微分 (びぶん)
「今日は時間と距離の関係について考えます」『かぞえ』が言った。
「今日の運動はすべてx軸上のみの運動とします。なのでxy座標は使いません。代わりにtx座標というものを使います。tは時間軸です」
「横軸が時間で、縦軸が距離とは、また奇妙な物を思いついたもんじゃな」弟子のレオナルド・ダ・ヴィンチがあきれる。
「まあね。で、この座標系の上で、原点からスタートして、一秒に一メートルの速度で動くとします。秒速一メートル、と呼ぶことにしていましたね。x軸だけだから、速さといってもいいのだけど、速度と呼ぶことにします」
「四十五度の右上がりの直線になるな」
「そうです」
「ところが、モノが動くときたいがい速度は一定ではありません」
「一定のことなどない、といってもいいだろう」と、レオナルド。
「ということは、秒速一メートル、というのは、ある一瞬の時刻に、そうなっているというだけだということです」
「秒速一メートルといっても、一秒進む必要も、一メートル進む必要もないということだな」
「そうです。例えば秒速一メートルというのは、時速で言うと三.六キロメートル、約二ノットですが、二ノットといったところで、一時間ずっとその速度で船が動いていると思う人はいないでしょう」
「風は、向きも強さも変わるからな」
「そこで、ある一瞬の時刻での速度というものについて考えてみましょう」
「うむ」
「まず、距離は時間の関数として、以下のように書けます」
x=f(t)
「そして、ある一瞬を考えるために、ほんの小さな量を想像します。時間についてです。これはΔtと書きます。Δはギリシア文字のデルタです」
「もし一定の速度vでt秒進むと、距離xを移動するとき、このように書くことができます」
x(t) = v×t
「ここまでは、すでにやったことだが」
「いま、時刻tとその一瞬後t+Δtの時の速度は、このように書くことが出来ます。
「これは、そのまんまだから、わかる」
「そう。でも、これはΔtが入っているので、厳密に言うと時刻tの速度ではありません」
「それは、そうじゃ。しかし、であるならば、なんでΔtを持ち込んだ」
「そこでΔtを0じゃないけど『極限』まで0に寄せます」
「『極限』とはなんじゃ。無限とは違うのか」
「違います」
「どう違う」
「アキレスとカメの話は知っていますね」
「ゼノンの話か」
「そうです」『かぞえ』は片田からこの話を聞いていた。
「知っておる。アキレスは速く走り、カメは遅く歩く。いま簡単にするためにアキレスはカメの十倍の速さということにする。この国の単位で言うとすると、アキレスは秒速十メートル、カメは一メートルだ。カメが速すぎるが、まあいいだろう」
「はい」
「アキレスは速いので、カメより百メートル後ろからスタートさせる」
「そうですね」
「アキレスがハンデとなっている百メートルを走る間にカメは十メートル歩く」
「続けて」
「アキレスが次の十メートルを走る間にカメは一メートル歩く」
「アキレスが一メートル走る間にカメは〇.1メートル、すなわち十センチメートル歩く」
「アキレスが十センチ走る間に……。ということで、アキレスは何時まで経っても永遠にカメを追い抜くことはできない」
「そのとおりです。で、どう思いますか」
「どう思うかって、実際にやればアキレスはカメを追い抜くだろう」
「追い抜きますが、なぜ追い抜くことが出来るのでしょう。先ほどの論法だと永遠に追い抜けないことになりそうですが」
「それについては、わしも考えたことがある。結論を言うと、ゼノンの論法では、互いに走る時間がだんだん短くなり、ある一定時刻、アキレスとカメが並ぶ時刻の直前までの時刻についてしか、語っていないからだ」
「それが『極限』です。無限回足しても、無限大にはならないこともあるのです」
レオナルドがきょとんとする。そして、考え込む。
「そうか、なんとなく極限の意味が分かった気がする」
「そうですか。その極限までΔtを持っていった時の事をこのように書きます。ただし、Δtをhと書きなおしています」
「そして、この式の事を関数x(t)に対する『導関数』といいます。導関数を求めることを『微分する』とも言います」
「微分か、どのような字を書く」
「こうです」そういって『かぞえ』が紙に書いた。
「いま、x(t)=t^2としてみましょう。原点を通る二次関数です。座標(1,1)のところで、この関数に接線を引くと、この図のようにx=2t-1の直線になります」
「うむ。するとt^2の導関数は2tになるということか」
「そういうことね。これを式で説明すると……」
以下は、割愛する。このあとレオナルドは知恵熱を出してしまうかもしれない。
高校野球を見ていたら、締め切りを過ぎてしまいました。申し訳ありません。
そういうわけなので、誤字や認識の誤りなどがあるかもしれません。




