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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順
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河内運河開通

 片田達の運河は、その年の夏に堺にたどり着いた。良い日を選んで開通式を行うことにした。

 最後の工事区間の上流側に石之垣太夫いしのがきだゆうが居る。堺の側から片田順が火箭かせんを上げた。太夫が水を止めていた堰を外す。水路にそって水が勢いよく堺に向かって流れる。

 堺の側でも、堰を外した。堺を囲む堀の海水が上流に向かって流れていく。


 両者の水が合わさった時、運河の両岸に集まっていた多くの工夫達が歓声をあげ、万歳と叫んだ。

 両岸から白、赤、青などの色の火箭が無数に飛んだ。中には笛やかぶらを取り付けたのか、引き裂くような音を立てて飛んでいくものもある。

 しばらく続いた歓声がおさまったところで片田が木箱の上に立って、感謝の辞を述べ、この運河を河内運河と命名した。

 この辞の中で、片田は覚慶が先日亡くなったことを簡単に紹介した。飯場で働いていた桔梗も、薬師の茜丸も涙した。他にも、法華寺から来たものが多数いた。彼らは工事中から、この運河を『覚慶さんの運河』と呼んでいた。


 開通を優先させたので、運河のいたるところで、作業が残っていた。しかし、それもやがて終わるだろう。

 運河の工事が完了したのち、彼らのなかで、百姓を望む者は、柏原、八尾、藤井寺の新田開拓に従事することになる。このあたりは周囲に比べ高い位置にあったので、古代には水田であったが、海水面の後退とともに川が侵食され、多くは放置された草原になっていた。しかし河内運河の応神天皇陵から、水を引くことにより、水田とすることができる。

 片田が畠山政長、義就よしひろの双方から新田開発の許可を取った。

 開拓はつらいが、それが済めば、彼らは土地持ちの百姓になれる。


 船乗りや造船を望む者は安宅丸の学校に行くことになる。商人になりたい者や、醤油醸造を望む者は片田商店や、その倉庫に行くだろう。片田村に戻る者も多い。




 ふう、犬丸、土木丸どぼくまる、風丸の三人は、堺から魚簗舟やなぶねという小さな舟に乗って運河をさかのぼった。応神天皇陵の濠に舟を繋げ、そこから西北の方に少し歩いて行った。今日は三人の休日だった。ふうは風丸を連れている。

「ここ、来てみたかったのよ」ふうが言う。三人の目の前には、左から右に、弧を描くように水道橋が見渡せる。水道橋に囲まれているようである。

「水道橋の上で測量をしていたときに、このあたりから見たらすてきだろうな、って、ずっと思っていた」

 白い水道橋は緑の丘を縫うように横たわっている。

 水道橋の上には、いくつもの舟が帆を上げたり下げたりしながら、ゆっくりと動いていた。帆を下げるのはすれ違う時だ。適度に風があれば、帆を下げても惰性ですれ違うことが出来る。風が無ければ、上りの舟を岸に固定すれば、下りの舟は水流に乗って下っていく。

左に動く舟、右に動く舟がある。三人はあぜに麻布を敷いて座る。

「たしかに、いい眺めだな。舟が動いているのがいい」土木丸が言った。

「俺たち、これを作っちゃったんだな」犬丸も感嘆した。

「そうよね。毎日は少しずつだったけど、いつのまにかこんなになってたんだわ」

「ふうは、これからどうするんだ」

「私は、片田村に帰ろうと思う。しばらく子育てしないと。石英丸せきえいまるも待っているだろうし」

 風丸は、立って歩けるようになっていた。ふうが人差し指を立てると、立ったままそれを掴む。

「片田村は、まだ雑穀だと思うぞ」犬丸が言う。

「そうね、でも秋になれば米がとれるでしょう。硫安りゅうあんがずいぶん普及したっていうから、今年は豊作になるんじゃない」

「土木丸は」ふうが聞く。

「俺は、太夫と運河の仕上げをやったあと、戎島えびすじまを手伝うことになっている。もうすぐ船渠ドックが一つできることになっているが、全部で四つ作るそうだ。まだ仕事がいっぱいある」

「そうか、犬丸は」

「俺はどうしようかな。今回の仕事は手伝いみたいなもんだったからな。土木工事は一通り覚えた。それは良かったけど、もっとやりたいことがあるような気がする」

「やりたいこと、見つけられるといいわね」

 三人は持ってきた竹筒から水を飲む。


「ねえ、このあたりの人たちが、この水道橋のこと、なんて呼んでいるか、知ってる」ふうが尋ねる。

「さあ、河内運河じゃないのか」

「河内運河だろう。じょんがそう名付けた」

 二人が言う。

「そうなんだけど、このあたりの人たち、この運河の事『覚慶さん』って呼んでるらしいわ」ふうがそう言って笑う。

「覚慶さん、って、あの覚慶さんか」

「そうみたい。工事の人たちが、地元の人に何を作っているんだと尋ねられると、『覚慶さんの運河を作っている』と答えるんだそうよ。それでいつの間にか名前が『覚慶さん』になったらしいわ」

「説教覚慶か」犬丸が言った。

「人の顔を見ると、『人様の役に立て、役に立てば生活も立つ』と言っていたな」

 土木丸が覚慶さんの声をまねる。

「うん、たいがいの人間は、やろうと思えば、なんでもできる。しかし一つの事を、時間をかけて習得すれば、そのことについては人より上手に出来る。上手に出来れば人から頼まれる。頼まれれば銭になる。銭になれば生活が成り立つ」しゃがれ声で言った。

「上手、上手」ふうと犬丸が言う。

「百姓の子は百姓だろう、と言い返すと、いつまでも百姓の子が百姓を出来ると思うな。土地は限られており、子供はたくさん生まれる。いつか耕す土地が足りなくなる。そのときには別の方法で生きなければならぬ、とかいっていたな」

「そうね、なつかしいわ。覚慶さん死んじゃったのね」


 涼しい風が立つ。「わしは、この子たちのなかに生きておるぞ」覚慶さんが言っているようだった。


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