座標系
『かぞえ』が白い紙を一枚取り出して、そこに縦横に直線を引く。右と上に矢印を書き加え、それぞれ、xとyと書いた。デカルト座標である。
「『かぞえ』師匠、これは何ですか」
「これは、xy座標というものよ」
「なんに使うのでありますか」
「これから教える、ありとあらゆるものに使います。しっかり使い方を覚えてください」
「わかりました、師匠」白髯のレオナルド・ダ・ヴィンチが言った。
彼は銀丸から、日本に『かぞえ』という飛行機師匠が住んでいるということを聞き、はるばる商船に乗って日本にやって来た。ビザも何もない時代なので、本人が決意すれば来ることができる。
そして、淡路島の『かぞえ』の家に居候して、『かぞえ』の教えを受けていた。
『かぞえ』五十四歳、レオナルド五十三歳だった。
レオナルドは、訪日を決意した時から、日本語を学んでいる。
「この、xy座標を使うと、幾何だけでは解けなかった問題が解けるようになります」
「なるほど」
「この座標を実際の平面や立体に見立てると、飛行機の位置、移動などを記述することができるのです」
「それで、飛行機の運動を学ぶために、これが必要になるのですね」
「そうです。先は少し長いですが」
『かぞえ』がレオナルドと話してみると、彼の数学の知識は幾何学が中心だった。それと算術、初歩的な代数学だった。これは彼の手稿を見ると想像できる。
なので、まず座標系、それからベクトルと『行列』、微積分。そこまで行けば、運動方程式を教えることが出来る。力学をマスターすれば、やっと航空力学に入ることができる。
「このx軸とy軸が交わっているところを原点といいます。Oと名前を付けることにします。両方の軸には、このように目盛りをつけることにします」
「『かぞえ』師匠も、我々の文字を使うんですね」
「そうね、なんで、こういう文字を使うのかは、知らないわ。それより、この原点Oを中心にして、半径3の円を描くことにします」
「はい」
「そして、x軸上の目盛り5のところにPという点を打つことにします。P点は(5,0)と書くこともできます。x軸が5,y軸が0のところにありますからね。これを成分表示といいます」
「わかります」
「で、このP点から円に接線を引きます」
「幾何学の問題ということですね」
「そうです。で、この接線と円が接する、接点Qの位置を求めなさい。これが問題です」
「幾何学っぽくないですね。すぐに分かるのはPQの長さが4だということですが、位置となると、はて。やはり成分表示するのですか」
「そうです」
「さっぱり、わかりませんな」
「わからなくともいいのです。いままでのあなたのやり方とまったく異なるのですから。では、私が解いて見せましょう」
「お願いします」
「まず、原点Oを中心とした円上の全ての点は、『三平方の定理』が成立しますから、こうなります」
x^2 + y^2 = 3^2 (1)
x^2 は『xの二乗』である。
「いま、仮に接点を(X,Y)と仮に置くとします。このようなやり方を変数といいます」
「変な数字ですか」
「決まっていない数字、ぐらいの意味かしら。そうすると、接点はこうなりますね」
Xx + Yy =9 (2)
「本当はXX+YY=9なのですが、片側だけ小文字にしておきます。『接線の点型式』と呼んでいます」
「つぎに、直線は y = ax + b と書くことができます。xを指定すれば、必ずyが決定されるということです。a を『傾き』、 b を『y切片』と言います。ほら、xがゼロの時、y軸上にあるでしょ。だからy切片」
「円も直線も数式で表現できる、ということですな。これは、すごい」
「そうよ、すごいことなのよ」
「この接線はPを通っているので(5,0)という数字の組を入れることが出来ます」
0 = a5 +b ⇒ a= -b/5
「なので、直線の式はこうなりますね」
y = -b/5x + b
「なるほど、でもbはどうしましょう」
「bのことは、一旦置いておきましょう。それよりも、さっきの(2)式にもどりましょう」
「この式は、もともとは円上の点を満たす条件から出て来た式です」
「右が9ですからね」
「でも、接点ですから、直線の条件も満たすことになります」
「そういうことですか」
「なので、この式のx,yに(5,0)を入れても、式は成立することになります」
X5 + Y0 = 9
「ほら、X が 9/5になりました。(1)式にいれて計算するとYは12/5になります」
「答えは、(9/5, 12/5)です」
「う~む。そういうことですか。なんか誑かされたみたいです」レオナルド、よく『誑かされる』なんて言葉、知っていたな。どこで覚えたんだ。
「これが、幾何学の問題を代数で解く、ということですか」
「そうです。数学には色々な分野がありますが、うまく応用すると、相互に活用できるという、もっとも解りやすい例になります」『かぞえ』が言った。
「なんか、わかったような、わからないような、ですが。すごいことのようですね」
「私も子供の頃、座標系の意味に気付いた時にはドキドキしましたよ」そういって『かぞえ』が笑った。




