリオ殿を手伝うことにした」片田が言った。そして、数日後の深夜、巡洋艦『青葉』が密かに出航し、ベレンガーリオをフランス本土に送った。

 オルダニー島からモン・サン=ミシェルまでは一三〇キロメートル程だ。三十ノット出せる『青葉』にとっては三時間もかからぬ距離だ。




 ベレンガーリオがフランス本土沖で、『青葉』から船外機付きの小舟に乗り換える。そして小舟が彼を浜まで送った。

 小舟は沖で待つことになっている。


 東の空が青くなってきた。ベレンガーリオが薄明の光を左から受けて黒くそびえるモン・サン=ミシェルに向かっていく。




 島の中央、最も高い所に大聖堂がある。現在建築中だった。この聖堂の起源は八世紀だが、十世紀にロマネスク様式、十二から十三世紀にゴシック様式部分が増築された。

 そのあと、ロマネスク様式の『内陣ないじん』部分が崩壊する。

 そして、現在の院長、ギョーム・ド・ランプスの指揮により、フランボワイアン様式の『内陣』が再建中である。

 様々な時代の様式が混ざっている。まるで金閣寺きんかくじみたいである。


 聖堂の北側に接するように長方形の修道院がある。修道院の『迎賓げいひんの間』にギョーム・ド・ランプスとベレンガーリオがいた。


「テンプル騎士団のフランス王に対する借用書か」ギョームが言った。

「そうだ」そういって、背負い袋からキリスト騎士団の徽章きしょうを出して、机の上に置いた。ベレンガーリオは騎士団の『士官』だと言っていたが、ただの士官ではあるまい。かなり立派な徽章だった。


「借用書はある。何に使う」ギョーム・ド・ランプス院長が言った。

「テンプル騎士団の復権だ」ベレンガーリオがそう言うと、ギョームが彼をにらんだ。


 二人の間では、それだけで通じるのだろう。


「本当にその目的だけに使うのだな」

「そうだ。他意はない」

「ならば、返却しよう。キリスト騎士団はテンプル騎士団の正統な後継者じゃからな。少し待っていろ」そういって、出て行った。


 残されたベレンガーリオが『迎賓の間』を見回す。いままでは交渉に意を注いでいたので、周囲を見ていなかった。

 大きな暖炉。聖書物語や聖人伝を描いたタペストリー。そして守護聖人、聖ミカエルの板絵いたえなどが壁に掛けられていた。かすかな乳香にゅうこうの香りを感じた。


 修道院長が帰って来た。羊皮紙の束と、一冊の帳簿を手にしていた。


「これらが、我々が預かったテンプル騎士団の所有物じゃ。預け人はブルーノという。先ほどの文書を見せてみよ」院長が言った。ベレンガーリオが時祷書に秘められていた暗号書を渡す。

「うむ。同じ筆跡のようだ」『あずかり証』に記されたブルーノのサインと暗号書を比較していった。

「まず、間違いあるまい。この時祷書文書は、フランス国王の借用書を当修道院に預けた者が書いた物じゃ」

「ほんのわずかの筆跡ひっせきだけで判断できるのか」


「ほれ、預かり証の署名の下に、このように書いてあるであろう」そういって院長が指を指す。


 そこには bileid と書かれていた。彼らが読み解くことが出来なかった単語だった。しかし同じ単語ならば、筆跡を判断しやすい。同一人物による筆跡であることは間違いなかった。


「同じ文字が書いてあるな。どういう意味だ」ベレンガーリオが尋ねる。

「わしにも、わからん。もしかしたら、ベル・エイド(bel aid)、『良き助け』と書きたかったのかもしれん」

「『良き助け』、か。なるほどそうかもしれん」


 ベレンガーリオが羊皮紙に書かれた借用金額とフィリップ王の署名を一つ一つ見る。羊皮紙に書かれた借用書は二十七枚もあった。

「これは、たいしたもんだな。あわせればいくらくらいになるのであろう」

「さてな、そのようなことには関心がない」


「この黒革の帳簿のようなものはなんだ」

「知らんのか、テンプル騎士団は、幾つもの帳簿を持っていた。現金の出納すいとうとか、債権債務者の帳簿、荘園からの送金の帳簿などだ」

「なるほど、手広くやっていたから、たくさんの帳簿が必要だったろう」

「なかでも、この帳簿は最も重要な帳簿だ。『王の帳簿』という。彼らはフランスの国庫を任されていた。これはフランス国庫の出納帳簿だ」

「なんで、そんなものを一緒に持ち出してきたんだ」

「この帳簿には、テンプル騎士団から王への貸金かしきんの入金記録も残されている。入金日付と金額を借用書と突き合わせれば、これらの借用書が本物であるという証拠になる」

「それで、『王の帳簿』を合わせて持ち出したというわけか」


「彼らはそう考えたのだろう」


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