銛魚雷 (せん ぎょらい)
戦艦『比叡』が煙突から煙を吐き出して、動き始める。『比叡』は北を向いている。そのままポルトガル艦隊と反航して、漂流するポルトガル艦隊の艦尾側に移動した。
ポルトガル艦は、なす術もないまま、『比叡』の運動を見守っている。あの大型艦には檣はあるが、帆は上がっていない。どうやって進んでいるのだろう。
金口の三郎が大声で、面舵を指示する。『比叡』が右旋回を始めた。そのまま、ポルトガル艦隊の後方で百八十度回転し、ポルトガル艦隊と同行するように南を向く。風下に回った形だ。帆船同士の戦闘であれば絶対にやらない運動である。距離は七百メートル。
『比叡』が帆を上げた。ポルトガル艦の士官も船員も、不思議に思う。あの船は何がしたいんだろう。まったく意図が読めない動きだった。なぜ、わざわざ不利な位置につく。
現在『比叡』は南を向いて西風を受けている。帆をあげたため、左舷側が下がり、右舷が持ち上がっていた。この状態では右舷側の舷側砲の仰角を大きくとれる。砲弾が遠くに飛ぶ、ということだ。
ポルトガル艦隊の側から見ていると、敵の大型艦の船腹一杯に、赤い炎とともに白い煙が吐き出されるのが見えた。そして、二秒後、ドンッという砲声が聞こえたと思ったと同時に、何かが頭上を越え、反対側の右舷五百メートルのところに、無数とも思える水しぶきが立った。
あの、大型艦の射程は千二百メートルもあるのか、我々の砲の二倍以上の長さだ。しかも、一度に、三十もの砲弾を発射してきた。
これは戦にならない。
帆を上げて、仰角を高くしたのは、射程が長いんだぞ、と威嚇するためだった。『比叡』が帆を畳み、ポルトガル艦隊の先頭艦に近づく。艦隊で唯一の大型艦ナオの『ブレトア』だった。艦長はペロ・デ・アタイデだ。
「帆を上げていないのに、風上に向かって進んでくるぞ」『ブレトア』艦上の水兵がざわめく。あれだけの火力を持っているうえに、風向きにかかわらず、海上を自由に動ける、というのか。
戦いにならないどころか、話にもならない。
『比叡』が『ブレトア』に近づいてくると、ポルトガル艦の甲板上の男達に、その船体が大きく見えてくる。船体に開けられた十列三段の窓の奥に黒い砲口が見えた。それがどれほど恐ろしい物であるか、ポルトガル人は、末端の兵に到るまで、よく知っている。まだ、先ほどの砲煙が、すこしたちのぼっていた。
『比叡』の艦載艇が降ろされ、布を結んだ棒を持った男が乗り込む。もう一人の男、これは褐色の肌をしている、イスラム教徒らしい、が続いた。ポルトガル水兵が、船外機を物珍しそうに見る。
二人が『ブレトア』の甲板に上がって来た。
「降伏するか、降伏するならば、コチンまで牽引していく」イスラム教徒がタミル語で話した。
『ブレトア』のヒンドゥー教徒の通訳が同じタミル語で答える。
「降伏する」
「よかろう、では当方の陸戦隊を乗船させる。武装解除と航走力排除が目的だ。異存はないであろうな。抵抗しても無駄だ」
「わかった」三十門もの大型砲をつきつけられている。抵抗しても無駄だった。
陸戦隊の分隊上陸用舟艇が三隻降ろされる。用途は『古河攻め』の分隊上陸用舟艇と同じだが、こちらは外洋の波に耐えなければならない。プレハブではなく、頑丈な造りになっている。
小隊長の石出藤次郎、散田護丸小隊軍曹、通信兵は別の小さな連絡艇に乗った。
一分隊十名と、船の操作兵二名が乗っているのは同じだ。第一分隊がまずポルトガル艦の上甲板にあがり、ポルトガル人を上甲板から追い払う。次いで、小隊長達が乗艦する。残りの二分隊も乗艦してきた。
小隊長の石出藤次郎が、ペロ艦長に敬礼して言った。
「これから、旗艦の武装解除をさせていただきます」
「わかった。やってくれ。皆従うんだ」
小銃や剣が没収された。火薬樽は甲板まで持ち上げられ、栓を抜いて海中投棄された。次いで予備の檣や帆布も投棄される。食料や水はそのままにした。
甲板上に立っていた檣は斧で倒され、これも海中に落とされる。
「武装解除、航走用具投棄、完了しました」三人の分隊長が、それぞれの担当場所について報告する。
石出少尉が、再度ペロ艦長に向かって言った。
「これから、牽引具を装着します」そう言ってから右舷に移動して海面に向かって笛を鳴らした。眼下には魚雷艇が待機している。鉄丸達の魚雷艇ではない、もう一隻の方だった。
魚雷艇は一度魚雷運搬船まで戻って、舵破壊用魚雷を外し、銛魚雷に換装していた。
この魚雷は爆薬の力で敵艦艦首部分に銛を打ち込むのが目的だった。銛には丸い輪が付いていて、ロープが通されている。
魚雷艇が『ブレトア』の艦首前方に移動して、銛魚雷を発射する。銛の先頭が船体に当たり、魚雷内部で撃針が雷管を叩く。少量の爆薬が銛をポルトガル艦に突き刺した。巡洋艦『妙高』が接近してくる。
魚雷艇が銛から延びるロープの両端を『妙高』に渡す。『妙高』は渡された細いロープの片方にキャプスタンに撒かれた太い錨索を結び、反対側を引いた。
錨索が『ブレトア』まで延び、銛の輪をくぐって『妙高』戻って来る。
途中、銛の輪のところで錨索がひっかかったが、これは魚雷艇が接近して、手で通してやった。
戻って来た錨索をキャプスタンに固定し、『妙高』が牽引を始める。『ブレトア』が動き始めた。その時だった。
ポルトガル艦隊の二番艦『サンタマルタ』の艦首砲が『比叡』に向けて発砲した。弾が『比叡』の艦尾楼下部に命中し、観艦式用に用意した『玉座の間』を破壊した。
投稿前にChatGPTに校正を依頼しているのは、以前に書きました。
ChatGPTが更新されたようです。
先週までは、校正してくれたあとに、ずいぶんと褒めてくれていました。
今日の校正では、あっさりしています。
ちょっと、さみしい。